ぴったり にちようチャップリン

 夢が現実に姿を変えるにはいくつかの仕様変更を経る必要があって、その手続きは公的な書類のようにいくつかのひずみを伴う。ずっと「夢」として営業していた店が改装を経て「現実」として再オープンする、その初日のように不慣れで眩しい一日だった。
 一般的には遅い朝を早い、と思いながら起きて、同居人のバローズ徳永と一緒にテレビ東京天王洲スタジオに向かう。オーディションで一回行ったことがあるくらいのちょうど最適ルート像が浮かばない行き先だったので、念入りに電車を調べた上で駅まで早足で歩く。まだ桜が散っていない春の道路は寒くも暖かくもなく、時間や温度の選択権すらも与えられているかような不安と自由が空じゅうに青く広がっていた。
 新宿駅で品川行きに乗り換える。ほどよい通勤ラッシュに巻き込まれて乗りたかったりんかい線を逃し、次の山手線に乗る。しゃがんだ人間くらいのリュックを前に抱えて揺れる山手線が品川駅の直前で停車する。「安全確認のため……」。思ったよりも動かない。焦る。初めてのネタ番組の収録で遅刻は絶対に避けたい。平静を装って徳永に伺う。ちょっと、急ぎになりそうねえ。「うーん、そうねえ」。装っていることも含めて全く同じだ。
 数分して電車が動き出す。グーグルマップが想定する徒歩時間を上回ろうと目で言い合って品川駅の改札を抜ける。通勤ラッシュのニュース映像に差し込まれるにふさわしい人間の波が前と後ろから来る。頭の中で『アイシールド21』の瀬那の走りをイメージしながら港南口へ抜ける。徳永が「こっちのほうが早いよ〜」と教えてくれた道を早足で進む。工場と工場の間にまだらな色付きタイルで舗装された歩道と桜並木が伸びている。過ぎゆく桜を車窓のように惜しみながら、人工的な直線の匂いがする港の方向へ急ぐ。
 テレビ東京天王洲スタジオは商業用の船着場といった趣きで清潔に街に聳えていた。受付の警備員さんに丁寧に名前を伝える。鈴木 ジェ ロ ニ モ です。「バ ロー ズ の徳永です」。促された通りにエレベーターに乗って楽屋に入る。大きな楽屋の中央をくり抜くように配置された長机が角張った円を描いている。かぐや姫の光る竹のようにここになら座っても大丈夫と思われる椅子を見出して座る。何ごはんか分からない時間にお弁当をいただく。メイク室に行く。収録までは時間がある。楽屋にいらっしゃったトンツカタンお抹茶さんに誘っていただきバローズ、いろはラムネ(水上あめんぼは楽屋で仮眠していた)と一緒に近くのカフェに行く。
 カフェの前に大きな桜の木があった。「写真撮ろうよ」。お抹茶さんがおっしゃった。地面と石にスマホを立てて桜と青空を背景に写真を撮る。一つのスマホに集まって、撮った写真を覗き合う。写真の中の僕たちはそれぞれ思い思いにポーズをとって笑っている。僕は無愛想に直立している。うん、すごくいい写真だ

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