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我々は常に悲観的な情報に晒され続けていることを自覚しなければいけない。

平和でありたいとは人類がみな思うことであります。

だけれども平和になればなるほど
そうではない報道やそういう事件を扱う話題が増えてゆくものです。


平和というのは「穏やかな状態」「秩序がある状態」のことを指します。
つまり話題がない状態のことです。

話題がなくなるとメディアは…。

話題がない
⇒ニュースがない
⇒TVのネタがない
⇒視聴率が落ちる

という構造になりニュース番組や
報道番組といったものが成立しなくなります。

本当は
「いや~今日は何もない平和な日でした」
「今日は話すネタがないので晩御飯の話でもしましょうか_?」

という報道があってもいいものですが
そういう平和な報道をすると視聴率がまったく取れなくなるので
メディアはこのような報道はほとんどしません。
というか絶対にしません。

人間とは
「他人の不幸は蜜の味」と言われるように
他人の不幸を願うことで自己を保つようにする働きがあります。

「え?自分はそうじゃないよ」

と思われた方もいると思いますが
職場や飲み会
ご近所付き合い、ママ友の会話、
SNSや、TVなど、
そこらじゅうで
他人の不幸をネタに盛り上がってませんか?

詳しくは省きますけど
「人の不幸を願ってしまう仕組み」を人間は持っているってことです。


このことから平和な報道やニュースにはほとんど関心を示しません。
平和な状態というのは、いわば当たり前の状態であり
当たり前のニュースがあっても人間は興味を持てないんですね。

例えば
飛行機で墜落した報道はあるけど
着陸した報道はありません。

「今日も一日無事でした。世界で墜落は一件もありませんでした」
なんて当たり前の報道されても誰も聞く気しません。

つまり「当たり前の報道」をしても誰も見ない。

「当たり前じゃない」話題を探して報道しないと
誰も聞いてくれないし、視聴率も保てないし、スポンサーが外れ
番組も存続できなくてお給料がもらえなくなってしまうんです。

メディア側としてもそれは困るので
視聴率の取れる「人の不幸な話題」を率先して
報道するようになってしまうのです。

そして平和になればなるほど
話題がなくなっていくので
自らそのネタを作るようになったり
どんなに細かい粗でも探しまくるようになります。

低俗なネタから、どうでもいいようなネタを
面白おかしく話を膨らませて不幸感を煽ってくるわけです。


これを前提に我々は
常に悲観的な情報に晒されているということを自覚しなければなりません。

実はこの異様な環境下に身を置いている事って
とても大変なんだぞという事を多くの人があまり自覚していません。

幼い頃からずっと悲観的な言葉を耳にしてきたらどうなります?
人の不幸話をずっと聞かされてきたらどうなります?

試しに1日中、人の悪口を聞かされ続けてみてください。
なんだか考えただけでゾっとしますよね。


知らず知らずのうちに悲観的な言葉のシャワー
毎日浴び続けていたら、結果がどういう結果になるか想像に難しくないのではないでしょうか。

ボクはTVを見ないので
たまにTVから聞こえてくる悲観的な声を聞くと
「はいはい…またやっているのね」って感じで耳を塞ぎます。

世間の動向やニュースなどを取り入れるときは
必ず複数のメディアから取り入れるようにして
事実報道だけを見るようにしています。
これは慣れてくると自分にフィルターをかけることができ
不幸のシャワーを浴びないようにすることもできるようになるので
ぜひ実践してみてください。


最近、凄惨な事件が多いと言われていますが
もしかしたら悲観的な報道を聞かされ続けた弊害
尋常ではないモンスターを生むキッカケになっているのかもしれませんね。

世の中はネガティブなエネルギーで溢れているので
みなさんもお気を付けあそばせ。


ありがとうございます!お気持ちは寄付させていただきます。