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サンジが自分の人生を生きている姿が大好きだ(ホールケーキアイランド編のサンジは超かっこいい!)


 サンジってさあ、すぐ自己犠牲するし、女を蹴るくらいなら死ぬし、すぐ死ににいくスペランカーみたいな男なんだけどさ。


 ゾロやルフィは幼い頃の夢や野望を真っ直ぐに図太く生きてその生き様に他のものが付随してるような生き方をしているけど、サンジはその二人と違ってなんだか危ういようにも感じる生き方をしている。
 
 ルフィは自分の信念を生きることもそれを生きるために仲間が必要なことを知っているけど、サンジはそういうのが下手くそで、ゾロとルフィの姿を見てゼフに尻叩きをされる、全部一人で抱え込んで仲間から手を差し伸べられたりする。サンジはそうやって生きている。

 サンジのこういう図太くもなければ器用でもない、危うくギリギリで人生が繋がっているようで、でも私はサンジってすげー「自分を生きている」人間だと思っていて。これはルフィやゾロと違ってずっとずっと不完全で人間くさい「自分を生きている」だと思ってる。

 私のWCI編の感想、まじで「サンジの人生と生き方が超かっこいい」なんだよ。サンジ推しの人間でWCI編のサンジを一切可哀想だと思わずサンジがめちゃくちゃ格好いい話だと認識してる人ってかなり珍しいらしいので私がどういう視点で見てるのかちょっと語らせてくれ。

(というか私はWCI編を「超強い四皇ビッグ・マムの縄張りにこっそり潜入&奪還!楽しいお茶会の裏側で蠢く参加者達の思惑と暗殺計画!ジェルマ66は格好いい!ドキドキ楽しいお祭り騒ぎ☆」の超楽しい話として読んでた。周りを見たらみんな感情の豪雨の中で苦しんでいてびっくりした。私はシケモク回でサンジが泣き出すシーンは鼻で笑ってた。これが苦しんで泣いているサンジを楽しむ感情のない兄弟の感覚…!?)



小さい命が自分を生きようとしている


 WCI編の過去回想の幼いサンジは、出来損ないであることを理由に不慮の事故で死んだことにされ幽閉される。鉄仮面を付けられボロボロの服で牢屋で過ごすサンジは、与えられた食事を前に、今は亡き母親にかつてお弁当を作ったことを思い出しながら食材を包丁で切るようにナイフでパンを切る。

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 84巻 48p|初版2017 デジタル版2019|集英社)

過去のお弁当を作った回想からナイフでパンを切るこの演出を見て、尾田先生の演出力の高さに圧巻された。このサンジは無表情だが、サンジの想いが芝居(行動)からアリアリ伝わってくるのだ。ある方が尾田先生の漫画は映画の作りに近いと語っていたが、この映像表現のような、回想から人間の芝居に繋げる情緒的な演出に実写映画のような演出を感じるのかもしれない。(※私は尾田先生については全く詳しくないのでイチ感想である)

 私は本当にこのシーンが大好きなんだ、演出もすっごい良くて本当に大好きだ。幼いサンジは過酷な環境の中で、母親にお弁当を作って喜ばれた記憶を頼りに料理をしたいと思い、牢屋の中で料理の本を読みコックになりたいという夢を持つ。

 ここのポイントなのが、下記のようにサンジがオールブルーを見る夢を持っているのは料理本を読んでて見つけた「自分で見つけた夢」なんだよね。ここが本当に大好き。もしこれが「母親がオールブルーを語っていたから」とかだと母親の面影に縋っている状態なんだけど

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 84巻 48p|初版2017 デジタル版2019|集英社)

 サンジは母親との記憶を頼りに料理に興味を持って勉強して、料理を勉強する過程でオールブルーを知る。オールブルーを見る夢はサンジが“自分で”見つけたんだよ。あんなに過酷な環境であんなに小さな命が「自分の夢」を見つけてるの、あんなに小さい命が「自分の人生を生きる」をしようとしているの。

 もう愛おしくて愛おしくて。人生って電車を乗り換えながらどこに行き着くかわからない長い旅をするようなものだと思ってて、サンジは母親との思い出をきっかけにしたコックになりたいという夢の電車の途中で、オールブルーを見たいっていう自分の新しい行き先をみつけるの。

 そしてサンジは家出をしてイーストブルーへ行く。それでね、サンジが自分で見つけた「オールブルーを見る夢」が、ゼフとの繋がりになるわけじゃん!!!ゼフはサンジが「オールブルーを見る夢」を持っていたから自分の足を犠牲にサンジを生かして、そしてサンジはゼフの元で育つことになる。

 母親との記憶を元に自分が何になりたいか見つけて行動して、その中で“自分で見つけた”1つのピースが、また別のところに繋がるの。わーすごい!!生きている、サンジが“自分の人生”を生きている!!この時わずか10歳だよ!?すごい!!10歳の子が自分で自分の人生を紡ぎながら生きている!!!

 これがもう、本当に「自分を生きている」をすっごく感じてしまって。8歳であんなに小さい命がだよ!?自分で見つけた夢を強い意志で持って生きて、数奇な運命でそれがまた別のところに繋がるの。大人が導いたのではなく、8歳のサンジが自分で見つけた夢が、別の出会いとその先の人生に繋がるの。

 それでもう何が好きって、あんなに可愛かった8歳のサンジが、オービット号で生意気可愛い10歳のサンジになって、そしてバラティエでゼフの元で育って、超絶背伸びクールチンピラ暴力コックに育っちゃうところじゃん。

 あーっ!!!可愛い!!!生まれ持った性格と真逆の環境で真逆の性格を身につけてるーーーー!!!!小さい頃に背伸びで吸った煙草を、大人になってもずっと吸い続けている。あの時の小さな子供の背伸びが、今ではすっかりニコチンに侵されて煙草がないと落ち着かない身体になっちゃってる。うわあーーーーッッすごい!!生きてる、人間を生きている!!!!!人生を生きている!!乗り継いだ電車でまたなんか身につけてるーーーー!!!!

 サンジがなんでこんなにも多面的かって、生まれ持った性格に対して真逆の人格を身に着けているからだよね。まあそもそも幼少期から泣き虫しつつも意思がゴリラとかちょっと特殊な人格ではあるんだけども。

 暴力チンピラコックなのはもちろん、サンジの男気の強い男らしさとか、合理的だったりメガネ掛けてそろばん打つような管理をしっかりできる感じ、あそこらへんはバラティエで身につけたものなのかなあとか。

 私はそれまで男気クールしていたサンジが、空島編に入って急にはしゃいで海に飛び込んだ姿を見てビックリしたんだよ。それからすっかりサンジ推しになってしまったのだけど。

 バラティエ編でオールブルーの話をしてるサンジを見て「(夢を語る時は小さい子供みたいな顔をするんだな…)」って思ってたのに、話が進むごとにキャッキャはしゃぐようになる姿を見てびっくりだったんだよ!!!!ちょwっをまwwwそっちが本性かよ!!!!!!根が超感情豊か少年じゃん!!!!!!!!

 あーーーーーーもう好き!!好きだし生きてるーーーー!!ゼフの元を離れて、背伸びする必要がなくなって根の性格ダダ漏れ男になってるじゃん!!!!すごいよね!!ゼフの元で背伸びしてすげークールに育って、そしてゼフの元を離れて根の感情豊かさが溢れるようになる。環境が変わって、その場その場で変容しながら生きている。

 一貫した図太い性格じゃなくて、周囲の環境が変わって表に見える姿が変容していくの。すごい。1回の変化じゃなくて、一旦背伸びクールになって、また根っこの可愛い性格が表に出るようになる。今度また数万文字の解釈記事を書くつもりだけど、サンジはバラティエ編~2年後にかけてちょっとずつ性格が変容し続けている。これはかなり綺麗なグラデーションで変容が描かれてる。そして変容の仕方に綺麗に筋が通ってる。尾田先生は天才なんだよな??

 しかも何が良いって、サンジは男らしくてチンピラで狂暴なままなんだよね!!!!バラティエで背伸びしながら、男臭い環境で育って身につけた人格が、後天的な人格がそのままサンジの人格に馴染んでしまっているの!!!!

 ニコチンに侵されたサンジの身体がもう元に戻ることはないように、ほんのり薄っすら白っぽくなってしまった肺が非喫煙者の綺麗なピンク色の肺に戻ることはないように、サンジがバラティエで身につけた男らしさ・狂暴さは消えないの!!あいつはチンピラだし次男(不良)なの!!!!!好きーーーー!!!

 元の性格はあんなに可愛いのに!!!チビナスだった頃はあんなに可愛いいのにーーー(でもちょっとやっぱチビナスの頃からゼフの足に噛みつくような狂暴さはあるんだよな…あの可愛いようで根の性格に垣間みえる狂暴さ意思ゴリラとバラティエの男臭い環境が組み合わさって、あの男気が強い部分は綺麗にサンジの性格として発現したよね

 あーーーすごい!生きてる!!人間が!!!生きている!!!人間が生きている姿を感じる!!!!

 私はもうWCI編のルフィの前で泣き出すサンジを見ると「wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」ってなっちゃうんだけど(あのシーン好きな人まじでごめん)もうさ、チビナスなんだよ!!すっっげー険しい男らしい顔したあとに、涙が溢れて、鼻水垂らしてぐっっちょちょに泣いてさ!!!こいつチビナスの時からまじで根っこが変わってねーーーーーおまwwそんな男らしいのに根の泣き方が感情豊かなチビナスまんまwwwwwwーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー(すきーーーーーーー!!!!!)

 元来の人格をもったまま後天的な人格を身に着けて生きているんだよ…変容はしているけど消えることはないの。根っこはずっと変わらない、でも男らしいサンジもそれも本物なの。すごい…人間だ…人間が生きている…“人間”を感じる…

自分を生きる力が強くて、そして優しすぎて自分を生きるのが下手くそな男


 サンジってあの過酷な環境でわずか8歳で自分の意思で家出したり、10歳にして殺してでも生き延びてオールブルーを見てやるーってゼフに噛み付いたり、実はすごく自分を生きる力を持っている子供なのだけど、でもこれがまた自分を生きるのがめちゃくちゃ下手な男でもあるわけじゃん!?

 バラティエ編の過去回想の子供のサンジは殺してでも生きてオールブルーを見てやるって生き様ゴリラしてる人間なんだよね。ゼフの船に襲われた時に、勝てるはずもない多数の大人の海賊相手に両手に包丁持って殺されるくらいなら殺してやる!って立ち向かってて、ちょっと覚悟ガンギマリのヤベェガキなんだよ。

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 7巻 73p|初版1999 デジタル版2012|集英社)

サンジのこういう部分って見逃されがちっぽいので引用。サンジは子供の頃からちょっとぶっ飛んでてヤベェ生き様ゴリラなところがある。サンジは幼少期からめちゃくちゃ面白い人間だな…。

 実は子供の頃のサンジは、ルフィやゾロのように自分の夢(信念)を生きようとする力が普通の人間を逸脱するレベルでとんでもなく強い子だったりする。そしてこれはバラティエ編の現在軸のサンジと対比させてると思うんだよね。サンジはこんなにも夢のために覚悟ガンギマリ系のガキだったのに、サンジはゼフとの出来事をきっかけに、ゼフの為に生きようとして自分のオールブルーを見る夢の為に生きる(自分の信念を生きる)ことができなくなっていまう。

 なんかもう、そんなにも自分を生きる(信念を生きる)力はすっっっごく強いのに、誰かの為に動こうとするとその人のためにどこまでも自分を生きることを犠牲にしてしまえるからさあ。サンジは生きる力自体はすごく強いものを持っていたのに、優しすぎて自分を生きるのがめちゃくちゃ下手になっちゃうんだよ!!

 ちょっとサンジって世界一読解が難しい男だから補足説明しておくね。

 確かにサンジはゼフへの恩と負い目があるから自己犠牲するんだけど、なんで自分を大きく犠牲にしてまで力になりたがるかって、サンジが生まれ持って自分を犠牲にしてまで相手の為に動きたがる優しさを持っているから。元々そういう性格なんだよね。それで、ワンピースの世界における「優しさ(いいやつ)」って自分が泥を被っても相手の為に動くことを指す。サンジの場合は自分を盾にするどころか自分の夢や望みを生きることも犠牲にできてしまうほど相手の為に動けるから「度を超えて優しい」。

 サンジはWCI編の過去回想で一貫して献身性の優しさが描かれていて、幼少期から自分がボロボロになっても母親にお弁当を届ける子なんだよね。相手の為に動きたがるし、相手のために自分がボロボロになることを厭わない。サンジは恩と負い目の分だけゼフの力になりたい!と考え、そして自分の夢を犠牲にし、果ては命も犠牲にしてゼフの力になろうと極端な行為をしてしまう。

 読解力ゴリラの人はバラティエ編を読んだ時点でサンジが性格として優しいから自己犠牲するのを読み取れるらしい。だからサンジは初登場時から「心優しき料理人」なんだよね。ちなみに私は全く読み取れなくて普通にゼフへの恩と負い目で大きすぎて自己犠牲してるのかと思ってたし、その後の自己犠牲の理屈も全然わかっていませんでした。詳しくはサ釈。(200pくらいあるサンジ読解の図解解説同人誌を読んでください(宣伝)


  ルフィは誰かのために海賊王の夢を諦めることはないけど、サンジはそれができてしまう。自分を生きることを犠牲にしてまで誰かの為に動けてしまう。だからサンジは「度を超えて優しい」。

 あのね、サンジの自己犠牲って命を捨てる印象が強いんだけど実はちょっと違う。バラティエ編ってサンジの「死ぬくらいしないと恩返しできない(思考回路だいぶおかしい)」とルフィの「死ぬことは恩返しじゃない(超まともな正論)」が衝撃すぎてそっちに目が言っちゃうんだけど

 あれはそれ以上に「サンジが自分のオールブルーを見る夢を犠牲にしている」のが主題なの!バラティエ編はね、サンジが自己犠牲する(命を捨てる)話じゃないの!サンジが(自分を犠牲にするほど優しすぎるが故に)「“自分(自身の望み)を生きる”をすることができない」話なの!!

 サンジはさーーー、バラティエ編やWCI編の「重要」な話のときほど命ではなく「自分を生きることを犠牲にする」話が描かれてるじゃん!!!!!バラティエ編ではゼフの為に生きようとオールブルーを見る夢を噛み殺し、WCI編ではサニー号に帰りたいという自分の望み(どう生きたいか)を真っ先に犠牲にする。

 サンジの自己犠牲の問題の本質はこっちなの!!!ここにあるの!!!!優しすぎて自分を生きるをするのが下手くそになっちゃうのがサンジなのーーーーーー!!!!!

 なぜならワンピースは自分の信念を生きることがテーマの1つだからーーーー!!!!ワンピースはサンジの自己犠牲は否定し続けるけど、女を蹴るくらいなら死ぬって誇りは肯定するでしょ!?ルフィやゾロが信念に死が伴うことは肯定しているもんな?!?!!!?
 
 こいつはバラティエの頃からずっとこう!WCIでもこう!!優しすぎて自分の夢を叶える(自分の信念を生きる)ことを犠牲にしてまでゼフの力になろうとするのーーー!!!

 WCI編はサンジが命を捨てる話じゃなくて、サニー号に帰りたい(自分がこう生きたい)を犠牲にゼフも救いたいし仲間も傷つけたくない・最終的に家族も助けたいもやって全部一人で抱え込んでどん詰まりになる話じゃん!!!

 WCI編はサンジの出生のルーツの話であると同時に、サンジという人間がどういう人間かを改めて描いていると思ってて、だからサンジの生まれ持った優しさやゼフの息子としての誇りがすっごく強調されてるんだと思う。
 そして、そんなサンジがサンジという人間を生きるために必要なのが「仲間」。という話をやってるんじゃないかな~~~と思ってて。

 ここら辺はルフィとの対比を見るとすごくわかりやすい。ルフィは最初から自分の信念を生きるをやってて、自分という人間を生きるために仲間が必要なのを理解ってるんだよね。

 一方でサンジは自分の信念を生きる(オールブルーを見る夢)も、そして自分を生きるために仲間が必要なのもあんまりわかってない。

 サンジがなぜそれが下手かって、優しすぎる(自分を犠牲にしてまで相手の為に動こうとする)からなんだよ…WCI編のサンジはずっと仲間を傷つけたくないって考えで動いてて、だから仲間と一緒にやるって発想を持てない。サンジにとって仲間は傷つけたくない存在なわけじゃん。ここがルフィと違う。同じく仲間を大切にしているけど意味が全然違う。

 ワンピースという漫画において常に主人公のルフィは「正」なんだと思う。ルフィの生き方こそがワンピースという作品で肯定されている生き方。おそらくワンピは「信念を仲間とともに生きる」をやっている漫画なんじゃないか?

 だからアーロンパーク編でルフィは「おれは助けてもらわねぇと生きてけねぇ自信がある」って言うんじゃないか?そして散々言われてるだろうけどサンジはルフィに対比して描かれている。

 ルフィが
「自分の信念を生きる」と「自分の信念を生きるために仲間が必要」なのを持っているキャラであることに対し、

サンジはバラティエ編で
(優しすぎて自分を犠牲にしてまで)(ゼフのために生きようとし)自分の信念を生きることが上手くできない姿が描かれ、

サンジはWCI編では
(優しすぎて自分を犠牲にしてまで)(仲間を傷つけまいと)自分の在り方や望みを仲間と共にやる発想がない(頼れない)姿が描かれている。

 ワンピースの「生きる」には「自分の信念を生きる」という文脈が含まれている。
 
 サンジは”自己犠牲という過ち”を繰り返したキャラではない。サンジは”優しさのやり方”を間違えているのではない。サンジが80巻近く間違えてきたのは「自分を生きるのやり方」だ。

 自分を犠牲にしてまで誰かの為に動けるほど度を超えて優しい子だから、
 だから「自分(の望みを)生きるのが上手くできなくなってしまう」。

 これがバラティエ編から続くサンジの描かれ方じゃないか!?

  ルフィは自分の信念を生きるために仲間が必要なのを知っているけど、サンジは自分を犠牲にできるほど優しくて仲間を傷つけたくないから、自分を生きるのやり方(仲間と共にやる)がよくわかってないんだよ!!だからカリファ戦だって、「一人」で自分の誇り(自分の生き方)をやって勝手に死にかけちゃうし。ここはブラックマリア戦で綺麗に回収されたよね。


自分を生きてきたものが、自分を救っている

 私の思うサンジの人生の生き方と魅力は、サンジの意思ひとつで生き方を完結させられていないところだと思ってる。

サンジが自分を生きる為に必要な「仲間」という存在

 サンジはまじで生きるのが下手すぎて危なっかしくて、自分を犠牲にしてまで相手の為に動こうとする気質で自ら死にに行く子供か!?ってくらい危ういんだよな。

 それでサンジはWCI編でついにどん詰まりになって、なんかルフィにこじ開けてもらって助けてもらうみたいな感じになってて、ほら、サンジって普段はそんな雰囲気はないのに、急に自分を犠牲にし始めるし意思ゴリラで人の気持ちとか考えないし一度決めたらすげー頑固で超厄介だから。
 サンジって気遣いできる印象あるけど、気遣いする能力あっても本人が気遣いをしたいのではなく「仲間を傷つけたくない」の方で動く時はそりゃもうああいう感じになるからね。相手の気持ちお構いなしだからね。

 そんな感じで、サンジの自己犠牲はまあ身勝手だとかエゴだとか押し付けがましいとか自分を大切にしてない的にファンの間では言われてるんだけどね。根っこは自分を犠牲にしても誰かの為に動くっていう尊そうな概念なんだけど、サンジ自身の性格がね、自分がこうしたいって決めたら超頑なで厄介な性格してるからね。ああなっちゃうよね。いざとなると相手の気持ちを考えず「自分がこうしたい」の方で動いているのはゼフ相手の時からそうだからね。

 でもさーーサンジの「そういう危ういほどの優しさ(に付随する厄介な主体性の強さと意思ゴリラな頑なさ)」って、ワンピという作品で肯定されてる気がするんだよね。WCI編ってサンジが自己犠牲に至る考え方にはこういう問題あがりますって描かれてないんだよなあ。

 たぶんさールフィは別にそれでいいんだよね、サンジが超厄介な人間(全てを略した言い方)でも、そこも含めてサンジがいいやつで気に入ってるから仲間にしてるんじゃん。ルフィはサンジが(頑なで厄介な性格も含め)優しいのは気に入っているけど、でも自分自身の望みを犠牲にするのは絶対にさせない。

 サンジは恩人のゼフを救いたい。自分の生きる誇りとして家族も助けたい。でも優しいが故に仲間も傷つけたくないから仲間に助けてもらう発想がない。どうにもならないとわかってるのに逃げ出せず家族とともに暗殺されて死ぬしかないなんてやってる。そしてサンジには真っ先に犠牲にしてた自分自身の望み「サニー号に帰りたい」がある。

 サンジはさーーーサンジでいいんだよ、サンジが家族を助けたくて1人でどうにもできないなら、本当はサニー号に帰りたいなら、サンジの自分の望みが一人でできないなら、その自分を生きる望みを叶えるために必要なのが仲間なんじゃないのか!?

 ルフィは海賊王になるという自分の望みを叶えるために仲間が必要なのを誰よりも知っている。

 だから仲間の為に、ルフィの為に、ルフィを拒絶するサンジに対して、ルフィは「お前がいなきゃおれは海賊王になれねェ!」って言うんじゃないのか。サンジは仲間が大切だから仲間の為に自分を切り離す。ルフィは自分に仲間が必要なのを知ってるから絶対に仲間と仲間の意思を大切にする。二人とも仲間の為に動いているけどその意味は真逆なんだ。

 自分を生きるために仲間が必要なのを知っているのがルフィ。そしてルフィはワンピースにおける「正」だ。だから全てを一人で抱え込んだサンジの本音「サニー号に帰りたい(自分がどうしたいか)」けど「ゼフを助けたい」「家族も助けたいだから逃げられない」に対する返答は

 「それがお前だろ」(サンジの意思・サンジがサンジであることの全肯定)であり、
 そしてそこに続く台詞が「おれ達がいる」だったんじゃないかって。

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 85巻 149p|初版2017 デジタル版2019|集英社)

 サンジはサンジでいい。そしてサンジがサンジの望みを生きるために、サンジが自分を生きるために必要なのが仲間なんじゃないかって。でもサンジは優しくて仲間を傷つけたくないって考え方で動いててそれがよく分かってなかった。

 WCI編ってそんな話をやってたんじゃないかなあと思ったんだ。


サンジに手を差し伸べてくれる仲間がいるのは、サンジが自分を生きてきたその先にあったもの

 ルフィはサンジの飯を食わせる信念を人質にとって一方的な約束を言いつけて、サンジはサンジで仲間に絶対飯食わせたいマンで約束の場所におびき寄せられたり(?)、でもまあサンジもルフィが絶対待つような男なのを知ってるから行くんだろうし、ここら辺は80巻近く仲間をしてきてお互いを知ってる故の行動で面白いなあとか思いながら読んでたんだけどさ

 私が言いたいのはさ

 そうやってルフィがボロボロになって全力でお前と対峙しようとするのは、サンジの超厄介頑固をこじ開けて本音を言わせようとするのは、それは!!!それはお前がサンジだからじゃないのかーーーーーー!?!??!?!

 お前がそういうやつだから、お前がお前だったから、お前には手を差し伸べてくれる仲間がいるんだろーーーーーー!!!!!!!!!!!

 だってルフィはサンジが優しいから仲間にしたんじゃん!サンジの飯が美味かったからじゃなくて、ギンに飯を与えた姿を見て仲間にしようって決めたんじゃん。

 あのね、ルフィやゾロの自分を生きるが強すぎて、サの生き方が危うく間違っているように見えるけどあれは肯定されてると思うんだ。サンジの優しさは“自分を生きていない”ことにはならないんだよ。

 サンジが優しすぎて自分を生きるのが下手なら、サンジの下手くそな生き方と在り方に手を差し伸べてくれる仲間がいることもまたサンジが優しいからだと思うんだ。

 サンジの優しすぎる故の危うさは、自分の強い誇りと在り方を生きている故の縛りプレイは、仲間という存在によって補完されるものじゃん。そしてサンジにその仲間がいるのは、サンジが優しかったからじゃないのか?サンジがサンジという人間だったからじゃないのか!?!??

 それがサンジの「自分を生きている」だと思うんだよね私は。

 ルフィやゾロのように「自分を生きる」が自分の意思1つで完結してないのが独特だし、サンジだけを見ると危うく見える。サンジの優しさは危うさでもあるけど、サンジの優しい気質があったからこそ手を差し伸べてくれる周りの存在がいる。
 それも含めて全部がサンジの「自分を生きている」じゃないかなって思うんだよな。


自分という生き方の誇りを持って家族と対峙するサンジ

 私はWCI編のサが家族と対峙するシーン、お茶会で家族のテーブルに立つあのシーンがめちゃめちゃめちゃ格好良くて大大大好きなの!!ちょーーーーーかっこいい!!!

 サンジはさーーーー過去に囚われてる人間じゃないんだよねーー、サンジが自分に酷いことしてきた家族を救おうと思えるのは、サンジが自分で自分の人生を強く生きている証拠なの!!!クソみたいな家族が死んでいく姿をクソみたいな家族だからと見捨てるのは、それは過去から抜け出せず憎しみが残っている人間の行動なんだ。

 本当の意味で自分の人生を歩めている時って、憎しみや自分がどういう目に遭ったかではなく、自分がどう在りたいかの方で動くからさ、自分として胸張って生きている誇りの方で動くからさ。サンジは自分という人間を生きる誇りが家族への恨みを上回ってるんだなーーーーって。

 そしてなんでサンジがそれができるかって、ゼフの元で生きてきたサンジの誇りが、サンジが家族に対峙する強い支えになっているからじゃん。

 WCI編の序盤、サンジは食に敬意を払わず王族の驕りを持つ家族に対し「お前達の全てがおれの思想に反する!!!」って発言する。私は自分を生きて築きあげた価値観があるから家族の在り方を否定できる強く生きている子だと思ったんだ。でも違う。その次がすごい。

 サンジは自分の誇りとして家族を助けようとする。サンジは家族を否定しているのではなく、自分という人間と生き方を持って家族と「対峙」しているんだと思った。この「家族を助ける」は究極の「対峙」なんだよ。自分を虐げてきた家族に対して、サンジは自分という人間に誇りを持って対峙している。サンジは家族を否定しているんじゃないんだ。家族に対し「自分という人間の在り方」をやっている。

 は????いくらなんでも格好良すぎでは!?!?!?!?

血の分けた実の家族の死を嘲笑う程度の 小せェ男になったのかと…呆れられる
あの人に顔向けできねェ様な生き方は…
おれはしねェ!!!

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版87巻 17p|初版2018 デジタル版2020|集英社)

 はーだからサンジの人生は格好いいんだよ。サンジが今まで生きてきて自分という人間を形作ってきたものが、それが家族と対峙する力になっている。自分という人間を誇って生きている。ゼフの元を離れても、ゼフの元で育った自分とゼフとの絆や誇りはサンジの生き方に馴染んで常にそこに存在し続ける。本当に格好いい。

 父親を助けておいて「おれの父親はお前じゃない」って言うのは世界一格好いい流れなんだよ~~~~~なぜならサンジが家族を助けるのはゼフの息子として生きてきた自分の誇りだから!!だから父親を助けた後に出てくる言葉が「おれの父親はお前じゃない」なんだよ!!サンジがゼフの息子である自分を生きる誇りが、それが家族を助けるという行為だから。

 本当にサンジの人生と生き方は格好いい。


最後までサンジを出来損ない扱いする父親

 ジャッジとサンジの今生の別れのシーン、ジャッジが大声でサンジがいかに出来損ないであるかを演説する。あーーーーー好き!!!ここも大好き!!!尾田先生は本当に文脈構成と演出の天才なんだよなあ~~~~~~!?!?

サンジはジェルマの失敗作だ!!!
皮膚も盾とならず
メシ炊きに従事し王家のプライドもない!!
つまらぬ情に流され弱者の為に命を危険に晒す様な
  
脆弱な精神!! 兵士としてあまりに不完全な

出来損ないがその男だ!!!

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版89巻 184p|初版2018 デジタル版2020|集英社)


 サンジは私から見てもあまりにも不完全な男だ。なんかすげー自己犠牲してすぐ死にに行こうとするし、戦おうとすれば手は使わないだ女は蹴らないだと謎の高難易度縛りプレイをやってるし。カリファ戦では女を蹴らないをやった挙げ句に勝手に死にかけるような真似をするし。兵士っつーか人間として危なっかしくて不完全すぎる。サンジはそういう男だ。

 そして父親はサンジがそんなサンジという人間であることを「出来損ない」と評価する。それに対し、ルフィはジャッジに言い返すわけでもなく護衛の感謝を述べ

びっくりした 何であいつ急にお前のいいとこ全部言ったんだ?

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版89巻 185p|初版2018 デジタル版2020|集英社)

 と呟く。


 WCI編はあまりにも構成が美しい。WCI編はサンジのルーツの全てが描かれ、サンジという人間がどのような人間であり、どのように生きているかが描かれ、そしてサンジが自分という人間を生きるための仲間という存在が描かれている話だ。

 話はサンジが仲間の為に自分を犠牲にするところから始まり、壮絶な過去回想ではサンジが自己犠牲する優しさの由来が描かれ、そんな優しさを持ったサンジという存在を否定する家族が描かれる。優しさ故に仲間を傷つけまいと一人で問題を抱え込むサンジにルフィは対峙する。ルフィはサンジを否定する家族と対比されサンジがサンジであることを肯定する存在だ。サンジが一人でどうにもできないサンジの自分の在り方に、サンジの足りない不完全さに、仲間として力になる。

 80巻近く描かれてきたサンジの自己犠牲に、いや違う、”優しいが故”に「自分を真っ先に犠牲にし、仲間を傷つけたくないが故に自分自身の問題を仲間と共に乗り越える選択肢がなく、自分を生きるのやり方が下手くそ」なサンジに「仲間の存在」という答えを出す。そしてWCI編はサンジがサンジであることを否定する家族に対し、サンジがサンジであることを肯定する居場所として「仲間の存在」が描かれている。


 家族に存在を否定され壮絶で過酷な環境を生きた8歳のサンジが家出を決めた時、姉のレイジュはサンジにこう告げる


海は広い ・・・いつか
必ず 優しい人達に 会えるから!!!

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 84巻 55p|2017|集英社)



 ジャッジにとってサンジは出来損ないでいいのだ。出来損ないのサンジとは、王族なのに奉仕して、自分の命を犠牲に弱者を守り、あまりにも不完全な男なのだ。

 その出来損ないのサンジがルフィにとっての「いいやつ」なんだ。
サンジが不完全で危うくても、そのままサンジとして生きていていいのだ。


だって…それがお前だろ!!!
おれ達がいる!!!

(出典:尾田栄一郎|ONE PIECE カラー版 85巻 149p|2017|集英社)



 生きる居場所ってそういうことだ。



 実はサンジは8歳の頃から自分を生きる強い力を持っている。しかしサンジはその自分を犠牲にできるほど度を超えてしまっている優しさを持つが故に、大切な誰かがいると「自分を生きる」をするのが下手になってしまう。

 サンジはルフィやゾロのように図太く生きているわけではない。優しすぎるが故に、まるで綱渡りをするように危うくギリギリでその命が繋がれているようにも思える。

 でも、そんなサンジの持つ危ういほどの優しさが人生を紡いだその先にあったのが

 ルフィに気に入られ一味と共にオールブルーを見る夢の為に旅立つことであり、そしてやがてはサンジのサニー号に帰りたい望みに手を差し伸べてくれる仲間だ。そうやってサンジの命(自分を生きる)は繋がれている。サンジは自分を生きていて、今ここに生きる居場所がある。

 ゾロやルフィのように自分の意思を主軸に強く遂行され続けるものではなく、誰かによって繋がれている。危なっかしくて、80巻近くかけてサンジはやっと「仲間と共に自分を生きるをやる」ことが分かるようになる。でもこうやって生きているのも、また「自分を生きてきた」と言えるんじゃないかと思う。


 私はそんな、サンジが「自分の人生を生きている姿」が大好きなのだ。




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