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職業と肩書きと…。

三鷹在住時代に憧れていた(?)シブヤ大学の「肩書きとわたし(私史)」の講座に、昨日参加してきました!

都市部で開催される講座や集まりは、三鷹にくらべると若い人向けのものがとにかく多くて、行ってみたくてもなかなか行けずにいました。やっぱり場違いにはなりたくないし、テンポや話題が合わないのは辛い…。だからある程度は用心しちゃいます。さらに人見知りだし(笑)

今日はそこで感じたことを書きたいと思います。

みなさんは肩書きって
どう思ってる?

いやいや、これはかなり漠然としすぎですかね(笑)

出席したみなさんが、どういう思いで参加されたのかわからないけど、私は肩書きに悩むことが多い人生を歩んでいるので、実は本当に困って参加しました。

講座の序盤で肩書きとは~の説明がありました。その人を特徴づける社会的な地位・称号など…の意味だそうです。

大学生ならば大学生や、細かく言うならば◯◯大学△△学部✕年生とかになりますね。会社員ならば会社員だし、詳しく社名や部や役職とかもいえますよね。

じゃあ私はいったい何なんでしょう?

実はこれ、アンケートとか申込書に記載する時にも、いつも本当に困るんです。

実際に肩書きがないことに
困り果てた経験がありました

最近は家の電話に連絡する機会がめっきり減ったので、その点では苦労も減りましたけど、複数人で住んでる家に電話する時って、結構肩書きを必要としませんか?するんですよ!お店や会社などに電話する時もそうかもしれません。

大体「どちらの?」と聞かれます。そんな時にうまく表現できないことが多々ありました。

最初に痛感したのは、大学を卒業して、日本国内を放浪していた時でした。どちらの~の返答にしどろもどろになったからです。

ちょうど壺とか掛軸を売りつける宗教や、映画の回数券販売みたいなものもあったりして、今とはまた違った感じで危ない電話が多かった時に、肩書きで口ごもるというのは、なんか怪しかったんです。そう思えば思う程、たどたどしくなってさらに怪しい…。

友人の中には、厳しいご両親の家庭もあって、ブラブラしていて肩書きがないような子とは電話繋がないぞ!的なこともあったやもしれません。

そうなってくると「◯◯大学で一緒だった」というのも、なんだか怪しく思われる気がしてきて、心から「肩書き欲しい~!」って思いました。

この思いは、退職して無職の期間がくる度に湧いてきました。

主婦が肩書きになるのかは
微妙な線な気がする

いよいよ困ったのは、結婚して名字が変わった時でした。百均の印鑑にも絶対にある、シャチハタもオーダーしなくても絶対店頭にある名字、そう日本で多い名字ランキング3位以内の名字になってしまった時…。

私はその頃は外で働いてはいなかったので、肩書きがなかったんです。とにかく困りました。いや、実は今も困っていますが(笑)

それからPTAをやるまでは困ったかな。子どもがどこかに入るまでだったかな…。ただ肩書きができたといっても、私のものであって、私のものではないような~な期間のはじまりでもありました。

◯◯さんの奥さんからはじまり、✕✕ちゃんのお母さんだったり、「△△小学校1年3組の□□の保護者」だったり…。肩書きとしてはそれでも十分だと感じたくらいだったし、「△△小学校でPTAをやっています」なんて、涙が出そうになるくらいの肩書きでした。

アンケートや各種申込書に職業欄や、所属を書く欄があったりするけれど、それにもいつも困っていました。専業主婦とか主婦の欄があるけど、これって肩書きなのかな~って思っていたからです。だって電話をかけて「主婦の◯◯ですけど」って言わないですよね。だから職業としても怪しく感じていたんです。

そうこうしているうちに、また違う時代の波がやってきました。「主婦も働け」の波です。ますます主婦って何だろうって感じだし、言いづらいし書きづらくなりました。私はこの頃、ものによっては「無職」にしていました。どっちがどうかわからないけど、なんだか無職を選んでいました。

ボランティアというのも
日本では微妙な立場です

そして長きに渡るPTA生活が終わり、地域活動なるボランティア活動生活に突入することにしました。

肩書きとしては困らない時期が長かったです。しっかりとした名刺を持った期間も長かった。でも職業欄には相変わらず悩まされました。その他に◯をつけて、カッコにボランティアと書くのか、やっぱり無職なのか、主婦なのか…。

事務局だったり、地域図書館館長だったり、肩書きはあるんだけど、職業なのかは疑問です。収入ないし。無職といえば無職なんですよね、たぶん。

大学生はボランティアをしたことで、就職活動に有利になったり、単位がもらえたりする世の中になりました。えらいね!頑張ったね!ってことでしょう。一方、ボランティアをやる専業主婦というのは「お気楽でいいね」とか「働かなくて大丈夫だなんて、いいご身分だね」的なことを言われるだけ言われて、誉められることなんてほとんどない。同年代からは、やや冷ややかな目で見られたことも、多々ありました。趣味より酷い扱い…。

だから、なかなか口に出しづらい立場だったりしました。

就職活動の時の履歴書に、PTA役員や地域活動を書いたら、皮肉を言われまくった挙げ句に、先生と不倫とかしてるんじゃやいの?みたいなことまで言われて、呆然としてしまいました。(エロドラマやエロAVの見過ぎなんじゃない?!)

私がやってきたPTAやボランティアは、稼働日数や時間数からしても、内容からしても、そんなにのんきなものではなかったし、それなりに責任もありました。対価もなくそれをやったんだから、鼻で笑われるようなことなんかじゃない!と、心の中では大憤慨しつつ、立場としては弱者…。

だからめんどくさくて、主婦や無職に◯をつけて済ましてきました。履歴書もずっと空白で、ずっと専業主婦です。実際には違うけど。

定年退職後の人の焦り
よくわかります!

だから定年退職後問題のことは、よくわかりました。肩書きや所属先がなくなる不安です。

私は長く肩書きに悩んできたし、職業欄にも困ってきました。一方、長く勤めてきて、ということは長く肩書きがある生活をしてきて、それがなくなった時には、私なんかよりも空虚感や喪失感みたいなものがくる人が、さぞかしと多いだろうと思います。企業戦士時代の人たちですしね。

そんな時にボランティア活動をはじめて、私と同様に名刺を持つ。喪失感の後ならば、それでも嬉しいかもしれません。でも、あなたは私と違って、立派に勤めあげて定年退職したんだから、そう焦らなくても~と思ったりすることもありますが、肩書きがない恐怖はわかります。

最後に…。

私は今もスズメベースをやっています。でもビジネスじゃなく趣味でやっているし、私としては物販してないから店ではない。ギリギリ肩書きにはなるかもしれないけど、職業にはなりません。

週に6日出ていた時には、さすがに無職ではない気がしていたし、少なくとも専業主婦の生活とはかけはなれていたから、万年赤字の店のようなものをやってる者として、無職や主婦じゃないものに◯をつけていました。

でも今はオーナーってだけな状態なので、開き直って「専業主婦」に◯をつけるようになりました。今日の講座でも、肩書きは最終的には「主婦」にしました。

しかし、しつこいけれど「職業=主婦」には、微妙に納得できてはいません。さて、どうしようかな。私にまだ何かやれる余力はあるんだかないんだか。


そんな私のことも、そのまま受け入れるよ!と言ってくれる株式会社奇人変人と、そのリーダー格らしき・みもり氏。現在の私は、奇人変人の肩書きもあるんですね(笑)

1つのプロジェクトで一緒に動くことになった明るくやさしいAkariさん。動く時はちゃんと動くので、よろしくお願いします!


東京三鷹生まれの三鷹育ち。自分の居場所を求めて富良野、京都、東京多摩地区を転々としたのち三鷹に戻り、以降ずっと三鷹に在住。2016年2月、本好きと、長く続いた居場所探しの経験を活かし、地元でゆるい感覚のまちライブラリーをスタート。ひっそり人好き。地域クリエイター。