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発売したはずの本が書店に売ってない!たった一つの明確な理由

「この雑誌、おもしろそう!」
「あのマンガの最新刊、発売されたんだ!」
子どもの頃、書店は、本が買える場所であると同時に、読んだことのない雑誌を知ったり、新刊の書籍を見つけたり、まだ見ぬ本と出会える場所でした。

いつしか平成が終わり、ときは令和。
書籍や雑誌の情報は、書店へ行く前にネットニュースやSNSでいち早くキャッチできるようになりました。
今どんな本が流行ってるのか、好きな作家さんの新刊の発売日がいつなのかを、書店に通わなくともあらかじめ知ることができ、自分の好きなタイミングで欲しい本を買いに行けるようになりましたよね。

ところが、こんな経験はありませんか?
「あれ? もう発売してるはずの本が売ってない」

「売り切れちゃったのかな? 他の店舗を見てみよう」なんて書店をはしごしたことが、みなさんにも一度はあるはず。
発売してるはずの新刊がどうして書店に売ってないことがあるのか、実は、これには明確な理由とメカニズムがあるんです。

今回はそんな、意外と知られていない出版の事情をご紹介しましょう。
ぜひ最後までご覧ください。

新刊なのに書店に売ってない理由

せっかく書店に行ったのに欲しい新刊が置いてなかったら、無駄足ですよね。でも、一旦落ち着いて。
もしかしてみなさん、新作のCDを買うのと同じ感覚で新刊を買いに行ってませんか?

例えば、音楽CDの場合。
オリコンチャートTOP10に入るような有名ミュージシャンの新作なら、TSUTAYAでも、商店街の小さなCDショップでも、余程のことがない限り入荷するはずです。
また、知る人ぞ知るインディーズバンドの新譜を買いたいなら、「さすがに商店街のCDショップには置いてないだろう」と想像できて、「まずタワーレコードで探してみよう」なんていうふうに行動しますよね。

では、書籍の話に戻りましょう。
現在、日本には3,000以上の出版社があり、例えば2017年では、1年間で75,412点、1日平均200以上の新刊が出版されました。
(出版ニュース社『出版年鑑 2018』調べ)

もちろん書店は、毎日200冊の新刊すべてを入荷するわけではありません。そんなことしてたら、いくつ書棚があっても足りませんよね。
TSUTAYAでも紀伊国屋書店でも、商店街の小さな書店でも、毎日大量に出版される新刊の中から書店員さんが選んで入荷しています。

また、出版社と書店の間には、「取次」と呼ばれる流通業者が存在します。
どの本をどこの書店に置けば売れるかを取次が判断して新刊を割り振っていることが多く、書店員さんでさえ自分のお店に入荷する新刊のラインナップを決められないこともあるんだとか。

探している新刊が書店に売っていないとき、確かに、たまたま売り切れたタイミングだったのかもしれません。
でも「他の店舗を見てみよう」と書店をはしごする前に、考えてみてください。
探している新刊の著者、それは東野圭吾さんですか?
湊かなえさんですか?
村上春樹さんですか?
ぶっちゃけそれほど有名な作家じゃないなら、売り切れたんじゃなく、その書店は、あなたの探している新刊をそもそも入荷する予定が無い可能性が高いです。

「ちょっと待ってれば入荷するかな」と数日待っても、無駄。
他の書店にも同じことが言えるので、はしごしても無駄かもしれません。
オリコンを賑わすミュージシャンのCDと違って、あなたが買いたいと思っている新刊が書店に並ぶかどうかは、書店員さんのセレクションと、流通業者による割り振り次第なのです。

新刊が売ってないときの解決法

僕も今月、新刊が発売されるのですが、本を出版するたびに、知人やSNSのフォロワーさんから必ず聞かれることが。
「近所の書店で、鈴掛さんの新刊が売ってなかった! どこだったら買えるの?」

もうね、そのたびに「ごめんやで!」としか言えない……。
僕がまだ、どんな書店でも必ず入荷したいと思うような有名な作家じゃないからいけないんやぁぁあ……!!(カッターの刃を手首に当てながら)

ぜひみなさんには「新刊が売ってないです!」なんて、Twitterのリプライなどで著者本人に言わないであげてほしいんです……。
書店のラインナップは、書店員さんのセレクションと、取次の割り振り次第。作家が操作したり、細かく把握できるものではないのです。
読者からの「新刊が売ってないです!」って声は、作家には「ぜんぜん有名じゃないんですね!」って意味に聞こえちゃうので、お願い……やめて……やめたげてぇ……(涙)

もちろん作家自身が、新刊を書店に置いてもらえるように自ら店舗へ営業に行くこともあります(これを業界では「書店回り」と呼んでいます)。
けれど、日本全国にある書店数は、約12,000店。とてもじゃないけど自分の足で回りきれる数ではありません。ごめんやで。

じゃあ、探している新刊が売っていないとき、読者はどうするのが良いのか。
読者にも、作家にもメリットがある解決法、それはズバリ「取り寄せ」です。

まず読者にとっては、いつも利用している書店や、家の近所のお店で購入できるので、あちこち店舗を探し回る必要がなくなります。
さらに、取り寄せた人がいることで、書店に対して「この本には需要がある」というアピールになります。もしかすると、取り寄せのついでに何冊か入荷して並べてくれるかもしれません。それが新しい読者との出会いとなり、結果的に作家を応援することに繋がるのです!

ただし、取り寄せには数日かかりますし、発売後は在庫が方々に散らばってしまうので、取り寄せ不可になることも。
新刊の書籍は、発売後に書店で探すよりも、やはり「発売前に予約すること」が最も良い方法といえます。

作家と出版業界の厳しい実情

新刊なのに書店で売られていない、もう一つ考えられる原因は、確かに入荷したのに、いつしか書棚から姿を消したケース。
というのも、出版業界には「返本」という独特の制度があります。

書店の多くは、「委託販売」の形態をとっています。出版社から本を買い取って入荷しているのではなく、本を預かって販売スペースを提供している状態。お客さんが店頭で本を購入して初めて、書店から取次と出版社に金額が支払われます。
そのため、入荷した書籍や雑誌が売れなかったら、書店には出版社へ「返本」できる権利があります。書店員さんが気に入ってくれて根強く書棚に残る本もあれば、数週間、早くて1週間ほどで返本されることだってあるのです。毎日200以上の新刊が発売されているので、需要のない本を書店の限られたスペースにいつまでも置いておくより、さっさと返本して別の新刊に差し替えた方が良いですからね。

こうして返本された書籍や雑誌は、誰の指紋も付くことのないまま、やがて無残にも断裁されて処分されます。以前、漫画家の押切蓮介さんが、講談社の工場を見学した様子をツイートして話題になりました。

まさに、本の墓場。
僕も講談社から単行本を出版したことがあるので、こんな恐ろしい光景に自分の書籍を見つけてしまったら、トラウマものです……。

スマートフォンの普及や、電子書籍の発達の影響か、日本全国の書店数はこの20年で約半分にまで減少しました。
「え! あんなに流行ってたのに!」という書店が廃業したり、近年では「まさか無くならないだろう」と思っていた有名店が暖簾を下ろすことも。

出版社は、できるだけ返本をつくらないように、印刷する部数を慎重に決定します。しかもその数は年々、減少傾向に。
すると、作家にお金はほとんど入ってこないし、書店は儲からないし、結果的に出版社の業績も上がらない、出版業界全体が負のループに陥っているのです。

「電子書籍さえ売ってればいいんじゃないの?」と思う人もいるかもしれないけれど、電子書籍の売り上げは出版業界全体のせいぜい2割程度。もちろん無視できない数ではあるものの、電子書籍のマーケットは著者や出版社にしっかり安定的なお金が回ってくる構造がまだ確立されていないのだとか。「もう紙の本はやめてぜんぶ電子書籍にしちゃおう!」なんて、おいそれと転換できるものではないんですね。
作家や出版社にとって、やはり「紙の本が売れるかどうか」が、生き残っていくための重要なミッションなのです。

読者のみなさんにお願いしたいこと

欲しい新刊が書店に売ってないこともあれば、売ってるのに「今月はちょっとお金が厳しいから、来月以降に買おう」と保留することもあると思います。

ぜひ、みなさんにお願いしたいのです。
本当に欲しいと思う書籍は、できるだけ紙の本で、できるだけ早く買ってください。

みなさんが保留にしたその1カ月で、その新刊は返本されて書店から姿を消すかもしれません。
せっかく需要があったのに、購入を先延ばしにしたことで、その新刊は「売れなかった本」という汚名を背負うかもしれない。その著者は「売れない作家」と見なされて、もう二度と本を出版できないかもしれません。
『推しは、推せるうちに推す』、それが出版業界では「紙の本を、できるだけ早く買うこと」なのです。

確かに、約2,000円する書籍は、かんたんには財布を開けない絶妙な金額だと思います。
けれどこのご時世、作家も出版社も、書籍をあと100円、あと200円安くできないか、あらゆる工夫を凝らしています。
さらに、その約2,000円の本は、作家が数カ月、あるいは数年の時間、生活を犠牲にして、血眼になって執筆した努力の結晶です。それでも作家の財布には、1冊売れても100円と何十円しか入りません。

「今月はちょっとお金が厳しいから、来月以降に買おう」そうして書店を出ようとしたときは、ぜひこのテキストのことを思い出してほしいのです。

そうして、出版業界全体が明るくなって、みなさんがもっと素敵な本に出会える機会が、今よりもっと増えるようになることを、僕は願ってやみません。

7月23日、鈴掛真 歌集『愛を歌え』が青土社から出版されます。
あの俵万智さんに帯文を書いていただけた、きっとあなたの心を揺らす295の短歌で綴った物語です。
ぜひ書店で手に取ってくださいね。

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