文明の簒奪者とは

※これはニンジャ学会誌897号に寄稿したもので、半年以上の経過したので公開します


"文明の簒奪者たるニンジャは、自ら創造する事がない。だが、彼らの考案したシステムが歴史に残る事はままある。橋やテンプルの土台に生きた人間を埋める人柱行為はその一つだ。泣きながら歯車盾の錆と化し、ドリルに巻きつく腸や肉片と化すエンジニアをバンザイで見守る彼らは現代のそれであろう。"


これは、ニンジャスレイヤー本編の1センテンスである。ニンジャは簒奪者である。では、簒奪とは何か?簒奪とは「本来の権力者から、その権力を奪うこと」である。本来の権力者……厳密に言うと、王位の継承者や、継承順位上位者のことであり、すなわち、簒奪とは、「上位の者から奪うこと」である。
ニンジャが人間から文明を簒奪していたということは、すなわち、元々は、ニンジャよりも人間……つまりモータルの方が上位者だったということになる。しかし、"ニンジャとは、平安時代の日本をカラテによって支配した半神的存在である"という言葉もある。
つまり、ニンジャは、はるか昔はモータルの下位存在であり、モータルの文明を『簒奪』したことで、上位存在となったと考えられる。


"「フォーフォーフォー……」荘厳なパイプオルガンの音色に混じって、ロード・オブ・ザイバツのミステリアスな笑い声が響く。その顔は紫色の高貴なノレンに隠され、表情を窺い知ることはできない。玉座の背後に掲げられた大きな油絵は、アダムとイブに知恵の実を授けるニンジャのモティーフである。"

これは、ニンジャスレイヤー本編の1センテンスである。はるか昔、ニンジャはモータルの下位存在だったとしたら、この油絵はいかなることか?文明の簒奪、すなわち、宗教も簒奪されたものだと考えると、説明がつく。


"神の正体がニンジャだったのか、それともニンジャが神の姿をとって蒙昧な古代人を操作していたのかは不明だ。ただ、各国の古代文明を生み出したのがニンジャではないという点は、まず間違いなかろう。彼らは殺人者にして簒奪者であり、繁栄した文明を訪れ、果実を貪るようにそれを支配したのだ。"

これは、ニンジャスレイヤー本編の1センテンスである。ニンジャは、自ら何かを生み出さない。モータルが『生産』を軸にした農耕民族に例えられるならば、ニンジャはさしずめ、狩猟民族である。
しかし、本来、狩猟というのは、自らよりも弱いものを獲物とする。『簒奪』という言葉が、上位者からの奪略であるから、狩猟とは反するように見受けられる。
しかし、実際の狩猟では人間は、人間よりも遥かに肉体的に強く巨大な生物を獲物とすることがある。それを可能にするのは、人間の知恵だ。道具と協力によって、己よりも強い命をもつ生物から、命を簒奪していた。
では、それをニンジャとモータルの関係に置き換えるとどうなるか?ニンジャは、己よりも遥かに発達した文明を持つモータルから、いかにして文明を簒奪したか。

カラテである。

ニンジャは文明を簒奪する。モータルが生み出した技術や叡智を、全て文明だと捉えると、ジツですら、簒奪したものだと考えられる。実際、イグナイトのパイロキネシスは、ニンジャになる以前から得ていたものだ。
人類は、衣服という文明を生み出した。しからば、ニンジャ装束も、それを簒奪したものである。ニンジャのもつ要素の多く、ともすれば、スリケンやアイサツなどの根本的なものでさえ、全ては文明であり、モータルが生み出したものであり、簒奪したものであり、『最初は持っていなかったもの』だ。
では、原初のニンジャ、つまり、『何も簒奪していない状態のニンジャ』は、何を持っていたか。

カラテである。

カラテも、例えばボクシングめいたボックスカラテのようなものは、モータルが生み出した文明であり、簒奪したものであろう。しかし、純粋な暴力としてのカラテならばどうか?暴力は、文明を持たない生物でも持ち得る力だ。もっとも、その力が中途半端に弱いものであれば、それこそ人間に簒奪されるだろう。
だが、その力が、圧倒的に強かったら?原初のニンジャが持つカラテが、『モータルを打ち倒すに十分事足りる暴力』であったとしたら?然り、カラテのみで、全てを簒奪できる。
事実、ニンジャのカラテは、万全の状態であれば、ネオサイタマのテックを用いたモータルの集団にも負けることはない。『カラテによって支配した』とは、文字通り、圧倒的な暴力によって支配したということになる。

しかし、そうなると再び、簒奪という言葉の意味が疑われる。モータルに対して圧倒的なカラテを持つのがニンジャであれば、モータルはすでにニンジャの上位存在ではなくなっているのではないかということだ。確かに、カラテという面で見れば、モータルはニンジャの下位存在である。だが、文明という点では、大きく話が変わる。
ニンジャは、文明を生み出せない。モータルが新しい文明を次々と産み出すことができるなら、その創造性は、圧倒的にモータルが上位者である。
『簒奪』という言葉の意味は、「本来の権力者から、その権力を奪うこと」である。正当な手段では自らが手にすることができないものを奪うことが簒奪だと考えるのであれば、「本来の文明者から、その文明を奪うこと」は、カラテの強弱に関係なく、その行為は簒奪である。

ニンジャは圧倒的なカラテによって、モータルが生み出す文明を次々と簒奪していった。ここまでは良いだろう。では、なぜ各地の宗教に結びつく存在がニンジャとなったのか?もちろん、簒奪に都合が良かったからだ。
ニンジャはモータルを襲う。これだけを見れば、モータルにとってニンジャは、自然災害などと変わらない。つまり、恐れはするが、逃げ隠れるようになる。文明に逃げ隠れられてしまえば、その文明を簒奪することはできない。
ならばどうするか?そこで宗教を利用した。ニンジャのカラテは、モータルにとっては神に等しい。ならば、神に成り代わってしまえばよいのだ。
神になれば、自然災害と同じように恐れられはするが、逃げ隠れられることは減り、その代わり、崇められるようになる。モータルは、神の名のもとに集落を作り、逃げることなく発展し、新たな文明を生む。新たな文明、然り、ニンジャが簒奪するべきものだ。
文明を簒奪し続けると、カラテしか持たなかったニンジャにも、個体差が発生する。個体差が発生するということは、考え方の違いが生まれるということだ。考え方の違いが生まれるということは、すなわち、戦いが生まれるということだ。
ニンジャたちは、時には集落を守るために、力を奮ったこともあるかもしれない。あるいは、ニンジャ同士が戦うこともあっただろう。そうしていくうちに、神話の神々の戦いは、ニンジャ同士のイクサに置き換えられ、ニンジャは『半神的存在』となっていく。

神話の中には、神々が生み出した文明を人間に与えたという話が少なくない。もし、この概念を、ニンジャが簒奪したらどうなるか?「神々が生み出した文明を人間に与えた」という真実は「ニンジャが生み出した文明をモータルに与えた」という歴史に上書きされる。
人間が生み出した文明の概念が、ニンジャが生み出したものとして次々と上書きされていく。その結果どうなるかといえば、こうなる。

「すべては、ニンジャなのだ」と。

「すべては、ニンジャなのだ」という言葉は、この概念そのものが文明である。だが、ニンジャは文明を生み出せない。つまり、「すべては、ニンジャなのだ」という言葉は、モータルが作り上げたということになる。それが真実かどうかを知っているのはニンジャのみであるが、「それが真実かどうかを知っているのはニンジャのみである」ということを、モータルは知らない。
絶対的な法則だと思われていた言葉が、間違った知識から生まれた言葉である可能性も、あるのだ。

我々はしばしば、物事の正否を判断するために、根拠を求める。だが、その根拠の正否を、そして、根拠の根拠の正否を、さらにその先へと続き、全ての正否を判断することは少ない。根拠の連鎖から生まれた正否は、どこか1つでも連鎖が不正であれば成り立たない。
しかし、根拠の連鎖という点から考えれば、このコラムそのものが根拠の連鎖から作られているものであり、成否の判断は、書いた本人にもわからない。
真実かどうかを知っているのは原作者のみであるが、「真実かどうかを知っているのは原作者のみである」ということ自体が、真実かどうかすらもわからないのだ。

判断の根拠の根源をどこに置くか。ただそれだけで、物事の正否は、前提条件で無数に変化する。
あるいは、この思考ですら、ニンジャによって誘導されたものなのかもしれない。
すべては、ニンジャなのだから。

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