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オーストラリアにみる都市木造の可能性

オーストラリア都市木造視察を通じて明らかになった木造化の動機は「軽量化」「古材のリユース」「施工性の向上」「現場環境の向上」「室内環境の向上」であり、「仮設性」もそれによって可能になっている。それをひっくるめての「低炭素社会への環境意識」であり、それがビジネスにつながるという意識が大きな原動力となっている。

いわゆる「デザイナーズマンション」が必ずしも立地の良くない敷地にデザインという付加価値を持ち込むことで新しいカテゴリーを作っていったように、必ずしもコンディションの良くない条件の中で都市木造化という付加価値をビルに与える。そういう時代になっているということだ。

2019年2月中旬にオーストラリアのシドニー、メルボルンを訪問し、非住宅中大規模の木造建築を中心に視察を行いました。

シドニーのボンダイビーチ側に宿泊。とはいえ遊んでいた訳ではありません。

最初はボンダイビーチ側のタウンハウスをAirbnb対応の民泊にリノベーションするプロジェクト。設計はAndrew Burges Architect。

オーストラリアでも一棟まるごと民泊用にする場合は年間180日までの利用という制限があるそうだ。日本と近い?

二階の自由な曲線を描く壁は、防蟻処理で黄色くペイントされたLVLが下地で、OSBやベニアで面をつくっている。

次はシドニー湾岸の開発エリアBarangarooへ。水際の豊かなパブリックスペースをもつ。東大に留学してきていたショーン君と再会して情報収集。

写真は大きな木造建屋が集合住宅などにコンバージョンされているもの。これがOKなんだから、新しい大きな木造ビルが建たない理由はないわな。

シドニーでの都市木造視察のハイライト、Barangarooエリアへ。お目当は2017年に竣工済みの木造ビル、International House Sydney(写真左奥のアクセンチュアのビル)だったが、ちょうど二期目に当たるDaramu Houseの建て方を見れた。1、2階はRC。現在6層目の建て方だったが、最終的には7層、延べ床面積10,000m2になるそうだ。

柱梁は大断面の集成材。床パネルは両端に集成材の梁を沿わせたCLTパネルのようだ。

とても良いタイミングで見れて大きな収穫。

International House Sydney。2017年竣工のシドニーを代表する木造ビル。ピロティ部分を支えている斜材は、敷地周辺で土中か掘り起こされた歴史的な古い木製杭を再利用したものだそうだ。

リユース可、という木材の可能性を示す良い見本だ。

ピロティ部の軒天への延焼はスプリンクラーで止める設計のようだ。

Barangarooで都市木造の大きな可能性を見たところで、タクシーでWoolloomoolooへ。お気に入りの木造ホテルと集合住宅のコンプレックスへ。埠頭に建設されている木造建屋を高級ホテル(当初はW。現在は名前と運営が変わっています)と高級コンドミニアム(ラッセルクロウとかも住んでいたとか、ないとか)にリノベーションしたもの。

写真だと分かりにくいかもしれませんが、トラスも貨物用のコンベアも木製です。

このスケール感は毎度痺れる。写真に写っているのは半分くらいの長さ。ホテルにも一度泊まってみました。高いので、一泊だけですがw

深尾先生のサジェスチョンに従い、Walsh bayの木造建屋群を再訪。埠頭の上の建屋群が、オフィス、集合住宅、劇場などにリノベーションされています。

写真はオフィス棟の足元越しに、集合住宅棟をみているところです。

スチールの補強が入っているとはいえ、なんとも華奢な構造は、地震国でないからならではでしょうか。

防耐火についてもスプリンクラーが多用されて信用されている?ようです。

メルボルンでCLTを武器に新興建設会社を立ち上げたAtelier Projectのお二人。

左のジェイソンさんはもともと超高層ビルなども手掛けていた現場監督。オーストラリアは現場監督さんもスター的な人がいて、優秀だと他社に引き抜かれたり、彼のように新しい会社を立ち上げたりするそうだ。CLTを用いた工事の生産性を高める工夫を続けている。

中央のロバートさんはオーストラリアの会社でKLHをはじめとするヨーロッパの会社からCLTなどを輸入する仕事をしていて、その後にこの会社に移ってきたそうだ。設計を担当。元々は耐震構造なども学んだそうだ。

メルボルンの新興建設会社ATELIER PROJECTSのジェイソンさんとロバートさんの案内でシドニー郊外のチャイルドケアセンターを見学。

CLTなどマスティンバーを柱とした新しい建設会社で、このセンターは最初のパイロットプロジェクトとして建設され、サスティナブル建築賞を受賞したとのこと。平屋で延べ床1200m2ほど。9日ほどで建て方が終了したそうだ。

CLTはニュージーランドのラジアタパインを用いたニュージーランド産。コストもあってインダストリアルグレードのCLTを使っているとのこと。パネル幅は2.2m。

メルボルンのBrunswickの4階建の長屋の現場。デベロッパーの希望でCLTを採用。コストの関係で今回は戸境壁とスラブにCLTを採用。一階は現場打ちのRC。二階から三層分の高さのCLTパネルを建てている。

一階は駐車場と住戸が一部。二階の幅4mのレーンウェイから住戸にアプローチする設計が面白い。

当初は短辺方向も長編方向もCLTで耐震要素とするはずだったが、開口幅を広くするような施主の希望でCLT戸境壁に直交する方向はスチールでの補強となったそうだ。

CLT以外の部分は在来的に作っているのであまり洗練らされてはいないが、CLT以外の部分も工場制作のパネルとかにすると面白いかも。

Lendlease社の10階建のCLT分譲集合住宅。この会社にとっては小さめの開発なので、実験的にCLTを用いたとのこと。

二階床までは現場打ちのRC。二階壁より上9層分がCLTパネル構造。耐火性にために基本的にはCLTは被覆されているが、軒天の部分はCLTを現しとしている。

上下階の音の伝達をとめるためにCLT床スラブの上に8センチ程度コンクリートが打たれているそうだ。遮音性や居住性には問題なく使われているとのこと。

Lendlease社の集合住宅の一階部分。軒はCLTパネルで出されている。

延焼防止はスプリンクラー。

メルボルンのドックランドのLibrary at the Dock。

入江の水上、既存の杭の上に建つ3階建ての図書館。柱梁は大断面集成材。床パネルはCLT。外壁はハードウッドで仕上げられています。

柱とダブルの梁は集成材。梁と梁の間は設備スペース。CLTスラブの下面は吸音のための有孔板で仕上げられている

柱とダブルの梁は集成材。梁と梁の間は設備スペース。CLTスラブの下面は吸音のための有孔板で仕上げられている。

階段はCLTをたっぷりと使ったデザイン。

三階の一部はルーバー屋根をもったテラスとなっている。雨がかりとなるため、ここは同じような構造形式をもちながらハードウッドを採用している。おそらく古材のリユース。

今日の午後ははメルボルン訪問のハイライト55 Southbankプロジェクトの建て方現場へ。

既存の設備階を含めて8階建のRC造のビルの上に、居ながら施工でCLT造のホテル10層を上乗せするというとんでもない!!??プロジェクト。写真のように現在2層分のCLTが乗ったところ。

何から書いて良いか分からないほど情報があったし、興奮した。

完成予想パース。低層の黒っぽい部分が既存の8階建のビルのうち6層のRC造分。2層の鉄骨造のトランジション階をを挟んでその上に10層のCLTパネル構造が載る構成。

1階がオフィスとホテルのロビー階。2-6階がオフィス(現在も稼働中)。7階と8階は設備スペースとプールなど。9階から18階が210室のホテル、というプログラム。

もともと将来上に6層程度の増築を想定して既存建物は構造設計されていたとのこと。今回はCLTを利用することで軽量化し、より多くの階を稼ぎ、事業計画上必要なホテル客室数を稼いだとのこと。完全に商業上の理由でCLTが採用されている。

低層階のRC構造は補強されているが思った以上に簡易なもの。オフィス階でも居ながらで補強がなされているそうだ。

都心の立地のため、荷捌きスペースはなし。道路の一部を封鎖したところでCLTだけでなく全ての資材を取り扱う。

CLTパネルはオーストリアのスプルースのKLH製が9割、1割ほどは最近生産が始まったオーストラリアのラジアタパインのものを採用。オーストラリア産のラジアタパインはニュージーランド産のラジアタパインより強度があるが、ヨーロッパのスプルースには劣るそうだ。輸入コストを加えたKLHのCLTと、新しく生産が始まったところのオーストラリア国産CLTは現在はコスト的には同じとのこと。本来はもっと安く、生産や輸送にかかる時間は短縮できるはずだとのこと。

耐火性を高めるためのプラスターボードが仕上げられる前の客室。壁から壁に出ている斜材は仮設の耐風材。

建て方時に内装用のボードなども一緒に各部屋に吊り込まれている。水廻りユニットも。

マニアックな写真。床のCLTパネルのジョイント、それを上から垂直に縫うパネリード、CLT壁パネルの足元に斜めに打ち込まれるパネリード、ロートブラスのアングル金物と補強プレート、開口部CLTパネルの足元の補助部分を現場で切り落とした跡、などが読み取れるでしょうか。マニア向け。

プラスターボードも貼られ、設備関係が施工されている部分。

電気設備にしろ衛生設備にしろ、最初は慣れない工事で高めの見積もりが出るが、実際にやってみるとRC造や鉄骨造より施工性が良いことも多く、見積もりは落ち着くつとのこと。

鉄骨造のトランスファー階からCLTパネル部分を見上げる。

今朝はメルボルンからシドニーへ移動。空港に荷物を預けてセントジェームス駅へ行き、MINTを見学。歴史的建築の保存で造幣局でもあった建物。シドニーに現存する最古の建築。最古といっても19世紀ですが。

部材の鋳鉄はビクトリア期のものでクリスタルパレスからつながるもの。英国から輸入されたもの。天井材は何かと思ったら、防火性や防犯性を重視したスレートだそうだ。

木材は当時はまだ木材が利用しやすかったのでシドニー周辺のものではないかという学芸員さんの話し(未確認)。

大興奮で写真を撮りまくる。

午後はシドニーCBDからUberで30分ほどの郊外にあるマッカリー大学のインキュベーションセンターへ。アーキテクタスの設計。

仮設のインキュベーションセンターということで、木造が採用されている。外壁も塗装されたベニアという割り切り方。

オフィスは博士課程の学生や卒業生に提供され、起業のためのセンターとなっている。

今回のオーストラリア都市木造視察を通じて明らかになった木造化の動機は「軽量化」「古材のリユース」「施工性の向上」「現場環境の向上」「室内環境の向上」であり、「仮設性」もそれによって可能になっている。それをひっくるめての「低炭素社会への環境意識」であり、それがビジネスにつながるという意識が大きな原動力となっていることが分かった。

「軽量化」
軽量化はいくつかのプロジェクトで決定的な役割を果たしていた。55 Southbankでは軽量さを活かし、10層の増築を可能にし、プロジェクト自体の事業的成立の条件となっている。
また湾の水上にたつ図書館Library at the Dockは既存の杭の上に建つものであり、木造でなければより低層のものになっただろう。

「古材のリユース」
International House Sydneyのピロティの斜め柱、Library at the Dockの一部に用いられたハードウッドの部材は、地中から回収された杭などの古材がリユースされているようだ。これは港湾地区の歴史性の表現でもあり、歴史の短いオーストラリアでは重要な歴史的記念でもある。
部材の強度が確認できさえすれば、古材であっても新築の中に取り入れられるのは木材の大きな可能性だろう。

「施工性の向上」「現場環境の向上」
今回いくつかの施工現場を見ることができたが、印象的なのは現場の作業環境の良さであった。
一定以上の規模の工事現場の大半はコンクリート造や鉄骨造だ。打設したばかりのコンクリートの匂いや、鉄を現場溶接する匂いなどは自分は嫌いではないが、その匂いや粉塵、工事で発生する騒音は周囲の住民などには悩みのたねであろう。地上11階相当の55 Southbankプロジェクトの現場は驚くほど静か。匂いもない。
オーストラリアにおいても大型木造の工事になれた職人がいるわけではないが、住宅などの木造を手がけていた職人のチームを育て、大型木造の施工チームとしているそうだ。
設備工事なども中大規模木造というと不慣れなためにマージンをとった高めの見積もりが出ることが多いが、実際には木造の方が施工が容易な部分も多く、2回目以降は適正な見積もりとなるそうだ。

「室内環境の向上」
論文などは今回見せてもらう時間はなかったが、CLTなどの木造建築で建設したチャイルドケアセンターでは、子どもたちの心拍数が下がるという調査結果が出たり、スタッフや保護者の精神が安定するといった結果も出ているそうだ。
そこから同様の施設の木造化、木の現しのデザインへの志向が発注者サイドに生まれているという。

「仮設性」
マッカリー大学インキュベーションセンターでは木造の仮設建築への親和性の高さがみれる。
これは軽量であることによる基礎などの簡易化、建材自体の安価さ、移設の可能性、部材の再利用の可能性などが複合してあらわれる。
仮設の建築物をつくるという後ろめたさ?を木造の特性が救ってくれるという言い方もできるだろうか。

そしてそれらを総合してあらわれてくる
「低炭素社会への環境意識」への適合性の高さが都市木造の大きな魅力であり、林業関係者や一部の建築家だけでなく、事業主側から都市木造を建てたいというニーズが生まれる背景だと言えるだろう。

メルボルンで都市木造を仕掛けるAtelier Projectのおふたりと話していて、シドニーの成功事例であるBarangarooのInternational House Sydneyの事業上の面白さがよくわかった。

湾岸の再開発エリアの一部ではあるが、水面には面しておらず、向かい側は崖やほかのビルで日当たりも悪い悪条件。普通にやると良いテナントもつきにくく、家賃も低く設定する必要がある。

そこに木造ビルという付加価値をつけ、アクセンチュアのような環境意識の高い良質なテナントをつけた。そこが肝とのこと。

いわゆる「デザイナーズマンション」が必ずしも立地の良くない敷地にデザインという付加価値を持ち込むことで新しいカテゴリーを作っていったように、必ずしもコンディションの良くない条件の中で都市木造化という付加価値をビルに与える。

そういう時代になっているということだ。


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