見出し画像

【「水道橋博士のメルマ旬報」記念すべき初掲載原稿】安全地帯『ワインレッドの心』~ニューミュージックと歌謡曲を一気に融合させ、「歌獣」玉置浩二を世に出した必殺のサビ

【#1:安全地帯『ワインレッドの心』】
作詞:井上陽水
作曲:玉置浩二
編曲:星勝,玉置浩二
1983年11月25日発売
売上枚数:71.4万枚
最高位:1位
1984年・年間ランキング:2位
名曲度:★★★★★
84年象徴度:★★★★

「水道橋博士のメルマ旬報」連載、記念すべき第1曲目は、時計を少し戻して、前年83年11月末発売のこの曲。年間ランキング2位の超・大ヒット。作詞は、一時期、安全地帯がバックを務めていた井上陽水。作曲は玉置浩二本人。造語で言えば、「歌獣」とでも言うべき玉置浩二が世に出た作品。

とにもかくにも、大ヒットの主要因は、サビのメロディである。「♪今以上 そ《れ以》上」「♪あの消えそうに燃《えそ》うな」の、《 》でくくったところの強い引っかかりはどうだ。一度聴いたら、二度と忘れることが出来ない必殺フレーズである。

音楽的に分解すれば、まず、《 》のところでメロディが跳ね上がる。そして、その跳ね上がった先(《 》内)が、専門的に言えば、非和声音(さらに専門的に言えば【F#m7】におけるG#の音)で、音楽的な違和感を持っている。

さらには、それが「歌獣」玉置浩二のあの高音で歌われる(余談ながら、作曲家・玉置浩二は、非和声音で引っかかりを作るのが実に上手い)。

玉置浩二のボーカルは、低音部分が湿ったタオル、高音部分が乾いたゴムのような質感を持っている。「♪今以上 そ(ここまでタオル)→(ここからゴム)《れ以》上」という、声質の転換が、このフレーズの引っかかり度をより高めている。

――という、強烈なサビのメロディを中核に置きつつ、それ以外にもさまざまな聴きどころを併せ持っている。次に注目したいのはギター。特にイントロの、深い音像の中で、キューンと伸びる音質のギターの何と印象的なこと。

間奏のライトハンド奏法を使ったフレーズも、そしてエンディングのアコースティックギターでのフラメンコ風フレーズも、非常にクオリティが高い。

井上陽水の作詞は、この83年の元日に発売された(そして、私含む多くの沢田研二ファンを驚かせた)沢田研二『背中まで45分』の、あのやたらと退廃的な歌詞世界の延長線上にある。

『背中まで~』、『ワインレッド~』で、その退廃的(もっとぶっちゃければエロ)な歌詞に鉱脈を見つけた井上陽水は、これらを踏み台に、84年のシングル『いっそセレナーデ』とアルバム『9.5カラット』で大ヒットを飛ばし、第二期黄金時代を迎え入れる。

79年に両者にらみ合ったニューミュージックと歌謡曲との対立が、ここに融合する。自作自演という意味ではニューミュージック的だが、しかし歌われる歌詞世界、そしてサウンドは場末のスナックにもぴったりな、水商売的・歌謡曲的なそれである。というか、「ニューミュージックか、歌謡曲か」という二元論が不毛に感じてしまうような、ふところの深い楽曲である。これ、つまりは名曲ということだ。

後に「ディスコの黒服」と揶揄(やゆ)される、玉置浩二の風体とともに、「1984年の歌謡曲」が大人っぽい、落ち着いた色合い(=ワインレッド)に染まっていく、その契機となった重要な曲がこの、『ワインレッドの心』である。

最後に余談。石原真理子の著書『ふぞろいな秘密』によれば、この曲は、玉置浩二が当時つきあっていた石原真理子に捧げた曲だという。この本では、玉置の石原に対するDV(ドメスティック・バイオレンス)があけすけに暴露されている。この名曲を生んだ作曲家にしてボーカリストも、恋愛のほうは、あまり大人っぽく、落ち着いてはいなかったようだ。

※「1984年の歌謡曲」というタイトルの下で、「水道橋博士のメルマ旬報」で連載された原稿をまとめたのが、私の実質的第二作である『1984年の歌謡曲』(イースト新書)です。ぜひご一読ください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?