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ある週末、彼もしくは家族が出かけて一人の夜に、「映画でも見よう」と思い立ったら・・・。

  ある冬の土曜日の夜、あなたは特に予定もなく一人なので映画のDVDでも見ようと思う。でもスターウォーズ過去作はすべて出払って、ミッションインポッシブル2もブルーレイしかない。テッド2は来週リリース。昔の名画とかを見るほど元気もない。何か、肩肘のはらず、かと言ってストーリーはしっかり練られてて、主人公に共感できて、意外性もあって、自分の部屋でグリーンラベルを飲み、ドリトスナチョチーズ味をボリボリ食べながらソファーに埋まって見れるものはないか。しかも最後にじーんと感動したい。

 ということで、あなたは「はじまりのうた」というタイトルのパッケージを最新作の棚の端に見つける。3枚あるうち、1枚が残っている。主演は「キーラ・ナイトレイ」。「パイレーツ・オブ・カリビアン」のキーラ・ナイトレイ? こんなマイナーな作品にでてたんだ。これってよくある、女性の共感狙いの「人気女優のNY恋愛物」? チープなストーリーにうんざりするような失敗はしたくなくて、躊躇する。しかし、パッケージのコピーがあなたの目に留まるだろう。「口コミパワーで全米5館から1300館まで拡大」とある。あなたは、これにする。そして、それは大当たりである!

 キーラ・ナイトレイが素晴らしい。恋人に尽くしながらも、芯があり、自立した女性の主人公「グレタ」を演じる。彼女はミュージシャン志望で、恋人の「デイブ」を追ってイギリスの田舎からニューヨークに来たものの、彼はすでにスター街道を登り始めている。ある時、彼が彼女の曲を無断でレコーディングしようとしていることに気づく。また、ツアーで忙しいデイブは、近くに居るスタッフの女性に心を移してしまっていた! 彼女は、失意のまま、イギリスに帰ろうとする。

 しかし、そこに奇跡的な出会いがあった。友人のライブに飛び入りで歌った彼女の歌を、落ち目の音楽プロデューサー ダンが聞いていた。彼は彼女の才能を買って、一緒にプロの歌手を目指そうと強く声をかける。デモを作りたいがスタジオを借りるお金もない二人は、ニューヨークの屋外のあちこちで、ゲリラ録音をすることにする。街角で、小船の上で、地下鉄のホームで、ビルの屋上で、巡査に追い立てられながら始まった録音は、予想もしない結末を導いてくる。

 監督のジョン・カーニーは、前作も音楽映画を作った。「ONCE ダブリンの街角で」は、何と「アカデミー歌曲賞」を取っているのである。あなたは映画の最後、デイブのライブの場面で、「LOST STARS」の絹のようなファルセットボイスを聞いた時、デイブ役の俳優が「MAROON 5」のアダム・レヴィーンであることを知るのである! ジョン・カーニー監督が映画によって伝えたいメッセージは、シンプルで強い。音楽とは、そもそもが人が人に気持ちや想いを伝えるためにあるもので、そんな基本的な事を忘れていないだろうか。人は悲しいから歌い、嬉しいから歌い、愛しているから歌うのだ。そのメッセージが相手に伝わる時、相手と言葉を越えて結び付き合うことができる。ほどけた人と人との心を再び結びつける素晴らしい力を、音楽は持っているのだ。また、一人では決して音楽を完成できない。少なくとも、演奏する自分と、聞いてくれる人が必要だ。ソロの場合もあるけれど、一緒に音楽を作り上げる伴奏者が必要だ。そして、場を整え、人々の耳に届ける配慮をするプロデューサーも。音楽を作る、とは、いろいろな人が気持ちと力を一つにして素朴に作りあげて行くものなのだ。本当に心から一つになれた時、その事がみんなにとって尊いのだ。その音楽はお金に換えられない貴重な貴重な物となる。音楽が持つ元々の意味合いを、この映画は改めて感じさせてくれる。すべての音楽関係者には是非見てほしい。

 クライマックスの場面。グレタが夜のニューヨークを自転車で疾走しながら、嬉しさで泣き笑いしている何とも言えない顔を見て、あなたは清冽な感動をおぼえるだろう。そして、そもそもの初めの気持ちに戻って、前向きにやり直したい気持ちになれるだろう。背筋のピンと伸びたグレタの生き方が、よい波動となって伝わってくる。いつだって、どこだって、どんな状況だって再び始められるのだ。始めることに、新しい一歩を踏み出すことに躊躇してはいけない。それは絶対運命の歯車をいい方向に回すのだ。それこそ、この映画の原題である「Begin Again」なのだ。

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