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なぜ僕は”思考の整理家”を名乗るのか?

僕は企業向けの研修、コンサルの他2015年ころより「思考の整理家」(商標申請中)という肩書きをつけた仕事をしています。

「思考の整理家」って何をする仕事ですか?
なぜ、”思考の整理”がテーマなのですか?

これは、これまで5万回は聞かれてきた質問です。今の僕だったらどう答えるだろうか?思考の整理家という職業が成り立つ時代がやってきたという見解も含めて、思考の整理の重要性を問題提起したいと思います。

1.思考の整理家とは何か?

端的に言って、「思考の整理家とは、悩める人の頭を整理してあげることで道を切り拓くための方法に気づいてもらう手助けをするお仕事」です。一言で言えば、「思考の整理により気づきを提供する仕事」とも言えるでしょう。

イメージするなら、コーチングやカウンセリングに近いでしょう。もちろん、時にはコンサルティングのようにアドバイスをすることもあります。大切なことは、相手の頭の中がゴチャゴチャしていて何か問題を抱えている時に、スッキリ!と整理してあげるだけで自分で答えを見い出せることです。第三者がアドバイスをするまでもなく、頭が整理されるだけで自分なりの答えを見い出せるケースが多いものです。

自分で答えを見いだせた時にこそ、納得性が高い第一歩を踏み出すことができる。そんな信念のもと、思考を「整理」することに特化し、不必要なアドバイスを大量にすることはしません。

コーチのように様々な切り口で質問を投げかける、カウンセリングのようにじっくりと傾聴する、コンサルティングのように適切なフィードバックやアドバイスを行う。いわば、「コーチング×カウンセリング×コンサルティング」の三位一体で臨みます。

たいてい、相手はビジネスリーダーとなります。経営者、起業家、フリーランス、中間管理職以上など。ただ、近年増えていると実感しているのが主婦です。もっといえば共働きの主婦です。仕事と子育ての両立、家事があり、ダンナの相手もし、お友達とも遊びに行き。やりたいこと、やるべきことが多くて時に戸惑いや迷いが生じ、頭がゴチャゴチャしてくるようなのです。

そんな方々に向けて、相手の頭の中にあることを書き出しながら見える化し、整理整頓することで、良質な決断と着実な行動の第一歩目を見い出すお手伝いを個別もしくは集団で行っています。

2.僕は、”思考の潔癖症”なんだ

大前提として、僕は凡人です。脳科学の研究者でもなく、凄腕のコーチでもありません。ただし、一つだけ変態的な特性があります。
それは、”思考の潔癖症”であるという点です。

思考の潔癖症とは、頭の中がゴチャゴチャしたりモヤモヤしてることを極度に嫌い、常に頭の中がクリーンな状態になっていないと気が済まない性分という意味です。普段は清潔好きであっても潔癖症では決してありません。でもどういうわけか、頭の中だけはクリーンになっていないと居ても立っても居られないのです。その理由を伝えるためには、時計の針を30年以上前まで戻さなければなりません。

3.はじまりは父との奇妙な会話から

今から30年以上前というと、僕は今年で45歳なので小中学生の頃の話です。どこにでもあるサラリーマン家庭に育った僕ですが、一つだけ個性的な風景が我が家にはありました。バブル時代に総合商社で働く父のあるルーチンに辟易していたのです。

なんとか、我が息子も大手企業に入ってほしいと願う典型的な昭和時代の親父のこと。そのトレーニングなのかなんだか、日経新聞で読んだ内容で小中学生だった僕に議論を吹っかけてきます。「なあお前さぁ、自民党のこの派閥の代議士だけど、この主張は本当に正しいのかなぁ?」「ロックフェラーセンターを日本企業が買収したけど、お前どう思う?お前が働き出す時代にはどんな企業が伸びるかなぁ?」

僕は無言になりますが、心の中で「知るか!ボケっ!」というつぶやきと同時に、毎日繰り返されると社会情勢を理解できない僕は自分に情けなさを覚え始めます。百科事典には書いていない、当時ネットもwikipediaもない。何とか言葉の一つ一つを確認しなおし、単語の意味は分かるけど全体像が分からねーよー!と絶叫の淵にいました。

そんな時、一つの光が僕に降り注いできたのです。そうか、言葉は難しく知識がないだけで、まずは全体像を「整理」さえできればコトの本質が見えてくるんだ。これが思考の整理の重要性に気づいた原体験のはじまりでした。

4.コンプレックスが思考の整理力を加速

その後、中学、高校に入っても「勉強せーよー!いい大学いけよー!」という親からの大号令に反発しながらくすぶっていた10代。なぜだか、こんな僕と仲が良いのは後に高学歴になっていく偏差値70前後の友達ばかり。(僕はずっと偏差値55という中途半端さ)

頭がいいってすごいなぁと友人をリスペクトする一方で、IQが高い、成績が良いからといって物事の本質を見極める能力があるかっていうとそれは別であることにも気が付きました。難しい言葉を理解し、難しい課題をクリアできても、「そもそもそれって必要?」「その課題は自分に意味がある?」など。世間が言う優秀な友人たちを、ある側面では冷めた目で見ていたのです。(半分嫉妬が入っていましたけどね)

その勉強を、自分の人生にどう紐づけていくのか?これが単なる受験競争に陥らない本質だと当時は考えました。つまり、ビジョンなき勉強は単に社会に搾取されるマシーンになるだけでしょと。マシーンならまだしも、単なる社会の部品でしょ?自分の想い、社会の状況、与えられている勉強など、しっかりと「整理」していけば今、何が自分にとっての本質かが分かるはずなのに、やみくもに努力をすることって虚しいよね。鬱屈しながらも人生の本質を探し求めていた、僕はそう感じていたのです。

逆に言えば、鬱屈し偏差値コンプレッスがあったからこそ「思考を整理」することで、見えてくるものがあったのです。「思考の整理は武器」なんだ。今思えば、強く気づくキッカケともなりました。

5.できる人は、みなシンプルだった

さて、その後の高偏差値友人たちは予想通り京大他著名大学に続々と入学していくことになりました。そして、これまた予想通り著名な大手企業に就職していったのです。この頃の僕は、自分の頭で考え意思決定し自分で責任をとれる逆張りの人生がいい!と考え早々と起業の道を選択していました。事の顛末は、過去にnoteに書きましたので合わせてご覧ください。

様々な経緯とご縁を経て、コンサルタントとして名だたる大企業をクライアントに抱えるようになった30代。あることに気が付きました。名だたる大企業ともなると高学歴出身者が普通の世界のため、当然、それなりにスキルが高く、コミュニケーション力もあって、スイスイと仕事をしているんだろうと考えていました。ところが実態は全く異なっていたのです。

頭がいいので、色々と考えが頭に浮かぶからでしょうか。会議に出ると、素晴らしい意見がどんどん出てくるのですが、いつも僕が返す言葉は同じでした。「それが、何?」「だから、何?」というものです。つまり、意見を言いっぱなしで散らかすけど、全然「整理ができない」ため次に進めない現象です。

また、プレゼンが上手という方から例えば経営戦略の話を聞いたとしますよね。いろいろと盛り込みすぎで結局何が言いたいのか不明。そんなケースも多々あります。一つ一つは素晴らしい内容ですが、十分な「整理ができていない」ため伝わってこないのです。

このように事例を挙げだせば枚挙に暇がないほどですが、「頭がいい=スキルが高い」「頭がいい=成果が出る」という相関関係は何もないことでした。一般的に世間が言う優秀さは使えるスキルになっていない現実に直面することが多々ありました。「整理」ができていないと潜在能力を発揮できない残念な現実を見てしまったのです。
逆に言えば、「デキる人は考えも行動もすべてが整理されてシンプルである」という原理原則が僕の中で定着したのは、この頃の話です。

6.整理する人、整理しない人の差

先ほど、「デキる人は考えも行動もすべてが整理されてシンプルである」とお話しました。実はこれ、営業活動でも同じことに直面していたのです。ある企業のコンペ案件でプレゼンをした際のこと、僕の会社の競合は全て大手コンサル会社かシンクタンクばかり。その中でなぜか零細企業の僕が呼ばれてプレゼン。結果から言うと、これまたなぜだか僕の会社が受注できました。なぜだったのかをクライアントの幹部の方に聞いてみると・・・

「確かにノウハウや実績で言えば鈴木さんの会社は競合より劣ります」「しかし、高度な戦略論を語られても、うちの社員が理解して実践できなければ意味がありません」「その点、鈴木さんはしっかりと”やるべきことと、やめること”を整理し、話がシンプルだったので、これならうちの社員でもできそうだというイメージと勇気が湧いてきたのです」「シンプルさや整理力は、鈴木さんも自信を持っていいと思いますよ」と。

営業活動でさえ、成果を出すうえで「整理してシンプルにする力が鍵を握る」ということを改めて痛感したのです。

案の定、クライアント企業の幹部からはプロジェクトの終了後にこう声を掛けられました。「鈴木さんは戦略家というよりは、思考の整理屋さんだね」「戦略は当たりはずれがあるけど、思考を整理してもらったことで自分として納得できる経営判断ができるようになりました」と。

こうして、はじめて「思考の整理」という言葉で自分自身の価値を認めてもらったのです。

7.思考の整理に関して生きていく覚悟

僕はこれまで11冊の書籍を出しています。それほど大ヒットした本はあるわけではありません。最高部数は4万部の『1分で頭の中を片づける技術』(2011年刊)

そんな中、2014年の暮れに、出版社の担当編集者と会食をしていました。書籍の企画の話ではなく単に雑談と飯を楽しむ時間だったはずです。会話の最中で「鈴木さんは、様々な切り口があるけど、やっぱり強みは”思考の整理”だよね」「話が分かりやすいし、話していると自分の頭がどんどん整理されてくるもん」「これからは思考の整理というテーマを掘り下げていったら?」そんな会話でした。

この時のお話は後に『問題解決のためのセパレート思考』という本になって世に出ることになりました。

今から考えると5年前近くの編集者との会話が、僕を思考の整理家として生きる覚悟を固めるキッカケとなったのです。

8.振り返りが自分の進路を決めてくれる

ここまで思考の整理家にたどりつくまでの経緯をご紹介してきました。

まとめると・・・

(1)父の会話の意味が分からない苦労
 :コンプレックス
(2)高偏差値友人との比較と葛藤
 :コンプレックス
(3)デキる人はシンプルであることに気づく
 :現実への気づき
(4)整理力で壁を突破し評価される
 :コンプレックスが武器へと変化
(5)書籍化の価値を認められる
 :コンプレックスが価値へと進化

今回、このように自分の棚卸をしてきました。しかし、これは思いつきで一回やったきりでは、自分の道など見い出せないものです。節目節目には、未来に想いを馳せるだけではなく、過去から自分の「軸」を紐解き未来が見えてくることもある。これは僕の持論ですが、自分で改めてそれが再認識できました。

振り返りをすることは、過去を反省ではなく、未来への道を見つける行為である。改めて振り返ることで、非連続に見えた自分の人生が連続線で見えてきたことにnoteへのアウトプットの価値を見い出せました。

9.”思考の整理家”が職業になる

さて、最後にこれからの「あるべき姿」についてお話をしたいと思います。結論から言えば、「思考の整理家」が職業として確立される時代が来ると断言します。

2019年7月現在、『人生がときめく片づけの魔法』という本を皮切りに”コンマリ”さんが、世界を席巻しています。

日米両方でミリオンセラーを達成、世界展開を目指してコンマリさんは米国へ移住。netflixの出演番組はブームになり、片づけることを”コンマリする”という動詞で用いられ、さらにエミー賞までノミネートされて大手ベンチャーキャピタルからも数十億円投資されるレベルまでステージアップ。

モノのお片づけ(整理)を通じて、自分の人生に大切なことを再発見しよう。虚構の自分ではなく、もっとシンプルにして自分らしい生き方をしよう!こんな、禅的な要素も受け入れられたのではないか。そう僕は考えています。また、モノと情報があふれる時代には、自分らしさを取り戻すためにも素晴らしい活動だと感じています。

言い方を変えれば、「整理」することは単に片づけて部屋をキレイにするだけではなく、思考も整理し自分らしさを取り戻すこと、新たな人生を切り開くためのキッカケづくりになっているのではないか。こうも考えています。

モノがあっても自分らしさが薄れていくとすれば、それは人生にとってももったいないことだ。そう思うと同時に、一つのことを思い浮かべたのです。

これって、モノの片づけだけではなく「頭の中のゴミの片づけ」もますます必要になるのではないか。コンマリさんがモノという切り口で世界中の方の”モノのゴチャゴチャ”を救っているのであれば、僕は”頭のゴチャゴチャ”を救えるはずだ。ますますその想いを強めることになりました。

モノから入るのか、頭から入るのかアプローチは違っても、”自分らしさ”を取り戻せ、人が持つ可能性を最大に引き出せるのであれば、僕自身も立ち上がろう。そう確信をもつまでになりました。

今は、VUCAの時代と言われています。Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という単語の頭文字をとって先が見えない時代が評されています。

さらに、AIを中心に時代を加速させるエンジンが続々と登場している時代にあって、僕たちの頭の中はどうなるのでしょうか?

「何が正しい情報なのか?」
「色々とやるべきことはあるけど、本当にこれでいいのか?」
「先が見えない時代、どういう生き方が良いのか?」
「世間・会社・家庭の期待、どう向き合えばいいのか?」
「ビジネス展開をどのように進めるべきなのか?」
「年金不安の中、お金は今後どうしよう?」

人生から仕事まで、そして身近な家庭まで正解がなく、さらに先が見えない時代に、頭の中は堂々巡りを起こしてしまうリスクが高まっていく。僕にはそう思えてなりません。

正解がないのに複雑で先が見えなくて、それにもかかわらずあらゆることが急がされるわけですから、当然ですよね。もちろん、僕もその一人です。

複雑化する時代こそ、シンプルに整理していくことで悩みや迷い、戸惑いなどを解消できる。だからこそ、「モノの整理」という確立されてきたアプローチに加え、「頭の整理」を確立させることが社会には必要である。そう思うに至りました。

現実的には、僕だけが主張していても世界は微動だに動きません。もっと影響力があり、素晴らしい能力を持った人も多いことでしょう。ですから、僕ひとりがどうこう言うわけではありません。一人でも多くの方が思考の整理も大事だということに気づき、先が見えない時代の羅針盤を広げていくムーブメントが起きることを願ってやみません。

では、ムーブメントはどうやったら起きるのか。「起きる」のではなく「起こす」のです。コーチング、コンサルティング、カウンセリング、それぞれ時間をかけて歴史をつくり社会に確立させてきたものがあります。

同じように、”思考の整理家”という職業を確立させることが、正解がない時代に悩める人や組織を救う原動力になる。そんな妄想を膨らませて文章を締めくくりたいと思います。

著者 : 思考の整理家 鈴木 進介










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