池田善昭、福岡伸一『福岡伸一、西田哲学を読む』より

”エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生命の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。”(「プロローグ」12頁)

”なぜ山に登るのか。そう問われた英国の高名な登山家ジョージ・マロリーは「そこにそれがあるから」と答えた。私の大先輩にあたる京都大学の生物学者ー日本を代表するナチュラリストといってもよいー、今西錦司は生涯に一五五二座もの山に登った。今西も同じ質問を受けたことがある。これに対して、今西が語った答えがふるっている。「向こうに山が見える。その山に登ったら、また向こうに高い山があった。だから次々と山に登ります」
これは学ぶということの本質を、巧まざる表現で言い当てた名言ではないか。一生懸命、勉強し、考え、あるいは実験や研究を繰り返してある頂に達する。するとそこからしか見えない新たな視界が開けてくる。人はその視界の向こうにある新しい頂を目指して、また次の登山のための一歩を踏み出す。”
          (理論編「ピュシスの側からみた動的平衡」288〜289頁)