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生まれて初めて呼吸法に取り組んだ朝のこと――意識空間の奥から現れた「ポジティブな自分」のエピソード

私は長く、統合失調症に類する症状を抱えてきました。解説によれば、統合失調症とは「こころや考えがまとまらなくなってしまう」症状全般を指します(出所:統合失調症|こころの情報サイト)。私はまさにその特徴で、頭の中にいつも自分とは別の人格が住み着いているような状態でした。

(なお、「統合失調症に類する症状」と称している理由は、当時の私自身がそうした症状に対する知識も自覚もなく、それゆえに医師による明確な診断が下ったわけではなかったためです)

今から思うと、私にはごく子供の頃から、この傾向がありました。ただし、それが顕著に現れ始めたのは、ティーンエイジャーになってからだと思います。

より具体的に状況を説明しますと、例えばなにか行動を起こそうとする時、この“内なる声”――より正確に表現すれば”嫌な声’ですが――は、私に対して次々と巧みな批判を繰り出しました。「お前にはそんなことはできない」と批判したり、特に子供の頃は勉強で間違ったりすると非常に嫌な口調で私のことを罵ったりしました。その言葉は多くの場合、母親、父親、学校の先生など、様々な「権威者」の声色を借りていました。

今から思えばですが、子どもの頃の私は、この統合失調症的な症状によってとにかく生きづらい・暮らしづらい状態が続いていました。半世紀近く生きてきた現在の私からすると「よくぞ普通に生きていた」と労いたくなるほどの状態です。しかし当時は当然そんな比較ができるわけもなく、ただとにかくこの“内なる声”に意識が奪われ、右往左往するだけだったように思います。

20代に入ると、仕事の激務や人間関係の不和が原因で、この統合失調症的な症状がさらにひどくなりました。当時の私は、「この症状は自分の性格に由来するものであるため、自分でなんとか統御するしかない」という認識でした。また、この症状は私にとっては物心ついた頃からの「普通」であり、問題視はするものの医療の観点から捉えるべきものではないという認識で生きていました。

しかし、当時あまりにもその症状がひどかったため、仕事にも支障を来すようになり、体調もすっかりおかしくなっていました。そんな中でも、先に述べたように「それは普通ではない異常なことである」という自覚がほとんどなかったため、無理やり仕事を進めていました。

しかし、20代の終わりのある時、職場の同僚と会話をする中で、「どうやら自分の『別人格が自分を罵ったり馬鹿にしたりする状態』は、普通ではないようだ。他の人にはそんな声は聞こえないようだ」という自覚が出てきたのです。

当時はさすがに心身の調子の悪さから、断続的に心療内科にも通っていました。しかし鬱病の薬は私には特に合わなかったようで、逆に不安感が増したり、あるいは体調がさらに悪くなったりしました。

そうした中で出会ったのが、瞑想、ヨガ、導引術(気功術のうち特に健康増進に役立つ技法群)などの心身技法でした。

たまたま、インターネットを調べていてなんとなく購入した書籍の1つが、呼吸法のノウハウを記述した書籍でした。書籍のタイトルはもう忘れてしまいましたが、「朝、太陽の光を浴びながら深呼吸をすると心身の調子が改善する」といった内容が書かれていました。

もうこの書籍を手放してしまったのでうろ覚えですが、この書籍ではその方法を気功だとは説明していなかったはずです。ただ、今から思えばこれはまさに気功であり導引術の1つでした。

■意識の奥底からポジティブな人格が現れた

半信半疑ながら書籍に書いてある方法を実践し始めたところ、いきなり変化が生まれました。ネガティブなことしか考えられない、どんよりとした意識空間の片隅に、突然、非常にポジティブな人格が現れたのです。そして「よしやるぞ」「おれはこれからだ」「さあやっていくぞ」といった前向きな独り言を次々と言うのです。

これには驚きました。今から思えば、陽がまったく差さない曇天に突然、ごく細いけれども非常に強い太陽光線が、ほんの少し差し込んできた、という印象でしょうか。

あまりにも驚いた私は、瞑想法、ヨガ、気功法の書籍を次々と読み漁るようになりました。これに加えて各種の教室に足を運んでレッスンを受けたり、書籍に書いてある内容を自分なりに実践したりすることを始めました。

私はそこからほぼ毎日、これらの心身技法を実践し続けており、今に至ります。瞑想などを続けてもう20年ほどになります。

一方、冒頭から触れてきた、私の「頭の中で鳴り響く自分を批判する声」は、なかなか消えずに困りました。ただこちらは、20年近くにわたってさんざん苦闘した末に、母親が私に繰り返し実行していた「気持ち悪い行為」が一種の性的虐待(セクシュアルハラスメント)に類するものだと気がついた瞬間に、ぱったりなくなりました。(こちらの記事もぜひご覧ください:頭の中に「自分ではない声」を作り出した、母親のハラスメントについて|note )。

翻って、私はこれら心身技法の実践を続けることがなければ、私は母親に何をされてきたのかという「真実の気づき」には至らなかったはずだと思います。

そこから考えますと、瞑想、ヨガ、導引術などの心身技法は、私にとっては「人生の最大の恩人」であり、私の人生のクオリティを維持し高めるためのなくてはならない大切なツールです。

太陽の光を浴びながら呼吸をするという気功法を実践した当時の私は、確か28歳か29歳か、いずれにせよ20代の終わりでした。

今から思えば、それまでの約30年間の人生は、「前世」のようなものでした。そしてこの太陽に向かって呼吸をするという気功法を始めた20代の終わりのこの日こそが、私にとっては「ほんとうの自分の人生の始まり」だったのでしょう。

2023年5月7日、私の主催にて、瞑想会+ワークショップを開催します。ぜひ次のnote記事を御覧のうえ、お申し込みください。


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