190913_13話_02

【小説】#13 怪奇探偵 白澤探偵事務所|臨時のペットホテル

あらすじ:台風の翌日、秋らしい天気とは程遠い蒸し暑い日に白澤の友人からの依頼で子犬と子猫を預かることになった白澤と野田。事務仕事の片手間に面倒を見ていたが、突然空が曇りだし――。

◆シリーズ1話はこちら https://note.mu/suzume_ho/n/nd6bc9680df73

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 台風が通り過ぎたあとの眩しい青空が広がっている。
 事務所の前にはどこから飛んできたのか枝やら葉っぱだらけで、掃除に苦労した。空を見上げれば夏らしい積乱雲が見え、まさに夏といった風景だが暦の上ではとっくに秋である。
 ようやく暦通りの秋らしい天気が続いたというのに、台風が来ると暑さが戻ってくるのが厄介である。暑さだけでなく、台風が置いて行った湿気で蒸すのもつらいが、こればかりは人間がどうにかできる問題ではない。大人しく早々に事務所の中に戻ろうと早めに切り上げた。
 残暑にしては厳しすぎる暑さと強い日差しから逃げて事務所に戻れば、オーナーから留守番を言いつけられた。額から落ちる汗を手の甲で拭い、ジーンズでぐいと拭く。この天気の中出かけないで済むのは嬉しいが、今日の予定ではオーナーの荷物持ちとして同行と聞いていたのでオーナーがどうするかが気になった。
「大きい荷物の引き取りがあるって話でしたけど、それは大丈夫ですか?」
「うん、私だけで問題ない。高温注意報が出てるから、野田くんが危ないしね」
 え、と思わず口から漏れていた。危ないから外出を避けるなんて今までされたことのない配慮だ。というか、それが仕事なら別に外出すること自体は構わないのだが、それをどう伝えようか言葉が出なくて一瞬黙り込んでしまった。
「……全然、仕事なら行きますけど」
「私が落ち着かないから、今回は留守番で。荷物は大丈夫だし、事務所でやってほしいこともあるから……」
 オーナーの視線の先に、護符と、空の封筒と、送付先の住所リストがまとめられている。オーナーからはお盆から彼岸までの間に怪異を避けるための護符を送るという仕事があると聞いていたが、年始に合わせてではなく、盆から彼岸にかけてというのが妙に日本の行事っぽさがあって面白い。だが、流れ作業にするには確認事項が多くて骨が折れるとも聞いていた。
「十四時頃戻るから、私の仕事はそれから手伝ってくれるかな」
「じゃあ、オーナーが戻るまでは封筒詰めしてますね」
「助かるよ……それじゃ、いってきます」
 事務所を出るオーナーの背中を見送りながら、オーナーは熱中症にならないのか少し気になった。帰ってきたらアイスコーヒーを用意しようと決めて、住所リストと空の封筒に手を付けた。

 封筒の宛名を確認し、護符を入れて閉じるという作業に終わりが見えてきた頃、コツコツと玄関ドアを叩く音が聞こえてはっと時計を見上げた。時計は、十四時を少し過ぎたところを指している。ドアに目をやれば、摺りガラスの向こうに見えるシルエットからオーナーであることはすぐわかった。
 慌てて立ち上がり、玄関を開ける。むっとした熱気と、ハンカチで汗を拭うオーナーがそこに立っていた。
「ただいま……これ、とりあえず事務所の中までお願いしていいかな?」
「了解っす」
 オーナーの足元にはキャリーカートが一台とパンパンに膨らんだボストンバックがある。とりあえず事務所の中へ、と持ち上げようとした瞬間、一足先に事務所の中に戻っていたオーナーがあっと声を上げた。首だけで振り返れば、オーナーが俺の手元をじっと見ている。
「そのキャリーカート、中に生き物がいるから優しく運んであげて」
「いきもの、ですか」
「うん、……これから今回の依頼を説明するね」
 キャリーカートをそっと持ち上げる。よく見れば、カートの前面はメッシュ生地になっていて、内側にいるいきものが微かに見える。中には、白くてふわふわの子犬と子猫が二匹くっついて眠っていた。
 中で眠っている二匹を起こさないようにそっと事務所に運び、ボストンと一緒に応接ソファーの横に置いた。オーナーはまだ汗がひかないらしく、サングラスを外してハンカチをじっと額に当てている。アイスコーヒーを出すつもりだったが、水を出すほうがよさそうだ。
「お水持ってきますね」
「ああ、ありがとう」
 オーナーに声をかけて、給湯室に早足で向かう。
 クールビズ仕様のオーナーでもこんなに汗だくになるくらいなのだから、外は相当暑かっただろう。暑い中重たい荷物をもって帰ってきたオーナーの分も働かなければと決めて、冷えた水の入ったグラスを持って応接ソファーに戻った。後で塩飴も渡そうと思う。
「助かるよ、さすがに喉がからからだ」
 グラスを手渡し、オーナーと向かい合うようにソファーに座る。キャリーの中の二匹はまだ眠っているらしく、静かだ。これは怪異に関わる仕事というより、何でも屋としての仕事だろうか。オーナーが一息にグラスの水を飲み干し、ようやく依頼についての話が始まった。
「私の友人が急遽あちら側に帰ることになってね。三日で戻るそうなんだけれど、それまでペットを預かってほしい……という依頼なんだ」
「……白澤探偵事務所ペットホテル……」
 ぽそりと言えば、オーナーはくすりと笑う。オーナーの友人からの依頼――しかも話を聞くに恐らく人間ではないひとからの依頼とあれば、頼む先も限られてくるだろうことは想像に難くない。それに、それが仕事ならやるだけのことだ。
 ちらとキャリーカートを見る。どうやら片方が起きたらしく、か細い鳴き声が聞こえる。子犬にも子猫にも縁がなかったからわからないが、腹を空かせているのだろうか。それとも、飼い主がいないことに気が付いて鳴いているのだろうか。
「子犬と、子猫っすよね? 面倒みたことないですけど、調べながらやれば何とか……」
「ああ、この子たちね。擬態してる龍なんだ」
 りゅう。言われた言葉を復唱した瞬間、二匹分の鳴き声がキャリーカートの中から聞こえてきた。後は面倒を見ながら説明する、というオーナーは二匹の入ったそれを持って二階に向かう。残されたボストンを持って、後ろに続いた。

「オーナー、あの……全然、犬と猫じゃないですか?」
 リビングの一角にペットサークルの柵を作り、その内側に二匹を放った。見知らぬ環境に落ち着かないようだが、不安がって震えるとか怖がってはいないように見える。ただ、二匹の見た目はどう見てもただの犬と猫にしか見えなかった。
「本体に気付かせないための擬態だからね」
 なるほど、そういう意味では理にかなっているのかもしれない。子犬は顔の柄が黒い墨を被ったような八の字を描いている。ぽわぽわとした頼りない毛並みに反して前足ががっしりしていて、恐らく大きく育つんだろうなと思う。だが、今のところは半分垂れた耳と丸い目でびっくりした顔をしているようにしか見えない。子猫の方は、ただただ真っ白な猫だ。尻尾だけ縞模様がついていて、そこだけペンキにつけたみたいになっている。
 柵越しに二匹を観察していたら、子猫と目が合った。灰色がかった青い瞳が見える。怖がられるだろうかと思ったが、子猫はずんずんと近づいてきて柵に顔をめりこませたのでつい笑ってしまった。
「顔痛くないんすかね」
 柵越しに小さな鼻に指を寄せると、ふんふんと匂いをかがれる。猫の髭が動くのが見えて、なるほど鼻の近くにあるんだから匂いを嗅いだら動くのは当然だな、なんてくだらないことを思った。
「今、野田くんの目を見つめただろう? これは診察をしているんだよ」
「……診察?」
 オーナーは柵の中にいる猫を抱き上げ、指先で顎をくすぐる。猫はオーナーをじっと見て、それから腕の中にすっぽりと収まった。大人しいというか、じっとしていることを選んだというような感じだ。
「愛玩用のペットにそういう機能をもたせている、という感じかな……猫はセラピー型で、犬は付き添い防犯型でね。この子たち以外にも長距離移動に特化してる龍とか、結構大きい龍だと天候の管理もすることがあるらしいよ」
 オーナー曰く、あちらにおいて龍という生き物は生活を補助する役割を持っているらしい。元々は愛玩されるものでもなかったのだが、一緒にいて心地よいかたちに変わっていって今があるのだとか。
 診察と聞いてぎょっとしたが、セラピー型ということはひとが癒しを必要としているか判断しているのかもしれない。付き添い防犯型、というのはほぼほぼそのまま番犬のようなものだろうか。向こうの龍というものは、生活を共にするものとして得意なことがある犬や猫くらいの認識なのかもしれない。
「……俺が触っても大丈夫すか?」
「うん、このくらいの頃なら基本的には子犬や子猫とそう変わらないから」
 柵の内側でぺたんと座り込んでいる子犬にそろそろと手を寄せれば、立ち上がって俺の手にくっついて来る。指先で頭を撫でれば、短い尻尾がゆるゆると動いた。
 龍と聞くとどうしても浮世絵にあるようなものを想像してしまうが、目の前にいるちいさな生き物は子犬と子猫にしか見えない。実際の動物たちとそう変わらないということだし、擬態している龍というか、単純に小さな生き物として接するのがよさそうだ。
 恐る恐る、子犬を抱き上げてみた。小さい。温かい。柔らかすぎて、少し怖い。子犬はといえば、抱き上げた俺のことなどお構いなしに指に噛みついてくる。まだ歯がないのか、やわらかい感触がくすぐったくてつい笑ってしまった。
「トイレはもう覚えてるそうだから問題ないとして……三時間ごとにご飯を食べないといけないらしいんだ。夜は私がやるから昼の間はお願いししていいかな?」
「わかりました。……前にこのちびたちがご飯食べたのって、お昼くらいですか?」
 そうだね、と言うオーナーの声に被せるように、オーナーの方から子猫が、俺の下から子犬がぴゃんぴゃんと鳴き始める。どうやらごはんという言葉はわかるらしい。ボストンバッグの中に詰められたパウチを取り出し、支度を始めた。

 不慣れながらもどうにかご飯を食べさせ、うとうとする二匹に寝床を作ってやったら寄り添って眠り始めた。次は三時間後、と時計を見上げれば十五時を過ぎている。とりあえず二匹が落ち着いたし、と仕事に戻ることにした。
 夜の間はオーナーが面倒を見てくれるから、このまま二匹の付き添いをするのが俺の仕事になる。事務所から途中になっていた護符と封筒を取ってきてリビングのテーブルの上に並べ、住所リストを手に届くところに置く。ソファーに座ったままではやりづらくて、カーペットの上に胡坐を組んで座った。これでようやく、中身を詰める作業が再開できる。
 何となく柵の中に閉じ込めておくのもかわいそうで、一階に下りる階段の前に柵を立てて二匹を自由にさせることにした。犬は寝相が悪いのか寝床から転げ落ち、縮こまっていた猫がだんだん開き始める。様子を見るたび違う恰好になっているので、少し面白い。
 手を動かしながら、ぼんやりと考える。
 擬態しているということは、本来はとげとげしていたり羽が生えていたりするのだろうか。それとも、単純に小さい頃だけこういう姿なのだろうか。龍という言葉のイメージと結びつかない姿だけれど、それは俺の知っていることがこちらのことだけであるから、あちらの言葉と結びつかないのは当然なのかもしれない。
 後でいろいろオーナーに聞いてみようか悩んでいるうち、ようやく終わりが見えてきた。あと五通、と手元を確認してから二匹に目をやれば、さっきまで居たところが空っぽになっている。
「……ちびたちどこいった?」
 部屋を見渡す。寝床にいない。柵の中にもいない。事務所に行かないように立てた入り口の柵のあたりにも姿が見えない。ソファーの下あたりだろうか、とテーブルの下を覗き込んだ瞬間、ひやりとした何かが足の甲に触れた。
「何してんだお前たち」
 ちいさな二匹が揃って俺の足で遊んでいる。ひやりとした何かは、犬の鼻だったらしい。遊ぶだけで満足するかと思いきや、そのまま胡坐の内側に入ってきたので少し困った。かくれんぼをするとか、そういうことなら二匹だけで遊んでくれていた方がいいのだが。
「俺を障害物にして遊ぶのはご遠慮ください」
 胡坐の内側に入った猫を抱き上げて横に降ろせば、すぐにがっしとデニムに爪を立てて登ってくる。これは、もうそういう遊びの火がついてしまったと諦めるしかなさそうだ。
 仕方がないと放っておくのを決めて残りに手を出せば、犬も膝の上に上がってきた。アスレチック遊具か何かだと思われているような気がするが、もう止めるのはやめた。残り四枚、と一枚を手に取ったところで膝の上で遊んでいた犬がふと窓の外を見上げた。
 釣られて外を見る。まだ日が沈むような時間ではないのに、妙に暗い。今にも雨が降り出しそうな、重たい灰色の雲がびゅんびゅんと流れていくのが見える。夕立だろうか。ゲリラ豪雨までならなければいいが、と思うより先に雨粒が窓を叩きはじめた。
 雨音にまじって、遠くからごろごろと低い音がする。このちいさな二匹は怖がらないだろうか。弟が雷を怖がって押し入れから出て来なくなったことを思い出すと、今のうちに柵の内側にでも入れてやった方がいいような、と考えているうちに二匹とも窓際に駆け寄って行ってしまった。怖いとかそういうことはないらしい。
「すげー雷……」
 空がカッと光ると、間を置かずに鈍い音がする。近いらしい。さすがにこうも轟音が響くと俺でも少し体が竦むような感じがするが、二匹は全く気にならないようでじっと窓の外を見つめている。
 雷が光る。追って、窓がびりびり震えるような音が届く。合間に子犬が吠える声がする。時折、猫が鳴く声もする。二匹はどうも、テンションがあがっているらしかった。
 雷が光ってからすぐに音が鳴るくらい近くに雷雲があるのなら、事務所の近くにも落ちるかもしれない。とりあえず窓から二匹を引きはがさなくては、と窓に近づいたタイミングで空に走る雷光がはっきりと見えた。追って、地面を揺らすような激しい音がする。耳の奥がびりびりと震え、さすがに呆然としたまま窓の外を見上げてしまった。
 ごろごろと雷の遠ざかる音の中に、遠吠えをする犬のような声が交ざって聞こえる。間近で雷の音を聞いたからだろうか、それとも単純に聞き間違いだろうか。激しい雨が窓を叩く。足元の子犬が、雷鳴を追うように小さく吠えた。
「……ちび、ちょっと静かに」
 ぴゃん、とちびが吠える。雷光が走り、また近くに雷が落ちた。
 犬――龍が吠えると、雷が落ちるのだろうか。
「ちび」
 犬の頭をぐりぐりと撫でる。撫でられている間はおとなしく、吠えない。ただ、犬を構っているうちに猫が窓を叩いた。にゃあん、と小さく鳴くとまた空が光る。続いて、びりびりと窓が震えるほどの雷。どちらもそうか、と犬と猫をまとめて抱える。
「ちびたち、静かに」
 二匹が静かだと、雷はごろごろと遠くで鳴るだけだ。抱き上げたまま空を見る。厚い雲が割れ、隙間から青い空が見える。
 一瞬、雲と空の間を、長い影が過っていった。あまりに一瞬の出来事で、本当にそれが通り過ぎたのかどうかもわからない。ただ、犬も猫も、俺と同じように空を見上げていた。


 三日というのはあっという間に過ぎるもので、ちびたちは飼い主の元に帰って行った。今度こそ荷物持ちを手伝おうとしたのだが、依頼人はあまり人間が得意ではないということで再び留守番をした。
 柵を置くためにずらしたソファーとテーブルの位置を元に戻し、誤って食べたら危ないからとしまい込んでいたコーヒーだのおやつを食器棚から出して元の場所に戻しておく。犬が気に入って離れなかったクッションのカバーを土産として持たせたから、無地のクッションがソファーにぽつんと転がっている。
 大量の護符を送る仕事も無事終わったし、何より何事もなくちびたちを帰すことができてほっとしている。人間ならある程度扱いもわかるが、動物と関わったことは少なくて難儀した。しかも、それが龍だというのだから猶更だ。
「ただいま。今戻ったよ」
「ああ、おかえりなさい……白澤さん、何持ってるんですか?」
 両手いっぱいの荷物を持って出た白澤さんは、ちんまりとしたふろしきを持って帰ってきた。どうやら急なことで迷惑をかけたし、ということで手土産を貰ったらしい。テーブルでふろしきを解いて中身を開けば、見事な団子が並んでいた。
「そろそろこっちは中秋の名月だからいいだろうっておっしゃってたよ」
「うわ……なんか、つやつや……丸い……」
 白くて丸い団子、あんこを纏った団子、みたらし……と、結構なバラエティである。昔はおやつ代わりによく弟妹に作ったものだけれど、今となってはあまり食べる機会のないものという感じだ。
「美味しいところのだよ、私は前にいただいたことがあるから先に野田くんが食べて」
「えっ、いいんですか? ……あ、ていうか、俺が食べてもいいやつですか? あの、前みたいに……食べたらくらくらしたりするようなこと、あります?」
 年末に仮面の少年に何か盛られたのが意外と尾を引いていて、あちら側の食べ物と聞くと一瞬警戒が先に立ってしまう。疑うのは悪いと思いつつ、また具合の悪さにトイレに駆け込むようなことは避けたい。こんなに美味そうな団子だから余計にそう思う。
「あれはあの人が悪いからこれは大丈夫。……やっぱり私も今食べようかな」
「そうっすね、固くなっちゃったらもったいないですから」
 付属のフォークで団子を掬う。つやつやとした見た目と、むっちりとした弾力に猫の肉球の感触を思い出していた。やわらかくて、意外と温かかったのを覚えている。反して、犬の鼻は冷たかった。常に濡れているのだから当然だが、突然素足に触れると結構驚いてしまう。
 団子を食べる。もっちりとした感触と、やわらかな甘味が優しい味だ。自分で作ろうとすると中々こういう味にならないんだよな、と思いながら咀嚼する。白澤さんはこういうときに食べるのが早くて、気が付いたらもう二、三個食べていたりするので驚く。
「……ちょっと静かに感じるね。賑やかだったから」
「そうですね……魚料理封印してましたもんね、猫が来るから」
「足元でずっと待ってる子もいたし」
 二匹は家で大暴れをして帰って行った。普段ならこんなことに悩まないのにということで悩んだし、くだらないことで笑いもした。なるほど、動物がいる生活の楽しさというものが少しわかった気がする。わかった気がするが、なんとなく、手に入れてはいけないような気もしている。
 今朝、ちびたちを送り出したときに撫でた感触がまだ手のひらに残っている。いずれ忘れてしまうのだろうけれど、覚えている間は何度も反芻して思い出すのかもしれない。
「まあ、でも……静かなくらいでいいです、俺は」
「そう?」
 白澤さんはどうなのだろう。今までにもこういう、忘れるまでは覚えておきたいことがたくさんあったのだろうか。聞いてみたいような気がしたけれど、妙に静かに感じる部屋で何となく寂しくなっているだけだから、やめておいた。