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何もないよ、と言われる場所が、わたしにとって忘れられない場所にだってなるわけで。

旅をしていると「ここには何もないので、スキップすることをおすすめします。」とレッテルを貼られた場所を目にすることがある。目ぼしい歴史的建造物がなかったり、特筆すべき美しい景色がなかったり、その理由はまちまちだ。だけど、他人の「何もないよ。」を信用して、その地を飛ばしてしまうのは、なんだかもったいない気がする。

だってわたしにとっての素敵と、だれかにとっての素敵は、全く同じなはずないのだから。

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8月の終わり。日本では残暑が厳しいころ。わたしの足はチリのサンティアゴを踏みしめていた。

チリのサンティアゴ、といえば南米屈指の大都市のひとつ。大都市らしく、メトロもバスも整備されていてUberだって使える。物流も豊富で欲しいものは手に入るし、物価も南米にしてはそこそこする。街並みも洗練されていて、雰囲気もヨーロッパに近い。
たしかに南米らしくはないサンティアゴを、旅人は「特筆すべき見所がない」と評して、チリを代表とする観光地のアタカマやパタゴニアへの経由地としてしか認識していなかったりする。

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前評判を目にしたわたし。パタゴニアへの渡航日を急ぐかをすこし考えたけれど、度重なる移動は身体をひどく疲労させる。マラソンを走りながら南米を巡る旅の途中、体調を崩すわけにはいかない。結局その考えは却下してサンティアゴにきちんと数日間ほど滞在することにした。
この選択、我ながら正解だったと自信をもって思える。


チリのサンティアゴは、わたしにとって、それはもう素敵な場所だった。

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サンティアゴで何をしたかと言われると、特筆すべきことはしていない。毎朝7時に起きて、朝ごはんを食べる。そこから市内をお散歩してカフェに入って一息。そのあとは市場でお昼を食べて、お散歩して、またカフェに行く。夜ごはんは自炊をして、21時にはベッドに潜りこむ。7時起床22時就寝、もちろんノンアルコール。小学生もびっくりする規則正しい生活だ。
そんな生活を、サンティアゴは受け入れてくれて、わたしの心を十二分に満たしてくれた。

たとえば早朝。肌を刺すような寒さに耐えながら外にでると、ビル群に溶けこみながら悠然と存在するアンデス山脈がそこにあって。なぜかわからないけれど、ベネズエラから延々と続く雄大な山脈が大都会をとりまく姿に、途方もなく感動したのをしっかり覚えている。
サンティアゴに住み人にとって当たり前の景色も、わたしにとっては当たり前じゃない。誰かにとって当たり前の景色は、わたしの心を震わせていた。

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たとえばふらりと入ったカフェ。お世辞にも上手とは言えないわたしのスペイン語を、ゆっくりと頷きながら聞いてくれる店員さん。英語が話せるはずなのに、スペイン語を勉強しているの、と伝えると、ゆっくり丁寧にスペイン語で説明してくれた。その思いやりは、頼んだカフェラテと同じくらいに暖かくて。それからサンティアゴでカフェに行くことが日課になった。

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たとえばお昼時。サンティアゴの中心にある魚市場で、食べたお魚たち。南米を旅しながら日本と同じくらいの値段でお魚をたくさん食べれることがどれほどにありがたいことか。ちょうど雲丹のシーズンだったらしく、おいしい雲丹をしこたま頂いた。日本人と伝えるとお醤油が勝手に付いてくるあたり、日本人の醤油文化はとてつもなく根強いものらしい。

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たとえば午後。道路に沿って広がる公園をお散歩したとき。サンティアゴには日本と同じく四季がある。いまはちょうど冬が終わるころ、そして春の始まるころだ。公園には桜の木(もちろんソメイヨシノではないけれど)があって、薄紅色の小さな花が綻んでいた。なんでもない平日の昼下がり、たくさんの人が芝生でくつろいでいる。話して、笑って、ハグして、キスして、寝転んで。なんだか海外ドラマみたいな風景が、さも当たり前の日常として存在している。とても素敵だとも思ったし、この日常が当たり前なことを羨ましくも思った。

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たとえば夕暮れ。太陽が水平線に沈むころ。早朝にわたしの心を揺り動かしたアンデス山脈の風景は、また新しく姿を変えてわたしの目に飛びこんできた。

茜色の夕陽を照りかえした山脈の姿は、うっかりすれば涙が零れそうなほど、とても美しくて。携帯のカメラのシャッターを何度も、何度も切った。夕陽が沈む前に、その姿の全てを収めたくて、公園の端まで息が切れるくらいの勢いで走った。結局全てを収めた写真は撮れていない。でも、それでもいいんだ。

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「そこには何もないよ。」誰かがそう口にしていたのを思い出す。
誰かにとっての何もない場所は、わたしにたくさんの美しい景色、思い出を残してくれたよ。


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