Dickey Betts Inerview on HTN, Nov 2000

HTN:調子はどう?

DB:いい感じだよ。今週オーディションを行ったんだ。

HTN:かなりエキサイトしてる?

DB:そうだね。とても良いバンドになりそうだよ。こんなに色んな奴を聴いたのはこれが初めてだよ。履歴書に目を通したり、沢山のテープを聞いたりして、ここまで飛んできて誰をオーディションすべきか決めたんだ。彼らの殆どは、実際にはオーディションなんてする必要はなかったんだ。ただ単に、彼らがテープと同じ演奏ができるか確かめたかっただけでね。
ただ、ドラムとキーボードについては決断を迫られてね。それぞれ二人ずつ、その中から選ばなきゃならなかったんだ。
大変な決断だったんだ。結局誰に決めたか、話してもいいかい?

HTN: もちろん。ギターを弾くのはMark Mayでしょう、何年か前にABBの前座を務めた.....

DB: そうだよ。幾つかのshowでやってもらたよね。

HTN: 彼と知り合ったきっかけは?

DB: おかしなきっかけでね。友達の一人が彼のCDを持ってきて、聴くべきだよ、と言うんだ。一ヶ月ぐらいは、俺のピックアップトラックの中に置きっぱなしにしててね。沢山のCDをもらったりするからさ。でも最後には聴くことにした
んだけど、車を止めたよね。ライナーノーツを読み始めて、それから全部に目を通した。何故なら、彼の演奏があまりに印象的だったからだ。彼はIce House Recordsで録音して、2枚のアルバムを出した。最初のがCallin' the bluesという
タイトルで、2枚目がTelephone Roadだ。二つとも素晴らしいアルバムだよ。彼は曲を作り歌も歌うし、スライドギターも弾くけど、今回のツアーではあまりスライドを弾いたりはしていないね。俺が少しスライドを弾くかもしれないけどね。
で、ベーシストは、David Stoltzだ。彼に最初に会ったのはABBのオーディションの時だ。彼を加入させることも考えた
んだけど、もちろん最後はOteilを選んだんだ。

HTN: 彼はJimoeと知り合いの....

DB: そう。Jaimoeが幾つかテープをかけてて、ベースを弾いてる奴が気になったんだ。「誰がこのベースを弾いてるんだい?」と聞いたんだ。その時Allenの代わりを探していたからね。Jaimoeは「うん、David Stoltzという奴なんだ。」
と教えてくれた。「彼に会いたいね。オーディションに出てくるように聞いてみない?」ということで彼に初めて会ったんだよ。

HTN: 彼もコネチカット州の出身?

DB: そうだ。彼はHartfordの出身だよ。彼は多くのジャズ・ミュージシャンと活動しててね。Eddie HendersonやHouston Personとか、Byrdsのメンバーともやってた筈だ。彼は、Bruce Springsteenのサックス奏者のClarence Clemonsとも活動してたよ。彼は自分のソロ・ジャズアルバムも発売してるんだ。ベースのアルバムと言っていいと思うけど。俺は彼のことを知っていたけど、彼は履歴書と一緒にそのアルバムも送って来たんだ。
素晴らしいサックス・プレイヤーも見つけたんだよ。名前はChris Jensen、ニューヨークの出身で、サックスのほかにフルートも吹ける。彼はHartt School of Musicで学んだ後、そこで教えたりもしているんだ。彼はEddie Hendesonや、
Roy Hanes、Leon ParkerやJiovanni Hildalgoらの多くのジャズ・ミュージシャンと活動していたんだ。彼は素晴らしいプレイヤーだよ。

HTN: 彼が色んな管楽器を演奏できることは、ダイナミクスという点でも大きな貢献になるね。

DB: その通りだ。彼はバックアップ・ボーカルもできるから、そこでも彼の力を借りることができる。彼を通してドラムのMark Greenbergと知り合った。彼はRonnie Earl and the Broadcastersと長い間活動していて、最近はRoomful of
Bluesで演奏していたんだ。奴はバークリー音楽院の出身で、素晴らしい才能の持ち主だけど、ほんとにいい奴だ。沢山のドラマーのテープを聞いたけど、結局彼に落ち着いたんだ。
Matt Zeinerがキーボードを弾いてるんだ。彼は面白い奴だ。彼もHartfordの出身で、あそこには大きな輪があるみたいだね。彼らはHartfordに住んでいて、NYやBostonで活動している。彼らはその大きな輪の中で、一度に3つも4つも
バンドを掛け持ちしているんだ。Mattの親父さんはとても面白い奴だよ。Ray Zeinerっていうんだけど、彼もあの辺りの
出身で、B-3を弾いたり歌ったりするんだ。彼は40年代から50年代にかけてWildweedsというバンドで演奏していたが、このバンドが後にNRBQとなったんだ。RayはAl Hendersonなんかと一緒にそこでやってて、No Good to cryという
ヒットを飛ばしたんだ。Mattは彼自身、凄まじいブルース・シンガーでもある。キーボードが弾けるかどうか確かめたかっただけで、バンドを率いることのできるような奴だったとはね.... 歌もキーボードも本当に素晴らしいよ。彼はピアノ
もB-3も弾くので、ちょっと大変だけどツアーにはB-3を持っていくつもりだ。
Junior Ortizという素晴らしいパーカッショニストもバンドに加入してくれた。彼はマイアミの出身だけど、今はHartfordのあたりに住んでいる。奴は、コンガ奏者だったら誰もが好きなJiovanni Hildalgoから学んだんだ。彼はTito Puenteや
Domingo Quinonesとも活動していた。彼もまた他のバンドメンバーと同様、素晴らしい才能を持っている。殆どのプレイヤーを一度に聴いたけど、彼とMark Mayだけはリハーサルにいなかったんだ。とにかく聴く必要もなかった訳で、彼らが確かなことはわかっていたからね。実際に彼らの音を聞いてぶっ飛んだよ。本当にすごいバンドだ。
彼らがどんなに良いプレイヤーか、皆ライブを見て驚くはずだ。ご存知の通り、歌える奴を探し続けたから、俺だけがバンドを引っ張り、重荷を背負う必要はないんだ。最後に自分のバンドを結成したのは80年代の終わりごろのことで、
その後の11年間のABBでのソリッドで、素晴らしい活動の恩恵を、自分のソロで受けたことはなかった。この間の活動
で、俺の名前は再び有名になっていたから、メンバーを探すことにおいては、自分で汚いジュークジョイントに出向く代わりに、人々の目を集めることができたんだよ(笑)。ポジティブなことがあるというのは良いことだよね。前を向かせ
てくれることがあるっていうのは....
ツアーに関しては、8月10日にリハーサルを開始して、8月23日のSt.Petersburgからスタートしたんだ。Orland, New Orleans, Atlanta, Myrtle Beach, Ohio, New Yorkをまわって、最後にConnecticutで締めるんだ(注:既にツアーは
終了)。ファンが望む曲をやろうと思ってるよ。何年も知っているような曲をね。

HTN: そうだね。この信じられないメンバーを集めたわけだから、本当に良く色んな曲を混ぜることができるだろうね。

DB: 本当だね。しかも彼らの殆どが曲を書けるんだ。Mattは10~12曲ぐらい自分の曲を持っているから、彼にその中から歌ってもらおうと思っている。Markは彼のカタログ全部から曲を選ぶことができるし。今回はGreggと関係が深い
曲、例えばStormy MondayやStatesboro Bluesみたいな曲はやらないけど、俺が作った曲でGreggが歌っていた曲、No one to run withとかについては演奏する予定だよ。他にはインスト曲やSeven Turns、Blue Skyなんかもやるつもりだ。

HTN: 何年もの間にどんどん素晴らしい曲が増えているよね。

DB: 沢山あるけど、今回のツアーで演奏するのはファンが聴き慣れている曲だよ。来年のツアーからはもっと色んな曲をやるつもりだけど。何曲か新しい曲も書くつもりだよ。新しいプレイヤーと一緒に作る曲も含めてね。

HTN: Highway Callからの曲や、Great Southern時代の曲はやらないの?

DB: それも考えたけど、今回はファンが聴き慣れているものからそんなに離れないようにしようと思う。その意味ではある程度統一されるけど、来年からはもっと古い曲にも手を出そうと思ってるよ。覚えておいてほしいんだけど、そんな
にあれこれやる時間はなかったということなんだ。リハーサルの時間も限られていたし、こんなに早くバンドを組んで、ツアーもブッキングされるとはね!(笑)

HTN: Junior Ortizは確かにラテンフレイバーをあなたの音楽に与えているけど、Pegasusもラテン風の曲だよね。この曲を演奏する可能性は?

DB: その曲は確かにラテンのグルーブを持った曲だけど、俺の曲の多くはラテン風の味付けがされているんだ。俺が思うにElizabeth Reedは最もラテン的な曲だよ。知っての通りギターはああいう感じのパーカッションによく合うし、俺は
常にカルロス・サンタナが大好きだしね。俺は彼のパーカッションの使い方が好きだよ。あれはバンドメンバー全てを興奮させるよね。Marc QuinonesがABBでやっているようにね。彼は素晴らしいよ!

HTN: 来年のツアーで昔の曲をやってくれるというのは素晴らしい。Pattern DisruptiveのRock BottomやDuane's Tuneなんかもみんなが聴きたがっていると思うけど。

DB: そのあたりの曲も沢山やりたいけど、まず第一にオーディエンスが何を聞きたがっているかなんだ。一つ考えているのは、Everybody's got a mountain to climb(注:Where it all begins収録)をやろうということだ。何故なら、この曲
は素晴らしい曲なのに、あんまり認知されていなから。俺がやりたいと思うことを全てやる時間はないと思う。今は、バンドもよく知っている曲で、よくまとまった演奏を聴かせたい、ということなんだ。Elizabeth ReedやJessicaなんかは
そんなに時間がかからないよね。バンドの奴らも前に聞いたことがあるはずだから。最近やっていない曲も全部やろうとしたら、Showを強力なものにすることは難しいかもしれない。

HTN: 30日間ほぼ通しでツアーするのは久し振りだよね。どんな気持ちかい?

DB: その多くの理由ってのは、外に出て、ファンに俺はよくやってるぜ、いい演奏ができるぜ、ということを見せることにある。プレスが書いている、俺の最悪な状況というものを打ち破らなければならないんだ。俺がどんな状態なのか、
はたまた死んでるのか生きてるのか、なんてことをね!(笑)

HTN: では、2001年のプランは?

DB: 3月にツアーに戻る予定だけど、バンドの奴らはそれぞれのバンドを持っているから、スケジュールの調整が必要だね。冬の間にはレコーディングするかもしれないし、2月にはリハーサルするだろうね。色々と異なる曲を発表していく
と思うよ。次の春までにはアルバムを出せるんじゃないかな。

HTN: このツアーで、ABBより小さな会場でやることについては何かチャレンジすることを感じている?

DB: 全然ないね。前にもやっているし、どこで演奏するか、ということにはとても注意深くなってるんだ。大きすぎる会場でブッキングされたくないんだよ。大きな会場で半分しか埋まらないなら、House of Bluesのような会場で満員の方が
よっぽどいいよね。とにかく注意深く、強力なセットをこなして、自分達の能力以上のことには足を突っ込まないことにしているんだよ。大きな会場に行っちまうと、おかしなことが起こり始めるんだ。音楽のより優れたタッチを失ってしまうこともあるし、大金が人を駄目にしちまうことだってあるんだ。だから、こういう身近な場所でできることは、良いことが多いんだ。もちろん、残された人生でずっと、何千もの客席があるところでやりたくない、という訳ではないよ。BeaconやFox Theatreのようなところであれば完璧だね。来年はそういうところでできることように練っているところなんだ。

HTN: Warren Haynesはあなたのことに触れ、Django Reinhardt on acid、a real cosmic cowboyと称していたよ。

DB: 本当に?すごいお世辞だね!!

HTN: その言葉は本当に、二人のディッキーについてよく表しているね。カウボーイと真剣な作曲家。あなたのインスト曲は現代の名曲と言えるけど、Ramblin ManやLong time goneのようなカントリー・ポップも作曲できる。この二つの
音楽性はどこに起因していると思う?

DB: 自分自身そのことについてはよく考えるけど、静かにして曲を書いていると、メロディーが頭に浮かぶんだ。それらは俺の音楽的なバックグラウンドには一切関係ないもので、思うに色んな曲を聴いたり吸収したりすることで生まれて
来ているものなんだ。Elizabeth Reedのような曲が生まれると、「これは俺が思ったものとは違う」とは考えずに、出てきたものを追求するんだ。オープンにして、何が起こるか試すんだ。

HTN: 曲ともがき、格闘するんではなくあなたの中で自由に泳がせる、ということ?

DB: その通りだね。それが耳にうかんでいるとしたら、ギターの上で表現できるようにチャレンジするんだ。面白いパラドックスだと思う。俺がもっとカントリーブルースを書くと思ったら、全然違うものを書いたりね。頭の中では本当に
色んな種類の音楽が鳴っているんだ。妻のDonnaは笑うんだ、俺が車の中でラジオをつけるのを嫌がるから。頭の
中には小さなレコード・プレイヤーがあって、それに耳を傾けることが好きなんだ。多くの作曲家はそんなものが頭の中にあるんだと思うし、ラジオをつけると、聴きたくないものまで耳に入ってくる。俺が書いた多くの曲は、こんな奴から出てきたという風には見えない、というのは面白いことだよね。でも、そんな感じで曲を作る奴を沢山見てきたよ。
俺はバークリーで音楽を習ったわけじゃないけど、間違いないね!(笑)
人前で音楽を演奏するようになると、プレスが好む分類に入れられてしまうことになる。俺はこんなホンキートンク・ヒーロー的なキャラクターとレッテルを貼られているけど、俺の音楽にはもっともっと違う側面が沢山あるんだ。皆が俺の曲を聞いて、学んで、楽しめば、典型的な場末の飲んだくれのキャラクターには行き着かないはずなんだ。
俺にはもっと色んな側面があるし、だから「奴はどっからこんな曲を作ってくるんだ?」というややこしいことにぶつかるんだよ。Warrenがそんな風にいったなんて、可愛らしいね(笑)。

HTN: 40年間演奏してきて、音楽から得た素晴らしいものって何なのかな?

DB: ステージに立つこと、これが喜びの全てだよ。ロードの生活や、待っている時間、旅をすること、これらの全てに対処しなきゃならないんだ。家から離れてロードの生活をするってことは、たやすいことじゃない。特に年を取るとね。
20歳の時にやってたように、次から次に駆け込んでいくなんてできないしね。このバンドを組みたいと悩んだたった一つの理由は、ステージに戻りたい、ということだったんだ。まだやり終えたとは思えなかったんだ。もっと演奏すべき
音楽があるし、そこで待っている人々が恋しかったんだ。俺を呼んでくれる人が沢山いることは知っていたし、そこに行って「まだやってるぜ」ということを言いたかったんだ。俺は自分が56歳だとは思ってない。35歳ぐらいのつもりで
いるし、そんなエネルギーをもっているなんて良いことだと思う。気持ちはまだ全然老いてないし、未だに新鮮な気持ちだよ。最善を尽くして、楽しみたいと思ってるよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?