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『新作歌舞伎 刀剣乱舞 月剣縁桐』~運命に立ち向かう歌舞伎俳優たち

 『新作歌舞伎 刀剣乱舞 月剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりは)』
ポップカルチャー原作の新作歌舞伎です。新橋演舞場で夜と昼の1日2回公演。

■概況
 一般的な歌舞伎と比べると客層は、平均年齢が20歳くらい若くて、男性客の比率が1割少ないくらい。60歳→40歳/3割→2割くらいの感じですが…(個人の感想です)。
 長編マンガのナウシカ、RPGのFFXの場合、歌舞伎版はストーリーをなぞるだけで青息吐息でしたが、これらと比べるとストーリーの情報量が少ないんですね。奈良時代から幕末までの刀剣が登場するコレクティブル・ゲームなので設定がゆるい。歌舞伎化の難易度は低くてやりやすかったようです。
 ”刀剣”の部分は、多数のスポットライトを使って、いつもより多く刀をり回すと劇場全体に反射が届くように演出。
 ”乱舞”の部分は尾上右近・中村鷹之資・中村莟玉など素踊り(化粧なし・衣装なし)公演もできるをどりの名手の若手を並べて、舞踊のシーンも多数。ストーリーが薄いから可能になった構成ですね。

■歴史修正主義者の陰謀は…
 基本設定の部分はこんな感じです。
 2205年、過去の日本の歴史の改変をもくろむ歴史修正主義者たちは時間遡行軍を編成し歴史に干渉するため過去に送り込む。これに対抗する審神者(さにわ/プレイヤー)たちは刀剣より生み出された付喪神刀剣男士を派遣して戦うのだった… くらいが基本設定。
 歴史修正主義者(Revisionist)というと、本来は”ホロコーストはなかった論者”みたいなクズ中のクズ、遠慮会釈なしに骨折するまで殴っていいレベルの悪役なので、どんな悪だくみのお話かと思ったら、このお話の舞台は永禄の変。
 室町幕府十三代将軍足利義輝が討たれた事件ですが、時間遡行軍は事件の首謀者松永弾正(本当は松永久秀)を亡きものにして、義輝を生きながらえさせようとする。義輝の弟、義昭を織田信長が担ぐのでそこを変えてやろうということらしいのですが、話遠くないか…

 とはいえ、歌舞伎ととうらぶを連結するのに、ちょうどいいネタだったようです。
 松永久秀は、古典歌舞伎『祇園祭礼信仰記』の悪役松永大膳のモデル。(名前が一定しませんが、弾正とか大膳というのは歌舞伎の悪役の記号です。)
 同時に、とうらぶの主要キャラで2.5次元ミュージカルや舞台でも必ず登場する名刀/キャラ、三日月宗近を足利義輝が所持していたという説があると。  
 古典との接点をみつけてストーリーを開発したのがわかります。

 タイムトラベルものの常で、刀剣男子が介入することで結局正しい歴史にが成立するんですが、三日月宗近(尾上松也)が義輝(尾上右近)を結局討つ…つーか自刃?という予想通りの展開。松也と右近がいちゃいちゃべたべたして、とうらぶらしくBL風味もトッピングしてありました。

■運命に向き合ってきた俳優たち
 これだけだと、ワンピース/ナウシカ/FFXである程度確立したポップカルチャーIPの歌舞伎化手法を、ストーリーが薄いIPを活用してより歌舞伎寄りにして成立させただけの舞台になってしまいます。
 ところがさらに一歩踏み込んでとうらぶの世界観を歌舞伎にしかできない方法で表現していました。
 キャスティングです。付喪神である刀剣男子たちの魅力は、それぞれの刀工に紐づく出自と歴史上の人物たちと名刀が交錯する奥行きの深さなのでしょう。一方歌舞伎俳優たちも、それぞれの出自と人生を背負って舞台に立っています。
 まずは演出と主演三日月宗近を勤めた尾上松也(38歳)。大河ドラマの子役を含め子供のころから活躍していましたが、2005年彼が20歳の時に父尾上松助(6代目)が亡くなってしまいます。後ろ盾を失い2006-2007年頃は出番が減るものの、自主公演を続け、またミュージカル/TV/映画などへ活躍の場を広げて現在の地位を築いています。
 そして小狐丸/足利義輝(二役)の尾上右近(31歳)。清元節宗家の次男ですが、六代目尾上菊五郎が曾祖父であり幼い頃に歌舞伎役者を志願。清元節では清元栄寿太夫(七代目)として活動し、歌舞伎の尾上右近との二刀流です。
 同田貫正国/松永久直(二役)は中村鷹之資(24歳)。人間国宝であった父中村富十郎が69歳の時に生まれたのが彼。幼い頃から英才教育を受け初舞台は2歳の時ですが、彼が11歳の時に富十郎は他界。富十郎の遺志で故中村吉右衛門(しつこいですが彼も人間国宝)が彼の後ろ盾となっていました。 
 その吉右衛門も自身が10歳の時に養父(血縁上は祖父)を亡くしています。今は二人の人間国宝の想いを受けて、大名跡を継ぐ立場に恥じない実力を感じさせる活動を続けていて、今回の舞台でもをどりの巧さは抜きんでていました。
 髭切/義輝妹紅梅姫(二役)は中村莟玉(26歳)。一般家庭出身ですが親に連れられて行った新橋演舞場で歌舞伎の真似をしていたところをスカウトされ、7歳の時に紹介された中村梅玉(現在は人間国宝)の見習いに。2006年に梅玉の部屋子となり中村梅丸を名乗ります。2019年には梅玉の芸養子となり、中村莟玉となっています。その父中村梅玉は今回松永弾正役で登場し、親子共演となりました。
 
 歌舞伎の世界というと、中村屋(故勘三郎~勘九郎・七之助兄弟~勘太郎・長三郎兄弟/父は勘九郎)とか、音羽屋(人間国宝尾上菊五郎~菊之助~丑之助+従兄の眞秀)など素朴な親子孫関係を想像しがちです。ところがとうらぶ歌舞伎は、松也自身の想いもあってか必ずしもそうではない俳優男子をキャスティング。
 20代そこそこや10代で親を亡くすのはどんな家庭であっても、子の人生を左右する体験です。あるいは、一般家庭出身で歌舞伎を目指すだけでも相当な覚悟が必要です。そして、御曹司だろうと部屋子だろうと出身に関わりなく、それぞれが目指し乗り越えなければならない対象が、人間国宝レベルの技能・人気・品格をそなえた存在であればなおさらです。
 どんな運命であっても正面から向き合って芸歴を積み重ねてきたそれぞれの俳優の生きざまが、卑怯な歴史修正主義者たちと戦って歴史を守る刀剣男子たちの姿にも重なりました。それぞれの人生が刀それぞれの個性にさらに奥行きをもたらしているようで、感動的な舞台でした。