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アブダクティブ・アプローチとは何か:『才能をひらく編集工学』より

経営分野の取材記者や編集者の仕事には、研究者としての側面も存在する。研究者の最大の務めとは、(推察するに)人類社会の前進に資する普遍的な知を抽出することだ。そこから考えると、経営分野をフィールドとする記者・編集者には、ビジネス分野に資するある程度普遍的な知が抽出できることが望ましいし、潜在的に言っても、ある一定以上のレベルにはそれが求められているはずだ。

取材記者としての仕事であれば、取材した対象者の談話内容やそれらの周辺にある事実情報から、組織や場所や時代を超えて役に立つかもしれない知見を抽出し、それを読者に提示する。編集者の仕事であれば、編集対象となる素材(著者の原稿など)から、同じようにそうした知見を抽出する。そしてこれを著者へと編集者の一意見としてフィードバックする。

もちろん、メディアの記事やいわゆるビジネス書においては、それらの知見について学術研究ほどの厳密性・普遍性の高さは求められない。厳密性や普遍性よりは、ニュース性や時代性という時間制約の中でアウトプットを提示することが求められるからだ。ただしそれでも、相応にレベル感が高い知見を抽出して提示できれば、やはりコンテンツとしての価値は高まることは間違いない。

そのような知見を抽出するうえで、ヒントになるアプローチがある。その一つが、今回紹介する「アブダクティブ・アプローチ」だ。

アブダクティブ・アプローチとは、編集工学研究所・安藤昭子氏の著書『才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10の思考法』(出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン)で紹介されている手法である。同社がクライアント企業に提供しているコンサルティングサービスで使っている手法の一つと推察される。

これは元々は、米国の哲学者であるパース(1839 - 1914)が提唱した論理学的手法「アブダクション」に基づく。アブダクションは日本では「仮説的推論」「仮説形成」と訳されている。本書によれば、「『ある現象の内に潜む仮説理論を引き出して提示すること』によって、推論を進めていく思考方法」である。

アブダクションに沿った具体的な論証プロセスの典型は、次の3段階だ。(なお下記は、本書の説明を読んだうえで、筆者にとって理解しやすい文言に書き換えた。元の文章は、ぜひ、本書を購入してご確認いただきたい)

1)<驚くべき事実C>が観察された。
2)しかし<説明仮説H>が真であれば、<C>は当然であろう。
3)よって<H>は確かなことであると考えてよい。

具体例を使って説明すると、次のようになる。

1)ある内陸の山で、大量の貝の化石が見つかった。
2)地球は地殻変動や隆起を続けていることを考えれば、もしかしたらこの一帯は太古、海であったのかもしれない。となれば、この内陸の山で貝の化石が見つかっても、それは当然であろう。
3)よって、地殻変動や隆起はこの地球における普遍的な活動であり、またここは太古は海であったと考えてよい。

知の導出という活動全般において、このアブダクションの価値はどう位置づけられるだろうか。私が著者の文意にそって解釈するに、アブダクションは、目の前に存在する「見えている事象」の背後にあるかもしれない、「見えていないメカニズム(=仮説理論)」への飛躍的な着想を実践者に促す。

当然ながら、最初に着想した見えていないメカニズム(仮説理論)が本当に妥当かどうかは分からない。検証を繰り返してその妥当性を高めていく必要がある(著者はその検証の繰り返しについては帰納法や演繹法が適用できるとする)。

現実の業務制約を考えると繰り返し作業には限界がある。ビジネスの現場であればなおさらだ。ただ、少なくともアブダクティブ・アプローチという「型」を知っておくことで、私たちは「見えている事象」は世界のごく一側面でしかないという真実を受け止めながら、その背後にある根本的な問題・課題、あるいは大きな動きにアプローチできる可能性が生まれてくる。

私の実感として、記事向けの取材・執筆業務や編集業務に、このアブダクションは相性が良い。例えば、何らかのニュース記事の対象として、企業の新しい取り組み(=個々の事象)を取材するケースを考えてみる。その取り組みをアブダクティブ・アプローチで眺めてみれば、その企業における歴史的経緯や、企業を取り巻く業界の状況、あるいはその取り組みの背後にある社会背景や時代背景に対して、注意力が及びやすい。

もちろん、取材記者は常に背後にあるもの(先の例で言えば<説明仮説H>だ)を調査しながら取材先を特定しているわけだが、こうしたアブダクションの考え方が常に「型」として意識化できていれば、取材する場合にも、また記事を執筆する際にもクリアな筋を通しやすくなる。ひいては記事の品質の安定化および向上にも寄与する。やや定性的かつ個人的体験に基づいた評価になってしまっているが、私自身は日々の仕事において、確かにそのように感じている。

著者はこのアブダクティブ・アプローチの解説において、パースの講演録をまとめたという書籍『連続性の哲学』(岩波文庫)から、我々知的生産者に対する重要な教えを要約・編集しつつ紹介している。この部分は極めて興味深い。以下、引用する。

「われわれの知識に襲いかかる有害な四つの形態」
・過大な自信に満ちた断言  
・絶対に知り得ないことがあるという主張  
・科学的要素は究極的であり、他の説明は寄せ付けないという態度  
・法則や真理は変わりようがないという思い込み

安藤昭子. 才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10 の思考法 (p.96). 株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン.

要するにこれら4項目とは安藤氏いわくの「決めつけ」である。我々現代人――とくに知的商売を展開しているとされる者であっても、日頃こうした決めつけを行ってしまっていることがわかる。

もちろん私にはこれら4項目を回避するための決定的な方法は見いだせない。ただ少なくとも言えることは、こうした問題点について、私を含めた市井の人々が、幅広く一般知識として知ることだ。

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