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團菊祭五月大歌舞伎 〜じゅふたんが、宮崎駿の傲慢すら呑み込む未来〜

 團菊祭五月大歌舞伎。じゅふたんこと尾上丑之助(リアル5歳)の襲名興行です。

 まずは令和慶祝のをどり 鶴寿千歳(かくじゅぜんざい)。もとは昭和三年の天皇即位のときにつくられたものだそうで、華やかでおめでたい感じ。

 そして、目玉の七代目尾上丑之助襲名の演目は「絵本牛若丸」。これは、1984年に当時6歳だった現菊之助が、丑之助を襲名した時にあて書きされた演目。「牛若丸をやりたい」という本人の希望があり、NHK大河ドラマで「源義経」を菊五郎が演じた縁で脚本家の村上元三が執筆。内容は「鬼一法限三略巻」(きいちほうげんさんりゃくのまき)の三段目「菊畑」のパロディ。

 じゅふたん/丑之助の立場からすれば、義経を演じた祖父菊五郎が父菊之助のために用意したお芝居で、それも"菊"畑が下敷きになっている”牛”若丸…という二重三重に襲名興行にふさわしい意味のあるお役。それをお祝いするのに祝幕は宮崎駿がイラストを提供! …とめでたいことづくしになるはずでした、宮さんのイラストが出来上がってくるまでは。

 このイラストみたところは、京の五条の橋の上で牛若丸が弁慶をからかっていて、楽しそうでかわいい絵です。

 問題は「絵本牛若丸」では、弁慶は登場せず、牛若丸は笛を吹かず、五条橋が舞台でもありません、菊畑なので。挙句、牛若丸が弁慶と五条橋で出会う演目は中村屋の人気狂言。つい2018年11月にも中村勘九郎=弁慶 長男中村勘太郎=牛若丸で舞鶴五條橋(ぶかくごじょうばし)が上演されています。

… こういうことにならないように、宮崎駿に恥をかかせないためにも、恐らく菊之助側はイラストの依頼にあたっては十分な資料を渡したと想像されますが… ガン無視したんでしょうね…宮さん。

 結果として何が起こったか? というと、発表済みの配役を大幅変更。いきなり登場した弁慶を、白拍子花子とか揚巻とか政岡とか女形の大役が得意の菊之助が、はじめて勤めるはめに。ホンを書き直して演目こそ「絵本牛若丸」のままなんですが、舞台も牛若丸が育った鞍馬山に。チラシもポスターも印刷し直しに。
 ここからは想像ですが、親子で弁慶と牛若丸を演じたばっかりの勘九郎に事情説明(挨拶〜謝罪?)が発生し、更になぜか宮崎駿に謝って、菊畑の舞台になる鬼一法眼の館的なものを歌舞伎座舞台株式会社が幕に描きたすことに…写真をみるとわかりますが大変遠慮がちに両はじの隅っこに描いています。
 息子の襲名なんてそれだけで大変なのに、イラストひとつで引き起こされた混乱の対応も物凄く大変だったと思います。12月のナウシカの歌舞伎の件もあるし、ぜーんぶ呑み込んで対応したとうちゃん菊之助、本当に頑張った!

 苦労の甲斐あって、
尾上菊五郎(人間国宝) 中村吉右衛門(人間国宝)
尾上菊之助(丑之助の父/菊五郎息子/吉右衛門娘婿)
中村時蔵(紫綬褒章) 中村雀右衛門(紫綬褒章) 
市川海老蔵 尾上松緑 尾上松也 市川左團次 …
と勢揃い。アベンジャーズみたいな豪華キャストで、
グルートみたいに丑之助はかわいかった。

吉右衛門が役を忘れてずっと微笑んでいて、私が行った日はたまたま前田愛に連れられた五条橋牛若丸=勘太郎くんが観劇に来ていて微妙な緊張感を醸し出しており、本当に思い出に残るような襲名興行でした。

絵本牛若丸の後は、大変艶やかなとうちゃん菊之助の京鹿野子娘道成寺

そして最後は、尾上松也の「曽我綉俠御所染 御所五郎蔵」(そがもようたてしのごしょぞめ ごしょのごろぞう)。菊五郎劇団得意の河竹黙阿弥というのは分かるんですが、河竹黙阿弥なのでダメな人と悪い人しか出てこない。でダメな主人公御所五郎蔵のダメダメが積み重なって決壊し、ダメな人がダメな悪い人になっちゃう話。逆恨みで奥さんを斬り殺そうとしたら人違いだったみたいな結末。緊張感はあっても祝祭感はいっさいなし。令和慶祝~襲名披露でなんでこれなの?と思うんですが、これにも訳があったようです。

 東日本大震災がおきた2011年3月11日。地震のその瞬間に新橋演舞場で菊五郎は、この御所五郎蔵を演じていました。脇役俳優のなかにはあまりの揺れに舞台上であるにもかかわらず立っていられなかった人もいたらしい。ところが菊五郎と、恋敵の星影土右衛門を演じた吉衛門はちゃんと立っていたそうです。とはいえ当然その日・その場で興行は中止になった。
 その演目をここで上演し楽日までやりきることで、令和という新しい時代、じゅふたん/丑之助が活躍する新しい時代が平穏であるように祈るというというメッセージが感じられます。

 これからまた一世代後、じゅふたんの後継者が丑之助の襲名興行をするようなときは、”宮崎駿のイラストにあわせて話を変更した”ことまでが菊五郎劇団の歴史のささやかな一部となって今回のままの牛若丸が上演されるのだと思います。じゅふたんが宮崎駿の傲慢さを呑み込む番です。歌舞伎というエンタテインメントの足腰の強さ、普遍性のようなものががそこにあるのでしょう。

…というような、色々な感慨が押し寄せてくるようなお芝居でした。