コーギーが死んで、食欲が消えて、あとはそれから
10分くらい歩くとコーギーに会える、それが僕が住んでいる街のいいところだった。路地はくねくねしてわかりにくいし、道は一方通行と行き止まりまみれで、細い路地を必死にバックしながら抜けだすトラックドライバーのみなさんは本当に大変そうだけれど、とにかく僕はコーギーのいる街が気にいっていて、日当たりのいい時間になると彼専用の玄関ドアから出てきて、後ろ足を放り出しながら路地をみつめているコーギーのところまで.
ちょくちょく散歩していた。コーギーは僕よりずっと古くからこの街に住んでいる大先輩なので、「撫でさせて欲しいな」と目線を送ったり、おいでおいでと手を振っても、微動だにしない。いつものおまえか、みたいな感じで耳をピクっと動かしたり、鼻をひくひくさせたりする。
十二月の終わりごろ、突然食べ物が喉を通らなくなった。ご存知の通り、僕はとてもとても食い意地の張った人間で、一か月にも渡って食欲がほとんど消えてしまう、胃にものが入っていると吐き気がする、なんて状況を体験するのは生まれて初めてのことで。他にもちょっと困った症状がいろいろと出て(お尻から血が流れて椅子が真っ赤になっていると、困るよね…)いるので、昨年に続いてまた今年もいろいろな検査(どれもけっこう痛くて、お値段が張る)を受けろと指示されている。本格的な直腸検査の前に、ひとまずお尻にガツンと突っ込んで中を観察するあの道具(名前は知らない)も、なかなか衝撃的な体験だった。それでも、この数年で色んなことに慣れた気はする。考えてみればもう中年もいいところなのだし、大腸ガンの一つくらいあってもよくある不幸話でしかない。ずっと座って仕事をしてるんだから痔になるのも当たり前といえば当たり前だ。「痔なのは間違いないのでひとまず内服と座薬は処方するけれど、症状がどうなろうと腸の検査を受けなさい、次に来ても同じ薬は出しませんよ」と厳めしい顔で命じる先生はあまり理解されないタイプの善い人という感じがした。
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