180817 今日の幡野広志「福島第一原子力発電所視察」

16日に郡山に入り、祈願の某所のメンマを食べ、翌朝6時半に郡山を出発。8時過ぎに東京電力のエネルギー館へ。

放射線治療を行なったので、視察前にサーベイを受ける。空間と同等の数値。

今回は視察のため、撮影は行わず、五時間に及ぶ説明と見学、食事、と質疑を行う。

見学にはカメラもスマホも携帯しない。見学の途中なんども脊髄反射で、アングルを決めてしまうのは職業病だなんて、言わない。職業じゃなくたってそうしただろうに。

カメラを持たない写真家は、ただのおっさんに成り下がってしまった感が否めない。無力だ。無能だ。写真を撮る安心感を改めて感じた。そう、生きているのが永遠でないように、写真を撮ることも永遠じゃない。いつか撮れない日がやってくる。

福島第一原子力発電所を視察初めて視察させていただいたのはちょうど一年前のことだった。あらゆる挑戦を行う壮大な実験場。どんな大きな危機を前にしても人は前進を選んだ。そんな勇敢な姿を前にしてテレビで、ネットで見聞きしていた情報は吹っ飛び、僕は一気に東電ファンになってしまった。

誰がために。世界中の叡智を結集し、この局面を乗り越えるしかない。そんな難局に臨む1人1人を前にしてひっくり返った。これは僕らをまもるための作業でもあるんだと。

文句をいうのは簡単だ。ただ文句をいうならより良い発想を提案してみたらどうだろう。危険?欺瞞?それはあまりに幼稚すぎるじゃないか。

東電というイデオロギーの中にはたくさんの個人がいる。その個人を目の前に意見をかわすと、不思議と東電へのイメージも変わってくる。そう、僕は何も知らなかったんだって。恥ずかしい。

この度は始まったばかりだ。この思いは写真で伝えるのが一番だろう。だからまた福一に行く。今度はカメラを持って。僕たちが感じたあの手応えをより多くの人に伝えるために。

明日の幡野トークinふくしま、ではこの内容をふんだんに詰め込んだ時間になる予定です。当日参加も大歓迎です。

幡野がちょっと疲れてきている。でも、同時に確かな手応えを得ている。
考えること、信じること、そして、知ること。似ているようでどれも違う。二人に一人がガンになる時代。それは原発のせいだ、と言われてもブレない生き方だってある。本当に僕たちに必要なことを伝えていきたい。

幡野よぉ、最近ちょっと太り過ぎじゃないか?ま、いっか。

今日も幡野は、幡野だった。

写真の現像は明るさを補正してから、CaptureOneのStyles FL-01+を当てたものです。


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ありがとうございます!ボーイミーツガール!
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今日の幡野広志

鈴木心ワークショップ参加者であり、猟師、で写真家でいま一番有名な末期ガン患者でもある幡野広志の今日。お互い名前に心が入っている程度の仲。近すぎず、遠すぎず。
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