ありがとうと言わせてください

 『R-1グランプリ2023復活ステージ』で復活することはできず、準決勝敗退に終わりました。決勝直前の生配信でまずは5位から2位までが一斉に発表されましたが、これは呼ばれないかも、と思いました。跨いだと思った線の遥か向こうにほんとうの国境はありました。国境線は地図上にのみ引かれていて、現場の地面には描かれていないのです。地図を持っていなかったので、国境線の位置を把握できていませんでした。来年越境させてください。
 準決勝から復活ステージにかけて、言いたいことが星のようにあります。
 準決勝の楽屋。ラパルフェ都留くんがヨネダ2000誠さんに「ジェロニモも同期なんだよ〜」と紹介してくれました。僕は緊張して、すみませんでもしばらく敬語になっちゃうと思います、と言いました。誠さんは「わたしも、そうなっちゃうと思います」と言ってくださいました。都留くんは「でも2人の温度感は合ってそうで嬉しいね〜」と笑ってくれました。復活ステージで誠さんにお会いしたときもお互い敬語でしたが、二度目の、という感じで挨拶できたことが嬉しかったです。
 サツマカワRPGさんが「トイレ行こうよ」と連れションに誘ってくださいました。舞台裏や控え室を巡りながらネタの話をしたことを、いつまでも青春のように思い出します。
 こたけ正義感さんが「最近詠んだ短歌なんですが……」とおもむろにスマホの画面を見せてくださいました。以前のライブでお会いして以来、会えば短歌の話をしてくださいます。歴も年齢も何もかもが異なりますが、リスペクトを込めて友達と呼ばせてください。
 二代目ちくわぶさんのスーツ姿があまりにも信頼できる風貌だったので聞くと「以前は某有名雑貨店の正社員だった」とのことでした。アカペラ経験は皆無なのに「ゴスペラーズさんが好きだから」という理由だけで多重録音やsus4の音感を習得している稀有な方でした。
 ケビンス山口コンボイさんが「準々決勝でジェロニモくんの後の出番だったからすごく良い雰囲気でネタができた、通過できたのはジェロニモくんのおかげ、本当にありがとう」と言ってくださいました。嘘のない黒く大きな瞳であまりにも男前だったので好きになりました。好きという気持ちを自分の中で大切にあたためたいです。
 ハマノとヘンミへんみ亮介くんと「人力舎の後輩・バローズちゅらの帰りが早すぎる」という話で盛り上がりました。この時間はいらなかったかもしれませんが、こういういらない時間を消せない写真のようにたまに思い返して眺めてみたくもあります。
 復活ステージの楽屋。支給いただいたお弁当のどれを取ろうか思案していると、やまぐちたけしさんが「西京焼きが美味しいよ」と教えてくださいました。僕の食事スタイル(服を汚すのが嫌でタオルを前掛けのように首から垂らす)はだいたい「変だ」と言われますが、やまぐちさんは「偉いね!」と言ってくださいました。楽屋の席がお隣で本当に良かったです。
 ネタで使うPCを何となく触っていると、もりせいじゅさんが恐る恐る「お仕事ですか……?」と聞いてくださいました。衣装のセットアップと僕の仏頂面があまりにも“そう”だったことで誤解を招いてしまいましたが、以前エレベーターの〈開〉ボタンを押して帰路を譲っていただいたことがありお優しい方だと存じていたので誤解はすぐに解けました。
 徳原旅行さんと短歌の話をさせていただきました。「短歌ってお笑いと違って、自分の表情とか声とかを頼らずにあの1首の中の言葉だけで表現するってところが難しそう」といきなり本質を捉えていらっしゃいました。僕は、でもそこが楽しいんですよ、と悦に入らせていただきました。「おまえ粋すぎてもはや野暮やで」とやはり本質を捉えてくださいました。
 決勝直前生配信の楽屋。こたけさんが9番街レトロ京極風斗さんに「復活ステージのジェロニモさんのネタがあまりにもロックで感動して……」と話してくださいました。京極さんは「ジェロニモくんのあのネタ、どうやって考えてるの?」と尋ねてくださいました。僕はまた悦に入ってしかしボソボソと答えました。「なるほどね……じゃあ例えば、〇〇って見せておいて、××でした、みたいなことか」と一瞬で捻り出されたその答えが鮮やかに核心をついた面白さで漫画のような天才でした。
 蛙亭イワクラさんが飲み物をご馳走してくださいました。一見すると何の変哲もない微糖の缶コーヒーが異常に美味しく感じられました。ご馳走様です、ありがとうございます、めちゃくちゃ美味しいです、と下げられる頭ぜんぶ下げて言わせていただきました。イワクラさんは「そんなそんな、全然いいよ、むしろ付き合ってくれてありがとう」と仰いました。スケールが大きすぎて芝生かと思いました。風が吹いていました。
 トンツカタンお抹茶さんと人力舎のマネージャーさんが全ての苦楽を共にしてくださいました。僕はピン芸人のはずなのに、どうしても孤独とは思えませんでした。
 日曜日の街に出ると新しくて安いダウンを着たお父さんが買い物袋を抱えて家族を待っていました。この街にいる誰もが僕を知らないということに安心しながら、少しだけ、知られたいとも思いました。ありがとうと言わせてください

大きくて安い水