竜宮の酒瓶

「例えばの話だが、20年前に一度だけ来た客がふらっと現れたら、20年前の事を思い出せるかね?」
カウンターに座る着流しを着た老紳士が問う。

「さぁ、どうだかのう?よほど印象に残る客じゃったら思い出すかもしれんが……」
カウンターの内側に立つ初老の店主が答える。

「だろうネ。私だってそうだろう」
老紳士は、さもそういう答えが返ってくると予想していたような口ぶりで一人うなずき、茶をすする。

「で、今日はどんな厄介事を持ってきたんじゃ?ん?」
「おや?厄介事という割には、ずいぶんと楽しそうな顔じゃないか」

「あったり前じゃわい。お前さんが持ってくる話で詰まらんことがあったか?」
「フッ、そう言ってもらえるとありがたいものだネ」
老紳士はぬるくなった茶を飲み干す。

「それじゃあ聞かせてくれ。今日の品はなんなのか」
「これだよ」
着流しの男は1枚の写真を見せる。そこに映し出されていたのは、竜の意匠が施された蓋付きの瓶だった。

「なんじゃこれは?ただの壺ってわけじゃなさそうじゃが……」
「昨日の夜に客が持ってきたものだ。その名も、『竜宮の酒瓶』」

「竜宮ってーと、竜宮城?浦島太郎の?」
「そう、その竜宮城だ。なんでも、この酒を飲めば竜宮城に行けるとか……」
「オイオイオイオイ!なんかヤバイもんでも入ってるんじゃあないだろうな?」

「まさか。竜宮城というのは例え話さ……」
着流しの男は茶をすすりながら話を続ける。
「質代は『20年前の酒』だ」

「20年前の酒?」
「ああ。20年前にたった一度だけ飲んだ酒を探してほしいのだと」

老紳士は質屋を営んでいる。そこで物品の代わりに得られるものは、金だけではない。客が望むなら、物でも情報でも、なんでも手に入る。

たとえば、思い出の品を探してもらうことも、不可能ではない。もちろん、それに見合う品を出せればの話だが。

「で、引き受けたっつーことはじゃ、もう当てはあるんじゃろうな」

【続く】

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