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舞台で描かれていないエピソードを補完して観る「蒼穹の昴」①

雪組公演「蒼穹の昴」大劇場公演完走、本当におめでとうございます!!!
原作ファンとしても宝塚ファンとしても沢山楽しませて頂きました!!!豪華!最高!
そして続く東京公演も千秋楽間近!このまま幕が開き続けますことを祈念して、原田先生が泣く泣く削ったであろう(?)エピソードたちを、こうやって勝手に脳裏で流しながら補完して観てますよ、というイチ原作ファンの観方をメモしてたら、なんだか大作になったので、なんとなくアップして日の目をば。
改変してある所もあるから所々辻褄は合わないんだけど、できるだけ設定は舞台版の方に合わせて変えて書いてみました!でも本当はもっと良い描写やエピソードが盛りだくさんなの…書ききれないの…更に気になる方はぜひ原作を読んでね、そうでなくても読んでね(布教)
著作権に触れないよう、あんまり引用しすぎないように気をつけながら抜粋してまとめ直しました(調べた)(でもちょっと筋を書きすぎな気がするので期間限定公開にしますね)
正直、わたしの語彙力では、あの浅田次郎先生の素晴らしい世界観は全く表現しきれてませんので!!!原作を是非!!

第一幕


第1場A 梁家屯(村はずれの居酒屋)
飲みすぎてうたた寝をしている梁文秀(彩風咲奈)。夢の中で、以前言われた白太太(京三紗)のお告げ「天子様のかたわらにあって天下の政を司る大臣になる。」を思い出している。
一方、春児(朝美絢)も白太太(京)からお告げ「昴の星がついている。西太后様のお宝をからめ取るだろう。」を伝えられている。もし本当だったら…母を助けられるし、父と兄の墓も建てられて、玲玲(朝月希和)も飢えずにすむ…生まれてはじめて「希望」を抱く春児。
こんな話、家族にしてもとりあってくれるわけがない。聞いてくれるのは…そうだ、文秀(彩風)しかいない!そう思って、文秀のところへ走り出す。

第1場B 梁家屯(曠野)
この辺り一体の田畑全てを所有する梁家の次男・文秀(彩風)。
飲んだくれのろくでなし偏屈男と悪評だらけだったのに、長男のついでで受けた科挙に受かってしまう。
春児(朝美)は、死んだ兄と同い年で、いつも村の子らに混じって遊んでいた文秀(彩風)が好きだった。文秀は、幼い頃から期待されていた長男とは正反対に、両親から見放されていたので、たいてい村の子と変わらない服を着て、同じように腹をすかせていたのだ。
「あのババアの言うことはいつだってとんでもねぇよ。」
春児のお告げの話にありえないと笑いながらも…自分がお告げを聞いた時のことを思い出す文秀(彩風)。死んだ春児の兄も一緒にいたのだが…白太太(京)は彼をじっと見つめて、悲しい顔で首を振るだけだったのだ…。予言は全て当たっている…。

第2場 紫禁城(太和殿)
今年の科挙の試験で、最上位の成績であった上位三名、第一等状元の文秀、第二等榜眼の順桂(和希そら)、第三等探花の王逸(一禾あお)が西太后(一樹千尋)と光緒帝(縣千)に拝謁する。待ち時間の長さと暑さに文句を言う王逸とそれをなだめる文秀、2人の間に挟まった順桂だけは生真面目に黙っている。
やっと始まった拝謁の場、民に「生ける御仏」と呼ばれる西太后は美しい人であった。まずは祝いの舞台「大四傑(ダァスージェ)」であるが、西太后はお気に召さない。
「もうおやめ!黒牡丹(眞ノ宮るい)がやったように、どうしてそちたちはできぬのじゃ。そしてこの食事もまずい!周麻子(真友月れあ)を棒叩きしなければよかった。」
「お許しを。黒牡丹は百年に一度の名優、我らの技量で及ぶところでは…」
おだまり、と棒叩き百回の罰を与えようとする西太后を光緒帝が制す。
「無礼は明らかではありますが、さりとて芝居の出来不出来もまた興のうちではございませぬか。」
光緒帝が西太后の異を唱えたのは初めてのことである。その聡明さに、感動のため息が上がった。

3人の挨拶はすぐに終わり、皆の関心は西太后の側に仕えている栄禄(悠真倫)にあった。光緒帝の父・醇親王(叶ゆうり)は恐る恐る「いつの間に栄禄の罪をお許しになったのか」と問う。汚職賄賂で追放されていたはずが、天津総督・李鴻章の推薦もあって都に戻っていたのだ。

実は…元々、満州貴族出身の軍人である栄禄はかつて西太后と婚約していた。しかし、時の皇帝に略奪された過去がある。栄禄のほうはそうでもなかったのだが、西太后は栄禄にぞっこんであったので、涙涙の別れとなった。この聡明で美しい娘は必ず宮中で権力を持つ…その日のために栄禄は甘い言葉を囁いておく。
「何事もお国のためです。私は一生、あなたを陰でお守りします。」
西太后は皇后となってからも永遠の恋人・栄禄を忘れず、心の拠り所としたのだ。李鴻章もそれを知っているから、1人で政を取り仕切る西太后の心を思いやり、栄禄を都に返したのであった。もちろん今の西太后は、恋心だけで都に返したのではない。悪評多い栄禄を、お飾りの役職につけて自分の目の届く所に置いておく目的もあった。

恭親王(日和春磨)も加わり、言い合いとなろうとしたとき、光緒帝(縣)の家庭教師である楊喜楨(夏美よう)が口を開いた。
「陛下はかような人事を聞いておられましたか。」
「朕はまだ国事を任されてはいない。母上は、学問の妨げになると思って耳にいれなかったのであろう。日を改めてお話してくださる予定だったのでしょう。順番が違っただけ。でも朕がかように成長した以上、これからは順番の間違いは起きぬほうがよい。」
実は、この問答は、楊と光緒帝とで予め用意されていたものであった。楊は清国のため、西太后を隠居に持ち込み、光緒帝による親政を実現しようとはかったのだ。その謀は成功し、それならばまず光緒帝の結婚だ!西太后の姪であるイエホナラの娘はどうかという話になり、その場はお開きとなった。

第3場 紫禁城(太和門前)
楊喜楨(夏美よう)は、科挙答案の採点作業を担当していた。稀代の天才であり堅物な楊は、答案を見ては無表情で「とりえなし」「くだらん」と不合格ばかり出していたのだが、文秀(彩風)の答案の素晴らしい出来に珍しく笑顔がこぼれた。
そんな文秀をはじめ、順桂(和希)、王逸(一禾あお)。科挙の上位3人に二十歳そこそこの青年が名を列ねたことなどかつてない。希望に瞳を輝かせる新任官吏の3人に大いなる期待をし、激励する楊先生であった。

希望を抱きながらも、紫禁城の実態を目の当たりにして失望する3人。ずっと口を閉ざしていた順桂(和希)が青ざめた顔で言った。
「これはただの権力争いじゃない。イエホナラの呪いだ。僕は君ら二人の人格と識見を尊敬している。だから話そう。」
順桂は満州貴族の出身で、先祖は清国を築いたヌルハチに仕えた将校。ヌルハチは、満州族を統合するまで30年以上かかっていて、最後に滅ぼした部族がイエホナラ。イエホナラの長は「我がイエホナラの血が、たとえ1人の女児でも残れば、必ずやこの恨みを晴らすであろう。」と呪いの言葉を残して死んだ。しかしヌルハチはイエホナラの長を手厚く葬り、イエホナラの者たちを罰さずに家来とした。このヌルハチの偉大な器を示す美談を、満州族の子どもらは聞かされて育つ。
しかし、順桂の家だけは、この話に恐ろしいおまけがついた。満州族を統合した祝宴の場で、ヌルハチは順桂の先祖をこっそり呼んで言ったのだ。
「これからイエホナラの呪いは忘れ、共存して国を作っていく。だが、そちひとりは肝に銘じて記憶せよ。子々孫々、イエホナラの呪いを語り継ぎ、もし事ある時は、そちの裔の力で我が裔を護れ。」
順桂は、幼き頃よりずっと、この話を聞いて育ったのだ。そして、イエホナラ出身の西太后は、わざと国を滅ぼそうとしているのだと、順桂は言うのだ。嘘だろうと笑い飛ばす王逸と、いっそう真顔になる順桂、そして文秀は白太太のお告げの中の「天子様(光緒帝)のかたわらにあって」という言葉を思い出していた。

第4場A 胡同A(菜市口の市場)
時は戻って半年前。光諸12年の春、文秀(彩風)は、次なる科挙の試験受験のために都に上っていた。何人も屈強な従者がついているが、最後尾に場違いなほど小さい春児(朝美)もいる。「科挙に受かった人」として祀り上げられることが何よりも嫌いな文秀は、気楽に話せる春児を連れてきたのだ。そしてもう一つ、従者に与えられる銀貨を春児に恵んでやりたいという気持ちも。
他の従者に「文秀に酒を飲ませるな」ときつく言われている春児のもとに文秀がやってきて「おいチビ、行くぞ。」と街へ。酒場の前で立ち止まる文秀の袖を春児が引っ張っていると…ものものしい行列が現れた。李蓮英(透真かずき)である。太監・宦官を初めて目のあたりにした春児。
「宦官にも偉い人はいるんだね。」「ばかなこと考えるんじゃないぞ。」
春児が2度と妙な気を起こさないように、文秀は飲み友達である畢五の家に連れていく。そこは少年を宦官にするための場所で、壮絶な一部始終を見せられた春児は震え上がるのであった。帰りぎわ、どこから見ても女の子としか思えぬ愛らしい少年・蘭琴(聖海由侑)が「おいら…じゃなかった、あたしはもうじき…。」と話しかけたが、関わりを避けるように去る2人であった。

いよいよ科挙の試験が始まる。文秀の隣の部屋には95歳の老人がいて、咳こんでいる。優しく励ます文秀とは違い、老人を挟んだ隣の部屋の王逸(一禾あお)は「うるせえんだよ、じいさん。」と怒鳴っていた。文秀と王逸は元々知り合いだ。王逸は「まったくとんでもないじいさんだ。腹ごしらえでもするか!来いよ。」と文秀を外に誘い、食えと饅頭を差し出す。
王逸は、軍人の家に生まれたが父も兄も戦争で死んだ。母は、末っ子の王逸だけは役人にしようと読み書きを習わせた。しかし金が続かず、試験を目指せるだけの金がある家へ養子に行ったのだ。晴れて科挙の試験を受ける息子のもとへ実母がゆうべ、饅頭を持って夜中に訪ねてきたらしい。纒足を泥だらけにして、饅頭を渡し、声をかけようとした王逸に首を振り、一言も口をきかずに去る母。
「まいったな、そうとは知らず食ってしまった」
「気にするな。うまいからおぬしに勧めた」
母の愛を頬張りながら試験のことや未来を語り、お互い尊敬し合う2人は義兄弟の盃をかわすのであった。

いよいよ試験が始まったが、老人の咳が気になり答案を書く手が進まない文秀。どうにも気になって隣の部屋を除くと老人が倒れている。咳こむ老人を抱き起こすと、血を吐いていて「おぬし、答案はできたか。わしは答案を血で汚してしもうたからこの先受験停止3度…もう無理じゃ。だからこの答案をおぬしの答案として提出して欲しい。あとは清書だけじゃ。」そう言って死んでしまったのだ。渡された完璧な答案に驚いているといつの間にか眠ってしまっていた…答案を書かずに。朝起きると答案提出の時間。終わった…と思った文秀だが、不思議なことに机には血で汚れた答案と白紙の自分の答案はなく、かわりに完璧に仕上がった自分の答案があったのだ。

第4場B 胡同B(老公胡同)
文秀が試験を受けている間、従者はすることがない。春児が街で、飴を頬張りながら鼠使いの芸を見ていると、美少女風の少年に声をかけられる。
「こんばんは、にいさん。」
偶然、蘭琴(聖海由侑)と再会した春児。あれこれ話しているうち、未来を思い溜息をつく蘭琴に、春児は「食うか?」と口の中から飴をつまみ出して食べさせる。嬉しそうに飴を頬張る蘭琴とまたあれこれ話していると、近くの広場に罪を犯した宦官が連れてこられ、処刑がはじまった。自分の未来を思い、怖がって泣く蘭琴を胸に抱き寄せてなぐさめていると、自分まで涙が出てきた。
「飴、返せ」と春児は首をかしげ、口移しに飴を奪った。「何も怖がることなんかねえんだ。」と手を握る。もう行かなきゃ、と去ろうとする蘭琴の頭から胡蝶の髪飾りを抜き、売ってくれとお金を渡そうとする春児の手を押し返し「あげるよ」と言う蘭琴。そして2人は別れた。

試験が終わり、帰ってきた文秀は春児に話す。「老子様が俺にとりついて答案を書いてくれた。俺は間違いなく合格して大臣になる…しかしお前のお告げは…」
「自分だけうまく行ったとたんに、おいらのことはもう知らねぇなんてあんまりだ!村に帰ってもういっぺん白太太に聞いてやる!」

文秀と喧嘩別れをしてしまった春児はちきしょうと呟きながら街を彷徨い歩いた。生まれついて不幸な者が幸福になることなどありえないのだ…母の口癖「没法子(どうしようもない)」の意味を身をもって感じていた。そんなとき、盲目の胡弓弾きが歌う「昴」という歌詞に吸い寄せられる。物乞いをする安徳海(天月翼)である。
「わがいさおしは韃靼の風の染めたる旗なるぞ」
その歌は、昴の星の下に生まれつき、清国の最盛期を築いた乾隆帝が作った歌。安徳海はかつて、西太后(一樹千尋)の1番のお気に入り宦官だったので、その時に覚えた歌だ。李蓮英(透真)の悪だくみで濡れ衣を着せられ、無実の罪により叩き殺されたのだが、奇跡的に一命を取り留めて、今は物乞いに落ちぶれていた。そして、白太太もかつては安徳海と共に西太后に仕えていたという。
「白太太は、西太后さまの息子の早世を占い怒りを買って城を追放された。その通りになったがの。白太太の予言にまちがいはない。賢そうな子じゃ。金もないお前が立身する方法…ひとつしかないが…男を捨ててまで手に入れるべきお宝などこの世にあろうものか。」
安徳海と別れ、ひとり考えながら歩いていた春児は気付けば、蘭琴と出会ったあの畢五の家に来ていた。入ると手術の終わった蘭琴が苦しんでいた。
「おいら、今までいいことなんてひとつもなかった。これからもあるわけないし、生きてもいじめられるだけだ。」
「おいらはおまえをいじめない。いじめるやつがいたら、おいらが助けてやる。だから頑張れ。泣くなよ、蘭琴。おいらがついてる。」
春児は力強くそう囁き、励まし続けた。

一方、ここまで科挙の試験に合格しても、父親から全く期待されてないことを知り、負けず嫌いに火がついた文秀は、最終試験も必ず合格することを誓うのであった。
そして、時は半年後に戻る。文秀は首席合格した。
楊喜楨(夏美)は自ら合格の報を受けた文秀のもとへ会いに行き、自分は老人の答案を盗んでしまったのだと懺悔する文秀に微笑みながら言う。
「それは君のたゆまぬ精進がもたらした幻想だ。私自身も試験の時、同じ経験をしたので、長い間悩んでいたが、その不思議な出来事は努力家であることの証だよ。君が私の考えていた通りの人物であったことを嬉しく思う。」
そう聞いて、文秀は母を思い出す。
「人の初め、性はもと善なり。学問はあなたのどんないけない所も全て覆い隠してくれるのよ。」
そう言って幼い文秀を抱きしめてくれた母は美しい人であった。使用人だと思っていたその美しい人が自分の母だと知ったのは、母がはたちそこそこで死ぬ間際であった。貧しい村の出であったため、側室にもなれず、使用人として過ごしていたのだった。
「ぼくのおかあさんなの?」
「そう。でも忘れなさい。しっかり勉強して偉い人になるのよ。あなたは誰にも負けない。負けるはずがないわ。」
自分をここまで押し上げてくれた原動力は、死の床で授けられた母の声だったと文秀は気づいた。
「やったよ、褒めてよママ!とうとうやったんだ。」
隣で王逸(一禾)が空にそう叫んでいた。

1人曠野で兄の帰りを待つ玲玲(朝月希和)のもとに春児(朝美)が帰ってくる。何ヶ月か会わぬうちにひと回り大きくなって大人びた兄を見て、もうこれで大丈夫なんだと玲玲はホッとした。
春児は、父と兄の墓の前で泣き続けている母を背負って家まで帰ると、弁当を玲玲に渡し、白太太の所へ急ぐ。
しかし、白太太は「文秀の兄は科挙に受からない」と予言してこの村から追い出されていた。そんなことを言っては追い出されることはわかっていたはずなのに。白太太はやはり嘘は言わないんだ…!やつれた母と幼い妹を救い出すためには、待っていてはいけない。草むらの中で春児は己の勇気を信じて、男を捨てたのであった。
同じ日、文秀は第一等状元として進士になった。

「行かないでよお、おにいちゃん。」
泥にまみれて泣く妹・玲玲(朝月希和)を力いっぱい抱きしめた。
「おいらは行ったきりにはならねぇ。いつかきっと帰ってくる!!!」
玲玲は1枚のすり減った銅貨を春児に渡す。乾隆通宝…昴が付いていたという、あの偉い皇帝の名前のついた古い銅貨だ。
「これで、何か食べてよ。」
玲玲にもらった乾隆銭を握ると、涙が引き勇気が湧いた。
「待ってろ、玲玲!にいちゃんはきっと、銭をいっぱい持って帰ってくるからな!」

第5場 慈禧酒場
天津の外国人専用の酒場・慈禧酒場は今日も賑わっている。記者たちは、あちこちで取材をし、清国内の事件や人物のことを面白おかしく記事にして、自分の国へ送っている。外国かぶれの鎮国公載沢(咲城けい)の姿もある。
日本から清国へ戻ってきた岡圭之介(久城あす)は、友人のトムに会いにここへ来た。ニューヨークタイムズの記者トーマス・バートン(壮海はるま)である。謎の美女・ミセス・チャン(夢白あや)はトムの恋人らしい。

第6場 楊喜楨邸(居間)
日々、翰林院で歴史書の編纂という仕事に明け暮れていた文秀、順桂、王逸の3人はある日、月見の宴に招かれる。そこにいたのは、楊喜楨(夏美よう)だけでなく、光緒帝の父・醇親王(叶ゆうり)と恭親王(日和春磨)、そして康有為(奏乃はると)と譚嗣同(諏訪さき)である。
楊は、近い将来はじまる光緒帝の親政を支える「同志」として、月見の宴という名目の密談に、この面々を招いたのであった。
事態は単純ではない。若い新任の文秀たちを同志とせねばならないほど、西太后の力は下々の者まで行き届いており、強大なのだ。楊は、まだ紫禁城と関わりの薄い文秀たちしか信じられなかったのであろう。西太后の政権下で国家の経済は破綻し、政治は腐敗し、国民は疲弊しきっている。一日も早く、維新政府を確立しなければ、外国の植民地となってしまう状況だ。
恭親王(日和春磨)は、同じ満州人である順桂に期待をこめて、どう思うか尋ねた。
「政権交代が叶わぬそのときは、天誅を辞さぬ覚悟がなければ目的は達成できませぬ。西太后がイエホナラの裔であることをお忘れくださりますな、親王殿下。」
日頃穏やかな順桂からは想像もつかぬ物言いでそう答えた。イエホナラという一言に血の気が引く醇親王(叶ゆうり)と恭親王(日和春磨)。
「確かにその覚悟は必要だが、それは最後の選択じゃ。」
そう絞り出した恭親王(日和春磨)の不安を拭うように楊は言う。
「天津には既に使者を出しておりまする。国家の武力のほとんどを掌握している李鴻章(凪七瑠海)を同志としたい。」
その夜が明けるまで、熱い議論が続けられたのであった。

数日後、歴史書の編纂がひと段落した文秀たちは休暇を許され、故郷に帰ろうとしていた。ちょうど李鴻章の治める天津を通っているときだ。
「俺は寄り道をしていこうと思う。」
王逸はそう言って、天津総督府に向かった。目的はなかった。ただ、間違いなく時代の鍵を握っている李鴻章という男に会ってみたかっただけである。

第7場 天津総督府の執務室
李鴻章(凪七瑠海)は超人である。分単位でスケジュールをこなし、同時に3つの仕事をしながらものすごい量の仕事を片付ける。その仕事ぶりを見つめるのは副官の袁世凱(真那春人)だ。袁は名門の出でありながら学問が苦手で、科挙にも失敗した。そこで、教科書を焼き捨てて軍人に転身したところ、水を得た魚のように昇進したのである。今の世に天命を持つものがいるとしたら李鴻章以外いない。いずれ天下を取る人だと思って付き従ってきた。そんないきさつであるから、若くして科挙に合格した者など気に食わない。そこへ王逸(一禾)が訪ねてきたのだ。来客だからと着替えようとする李鴻章に袁世凱は言う。
「閣下、そこまでなさらなくとも。たかが科挙に受かったばかりの若造ふぜいに。」
「ちがうぞ。何の連絡もなく、わしに会いに来たからには、思うところあってのことだろう。ちゃんと聞いてやらねばならん。若造ならばこそ、そうしてやらねばならんのだよ。」
そう言って李鴻章は王逸に会った。無礼なことを問う王逸に全くひるまず、丁寧に説明をする李鴻章であった。
「閣下はなぜ天下を取らないのですか。芝居に明け暮れる西太后の世を続けようとする閣下のお考えが私にはわかりませぬ。それは四億の民に対する不忠ではありませんか。」
「君はまことの才子だな。真の理由を答えよう、私には天命がない。だから、私は勝ち目のない戦はせぬのだ。」
天命がない、その言葉に誰よりも青ざめた袁世凱が言う。
「ひとたび閣下が天下をとろうとすれば、天命は閣下に下りましょう。」
「いや、ちがう。資質はあったが、資格がなかったのだ。ところで王逸君。いっそ天津に来ぬか。君のような逸材が歴史書の編纂に明け暮れているだなんて国家の損失だ。」
こうして、王逸は李鴻章のもとへ行くことを決意した。そしてその帰り、王逸は不思議な占い師に出会う。白太太である。「天に選ばれし者。天下をとるものを護る者。」というお告げを受けるのであった。

第8場 梁家屯(曠野)
故郷の静海に帰ってきた文秀は、玲玲と再会する。文秀は玲玲の汚れた顔を袖で綺麗に拭ってあげた。
「汚れちゃう…文秀さんは優しいね、偉くなったのにちっとも変わらない」
「偉くなってなんかいないさ。都で働いて、給金を貰うようになっただけさ。お前が糞を拾って金を稼ぐのとどこも違わない」
春児と玲玲の母は、死んでしまった兄の墓の前で自ら命を絶った後であった。そして春児は既に宦官となり、都に上っていたことを知った文秀。
「玲玲、お前は妹同然だ。俺と一緒に都に行こう。」
こうして玲玲を都に連れてきた文秀は、桃色の衣服を買って渡した。
そこで二人は白太太と再会する。嘘の言えない白太太は「文秀の兄は科挙に受からない」と占い、村を追い出されてしまったのである。
「わしは、生涯にただ一度だけ嘘をついた。春児に昴の星などついてはおらぬ。本当なら、家族一人残らずみんな死んでおるはずじゃった。しかしわしはそのお告げを春児に言えなんだ。」
「西太后にまで、お前の息子は早死にする、と言えた白太太がなぜ…」
「簡単なことじゃ、あやつはそれぐらいかわゆい。じゃがからかったわけではない。春児を、人間の力を、信じたのじゃ」
文秀と玲玲が赤い糸で結ばれていることを伝え、白太太は消えた。

第9場 富貴寺
春児が行くあてのない夜の都を彷徨っていると、物乞いをしている安徳海(天月)と再会した。男でなくなった春児に驚く。
春児はお金を渡そうと懐を探すがあるわけない。あるのは玲玲にもらった乾隆銭だけだ。思いあぐねてそれを差し出そうとする春児の手を止める。
「何と優しい子じゃ。どうせ行くあてもなかろう。わしと共に来い。」
連れて行かれたのは富貴寺。病や体の不自由で働けなくなった哀れな宦官たちが身を寄せ合って暮らす寺だ。紫禁城にいる宦官たちは、失敗をしてしまうと棒打ちの刑を受ける。命を落とすものも多いが、そうはならず大怪我を負った者はこの富貴寺に行くしかない。自らの過ちではなく、李蓮英(透真かずき)の悪だくみによって半殺しになったものも少なくない。例えば周麻子(真友月れあ)は天才料理人であったが、それを妬んだ李蓮英が、わざと料理に虫の死骸を入れ、その罪を被せられて棒叩きの刑を受け、城にいられなくなった。それぞれ様々ないきさつのある異様な姿の宦官たちは温かく春児を迎え入れてくれた。
「紫禁城への早道は俺が教えてやろう。西太后さまのお側に上がるにはこれが一番。3日に1度は芝居を見ねば寝られんお方じゃからな。」
そう言って宙返りを決め見得をきってみせたのは黒牡丹(眞ノ宮るい)。かつて西太后(一樹千尋)1番のお気に入りの京劇の花形役者であったが、ハンセン病にかかり城にいられなくなった。紫禁城の宦官たちは24の仕事場に分けられ、周麻子(真友月れあ)のように食事ばかりの宦官、金八(稀羽りんと)のように掃除ばかりの宦官など様々である。掃除係を何年やっても西太后の目に留まるはずがないので、京劇役者になるのが早道だというわけだ。現に、今の宦官のトップ・李蓮英(透真)もかつては役者であった。役者になんてなれねぇよと不安げな春児に黒牡丹は言う。
「お前はたまたま安徳海に会い、俺はたまたま死なずにお前を待っていた。この偶然をほかにどう説明できる。」「昴を掴め、春児。」
その日から血のにじむような修行の日々が始まる。ある日、黒牡丹はとんぼ返りをやってみるよう春児に言う。
「お師匠、おいらできっこねぇからな」
そう言いながら技をやってみると、成功した。
「お見事!」
春児は、自分が無事に出来たことよりも、今まで散々怒鳴られてきたお師匠に一言褒められたことが嬉しかった。
「どうだ、チビ。俺の言った通りだろう。頭ではできないと思っていても、体がちゃんとやってくれる。血と汗を流した修行ってのは、そんなもんだ。」「手足の揃ったおまえにできないことはひとつもない。できないなんて言うな。人間はできないと思ったら、まっすぐに歩くことだってできやしねえんだ。胸を張って、しっかり前を見ながら歩くことが、一番難しい。」
こうして春児は、黒牡丹の芝居をはじめ、周麻子の料理、金八の掃除など、一流の仕事を身に着けてきた富貴寺の宦官たちから、すべての芸を授けられるのだ。
3年が経ち、春児の仕官が決まる。その頃にはもう黒牡丹はずっと寝たきりで、血を吐き、気力だけで生きていた。その気力とは、春児を西太后のもとへ、送り込むことであった。春児がお城にのぼったと知れば、生きる支えを失うに違いないと、安徳海は黒牡丹には伏せて話を進めようとしたほどであった。しかし、仕官の話は黒牡丹も知るところとなり、皆に見送られ、春児は出発する。

西太后のもとへ上る前に、春児は見習い宦官が修行をする場所へ行く。しかし、教えることは何もない春児に驚く人々。料理を作らせれば天才料理人・周麻子(真友月れあ)の味を出すし、掃除をさせれば金八(稀羽りんと)のように完璧にこなす。その上、唄えば安徳海(天月翼)であるし、黒牡丹(眞ノ宮るい)しかできない大技をいとも簡単にやってのけるのだ。城を追い出され、とっくに死んでいるはずの宦官たちの生まれ変わりのような春児は、出来の良さを鼻にかけるわけでもなく、その愛らしい笑顔でみんなから親しまれた。

第10場A 紫禁城(太和殿)
トーマス(壮海はるま)と岡圭之介(久城あす)は取材をしている。トーマスは光緒帝載湉(縣千)が隆裕(野々花ひまり)ではなく、側室の珍妃(音彩唯)にご執心らしいという情報を持ち出す。なんでも、「確かな筋」から聞いた情報らしい。…おそらく恋人らしいミセス・チャン(夢白あや)であろう。

第10場B 紫禁城(閲是楼)
光緒帝載湉(縣千)と隆裕(野々花ひまり)の大婚式が執り行われる。あの楊喜楨(夏美よう)の進言から3年が経っていた。しかし西太后はまだ迷っていた。皆はもう政を聡明な載湉(縣)に任せろと言うし、本人もそれを望んでけいるれど…自分がやってきた辛い役回りを担わせ、死んだ息子の身代わりを務めてくれている愛する甥・載湉が苦しむ姿を見たくはなかった。どうすればあの子が苦しまずにすむのだろうか。思い悩み涙を流す西太后に気づいた光緒帝載湉(縣千)は、西太后を抱きしめながら言う。
「朕は孔子様の弟子です。親の悲しみを救うのは子の務めです。あなたが死ねとお命じになれば朕は喜んで死にましょう。だから泣かないで。」
この子には愛新覚羅の血が流れている。聡明で立派なこの子なら、この国を変えられるかもしれない。西太后の肚は決まった。
「予はそちにすべてを任せる。頤和園にさがろう。」

文秀(彩風)と順桂(和希)は3年の間に異例の出世をしており、女官たちの噂の的であった。李鴻章(凪七)に従って袁世凱(真那)と王逸(一禾)も来ている。
「あいつ、軍服が妙に似合うな。」
順桂がそう言って真面目な顔をようやく綻ばせたとき、王逸が二人に気づき、無邪気な笑顔を向けて拳を頭上に挙げて振った。

趙掌案的(星加梨杏)は、美貌の南府劇団監督であり、黒牡丹のいなくなった今、西太后のお気に入りである。今宵の演目「大四傑(ダァスージェ)」は元々、黒牡丹が得意としていたのだが、彼が去ったあと、いつかこの演目をご所望されるに違いないと趙は山を張り、密かに稽古を重ねてきていた。3年前、文秀たちのお披露目式で演じられたときは端役だったが、今日は主役である。つつがなく舞台を披露し、大拍手の中、西太后さまのお褒めの言葉を浴び、幸せの絶頂であった趙に西太后の次の言葉が届く。
「そちがこれほどの芸達者であるとは知らなんだ。そうだ「挑滑車」を演じてみよ。あの黒牡丹にしか出来なんだ「挑滑車」を見せてくれ」
「……いま、でござりまするか?しばしお時間を!」

第10場C 紫禁城(暢音閣の楽屋)
できぬ、とは言えない。そんなことを言えば棒打ち50回のうえ、地位を奪われ城を追い出される。下手したら叩き殺される。どうしよう、どうしよう。
「どうしようって言ったってどうしようもないでしょう。無理やりやったとして、一回でも間違えれば私ら全員叩き殺されますよ。」
「おまえ、よく平気でそんなことが言えるな、何か考えろ!」
「お気を確かに。とりあえずお経でも唱えましょう」
パニック状態の楽屋へ春児が西太后の差し入れと言って饅頭を持ってやってくる。いや、西太后が差し入れなどなさるはずがない。春児が楽屋の沈鬱な雰囲気を見てとっさに持ってきたのだ。
「お前、さっきの舞台、出番はあったのか。」
「はい、馬の脚の役をいただきました。初舞台なのでドキドキしました。」
「あのな、まさかとは思うが…そんなことあるはずないんだが、一応聞いてみる。「挑滑車」はできるか。」
「え、「挑滑車」の馬の脚の役…?」
「いや、主役だ」「はい、できますよ?」
趙掌案的(星加梨杏)は覚悟を決めて、劇団のみんなに言う。
「みんな、命が惜しいか。大変恥ずかしいが、俺は「挑滑車」ができない。たとえ同じ結果になろうと、俺はこの春児に賭けてみようと思う。みんな、こいつに命を預けてみないか」
劇団の宦官たちはいっせいに同意した。
「しかし、趙掌案的(星加梨杏)、相手役の悪役は誰がするのです。」
そこへ死んだはずの黒牡丹(眞ノ宮るい)が現れ、一同騒然となる。
「脇は俺が固める!」
幽霊か幻を見ているような心地でみんなは準備に取り掛かった。

第10場D 紫禁城(閲是楼/暢音閣)
もう京劇化粧さえできなくなった黒牡丹は、お面をつける。血を吐くお師匠に春児は「もう、やめようよ、代役をたてよう」と提案するが黒牡丹は受け入れない。
「役者にはそれなりの貫禄ってもんがある。俺のかわりが誰に勤まるものか。」
春児は降って湧いた大役に身震いしていた。
「できねぇ。お師匠、おいらやっぱできないよ。」
「しょうのないやつだな。今日だけ、俺が介添してやるから。」
「おいら、これから大丈夫かな。」
「おめえの顔立ち、器量なら出世はまちがいねえ。おめえは黒牡丹だ。」
お師匠は3年の間にその芸のすべてを教えつくしてくれたのだと知る。黒牡丹の魂が付いていると思えば、春児の胸に勇気がわいた。
京劇が始まると、今にも息絶えそうなお師匠ではなく、堂々とした在りし日の黒牡丹がそこにいた。
「黒牡丹だ!黒牡丹が帰って来たぞ、まちがいない、黒牡丹じゃ!黒牡丹が2人いるぞ!」
西太后も皆もどよめき立ち上がり、大拍手に客席が震えた。
「黒牡丹を呼べ、苦しゅうない。早うこれへ!」
舞い終わると共に倒れこんでいた黒牡丹は叫ぶ。
「西太后さま。この春児は黒牡丹です!……ハオ。いいぞ、春児。最高だぜ。」
春児は号泣しながら叫んだ。
「お師匠、だめだ、ほめちゃだめだ。死んじゃいやだ。」
最後の力を振りしぼり、黒牡丹が言う。
「行け、黒牡丹。お前の出番だ。……春児、まっすぐ歩くんだぞ。どんな時でも。胸を張っ…」
春児は、師匠・黒牡丹になりかわり、西太后のもとで仕えることになった。

第11場 昴
「春児、だな」
大喝采のひいたあと、春児に話しかけたのは文秀であった。お城で仕える宦官と、政に関わる文官の私的な交際は固く禁じられているため、これから春児と文秀が関わりをもつことはあってはならない。そのため、人気のないところで身を隠しながら2人は話す。
「文秀、見てたの?…母さんは?兄さんは?」
無言で首を振る文秀。
「おいらだけ大きくなっちまった。おいら、何してたんだろうな。」
「玲玲は元気だ、心配するな。おまえは、自分の力でここまでやってきたんじゃないか。すごいぞ、春児。おまえはすごいやつだ。」
「おいらもう、銭なんかもらったって、使い道がねえ。」
二人はどちらともなく夜空を見上げる。
「ねぇ、文秀。昴ってどれ?」
「あの三ツ星のずっと先だ。」
春児は玲玲がくれた乾隆銭を握りしめていた。
「俺はかあさんも、玲玲も捨てたのに、玲玲はこれをくれたんだ。おいらは人でなしだ。今さら昴がなんだってんだよ。」
そう言う春児をなぐさめ、勇気づける文秀であった。

正式に紫禁城へ上る前に、西太后付きの李蓮英(透真かずき)と光緒帝付きの李蓮忠(桜路薫)による面接があった。春児の他にもう1人、新任の宦官がいた。蘭琴(聖海由侑)である。李蓮英にたっぷり嫌味を言われながらの面接が終わると、しばし2人は話す。
「にいさん、大きくなったからわからなかった。」
「おまえは相変わらずちっちゃいな。」
微笑みあう二人であったが、ここから先は別の道。春児は西太后のもとへ、蘭琴は光緒帝のもとへ、仕えることが正式に決まった。

第12場 梁文秀宅
譚嗣同(諏訪さき)が康有為(奏乃はると)からの手紙を持って文秀家を訪ねると、玲玲が迎えてくれた。
「あら、袖がほころんでいるわ。私、お裁縫には自信があるんです。」
玲玲は袖のほころびに気づいて縫い、譚嗣同に微笑みかけた。

康有為からの手紙を読む文秀と順桂。手紙にはこう書いてあった。
「吉報だぞ、西太后さまが頤和園にお移りになる。今度こそ間違いない。我々の時代がくるんだ。さぁ、忙しくなるぞ。憲法制定、国会開設、教育改革…やることはいくらでもある。」
康有為の魅力は、己の利益が頭にないことだ。しかし、未だ科挙に受かっていない彼は、自分の理想とするものが、何千年と続いた官僚国家を覆すものであることを知らない。いや、知ってはいるのだろうが、そんなことお構いなしに進み続ける。理想論を実現することがどれだけ難しいかわかっている文秀と順桂は頭を抱えていた。彼は天才には違いないが、足元がまったく見えていないのだ。

第13場 紫禁城(養心殿)
光緒帝載湉(縣千)の実の父・醇親王(叶ゆうり)が病に臥せっている。もう話す気力も残っていない。そこへ多くの兄弟たちの中でただ一人心を開き、尊敬している兄・恭親王(日和春磨)が見舞いに来た。
「あとのことは心配するでないぞ。載湉(縣千)はわれらと同じ、ヌルハチ公の血を引く立派な天子じゃ。西太后はさほど悪者ではないぞ。近々頤和園へ下がると李鴻章(凪七瑠海)が言うておった。イエホナラの呪いなどただの伝説であろうよ。李鴻章が載湉の後ろ盾となってくれるなら安心じゃ。あの者は誰の見方でもない、ただ清国のためにと働く忠義の者。」
そう言いながら寝てしまった兄の横で、光緒帝の父・醇親王(叶)は息を引き取った。

蘭琴(聖海由侑)は光緒帝(縣千)のお気に入り宦官となり、近くで仕えていた。近く、日清戦争がはじまるということで、宮中は物々しい雰囲気である。
李鴻章(凪七瑠海)は「勝ち目がないのでやめておこう」と主張するが、聞き入れてもらえず、いよいよ開戦せざるを得なくなってしまう。

第14場 甲午の役(日清戦争)
淮軍(李鴻章が作り上げた義勇軍)を率いた李鴻章(凪七瑠海)袁世凱(真那春人)王逸(一禾あお)が必死で戦うが、敗戦。

この戦争で李鴻章はじめ、多くの清国実力者が失脚した結果、権勢を強めたのが栄禄(悠真倫)だ。元々、李鴻章の思いやりで都に帰れたという事実があるから、李鴻章がいる間は好き勝手できなかった。最もけむたく重い存在がいなくなり我が物顔である。この先、自分がやることはただ一つ、あの青二才の光緒帝とその周りをうろつく新勢力・変法派を叩き潰すことであった。変法…つまり法律が変わるということは栄禄たち旧勢力の失脚を意味するからである。

そしてもう一人。袁世凱(真那春人)だ。栄禄とは元々面識がある。科挙に受からず軍人となるしかなかった袁世凱にとって、科挙に受かった進士出身で頭の固い李鴻章よりも、己の力だけで軍人としてのし上がった栄禄のほうが尊敬できた。
日清戦争では、大きな戦場には参加せず、小競り合いの戦場にのみ出陣し、すぐに兵を引くことを繰り返した。かたや、援軍に駆け付けた王逸(一禾)は、日本軍を相手にボロボロになるまで勇敢に戦った。
袁世凱の軍隊は無傷のまま敗戦を迎え、無傷であったがゆえに敗戦の責任を問われることもなかった。こうして、李鴻章失脚後、天津総督の地位におさまったのである。

第15場A 万朝報
岡圭之介(久城あす)は、日清戦争についての記事を書いている。
清国は敗戦。下関にて、李鴻章(凪七瑠海)と伊藤博文(汝鳥伶)は講和条約を結んだ。

第15場B 紫禁城(寧寿花園)
楊喜楨(夏美よう)は西太后(一樹千尋)を訪ねていた。そこで光緒帝の家庭教師として、「西太后さまが紫禁城におわします限り、光緒帝さまはまことの親政を開始なさることができません。ご決意を。」と進言したのである。
西太后はひととき思案した。光緒帝の聡明で優しく、立派な姿を思い出す。そして、その進言を受け入れたのである。
「そちはどうするのじゃ。翰林院に戻るのか、日本に行くのか。」
どちらの選択肢も楊が内心で望んでいたことであった。西太后さまにはお見通しであったのだ。私の心をよく知っておられる。先のことは、若い者に任せよと、そういうことである。西太后と楊という、それぞれの派閥のトップがいるままであれば、血で血を洗うことになりかねないことに、西太后は気づいている。西太后の深い心に触れ、楊も決意した。
「西太后さま、私は故郷の広州に帰ろうと思いまする。」

一方その頃、栄禄(悠真倫)と李蓮英(透真かずき)、そして春児は変法派の動きを探っていた。主に情報を探るのは春児の役目である。富貴寺の宦官たちにスパイをお願いしてたんまりとお礼金を渡したり、文秀の飲み友達である畢五の家に行って、それとなく様子を聞いたりしていた。それは、もちろん西太后を護るための仕事ではあったが、大好きな文秀が元気なのか確かめるためでもあり、安徳海たちは元気なのか確かめ、お礼のお金を渡したい気持ちからでもあった。

春児の報告で、変法派が動きだす日が間近に迫っていることを知った栄禄たちは、春児が帰ったことを確認してから楊喜楨暗殺を企てはじめた。春児がいたら、止められるとわかっていたからである。栄禄の低い声が聞こえる。
「楊喜楨さえ亡きものにすれば、あとは烏合の衆じゃ。若造どもに何が出来る。」
「しかし梁文秀はどうする。あいつはなかなかの切れ者だぞ。」
そう甲高い声で言ったのは李蓮英である。
「それなら心配ない。所詮は楊喜楨あっての変法派だ。」

この話を窓の外で密かに聞いている人物がいた。春児である。
懐から紙片を出し、一筆書いた春児はそれを物乞いに手渡した。

第16場 昴
紫禁城から帰ってきた楊喜楨(夏美よう)は、変法派の面々を集めて伝えた。
「西太后さまは頤和園へお下がりになることを決意された。そして私は故郷に帰ることにした。血で血を洗うような維新の方法は、この国には似合わない。」
西太后と話し合った上で決まったであろう新政府の人事を伝え、話しながらも長年の重責を終えようとしている楊先生の肩は脱力しているように見えた。文秀は迷ったが、あることを伝えた。
「いたずらとは思いますが、一応お耳に。先刻、見知らぬ物乞いから「楊喜楨閣下を暗殺しようとする企てあり」と書かれた紙片を渡されました。」
楊は苦笑した。
「政治の世界から姿を消す私を今更殺して何になる。」
「さようですね。しかし、一応ご報告までと。念のため、屋敷を警護させます。」
そう言って去ろうとした文秀の後ろで、楊は何者かに暗殺されてしまう。
「騒ぐでないぞ。やつらは私の死を願っているのではない。騒ぎを待っておるのだ。文秀、あとは頼んだぞ。」

信じられない気持ちで楊先生の亡骸を抱きながら文秀は思う。
俺に昴の星がついていると言うなら、何故姿を見せないのだ。
変法派の支柱である楊先生を失ってしまった。その死の重みがのしかかる。文秀には、悲しむ心の余裕さえなかった。
自分が引っ張らねば。どんなに強いなぶる風が吹こうとも、この暗闇を超えて俺は戦う。命をかけて…この国を導いてみせる。昴に、希望に、辿り着いてみせる。
そう、強く決意する文秀であった。

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https://note.com/suzu_mai/n/nf498aea29625

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