合縁輝船のコールアウト

 ■12月31日4時42分

 式根島には朝の七時二十四分に着くらしい。あと三時間くらいだ。甲板のアナウンスが、早朝を波立たせないようしっとりと予定を告げていく。喫煙所にいる数人が、アナウンスに合わせて手元のチケットを確認していた。この船は最終目的地である式根島に着くまでに、八カ所以上の島に立ち寄る。各々が降りる場所が違うのかも知れない。僕はそんな乗客達のことを横目に見ながら、廊下に続く扉に向かう。
 十二月の寒さは厳しく、廊下に出ただけでも冷たい風が吹き付けてきた。案の定誰もいない。早朝ということを差し引いても、この過疎具合だ。この船に乗っている客は数十人程度なのかもしれない。
 廊下に居る内に、新品のマルボロを開けておく。その時に、かじかんだ手がうっかり箱を落としてしまう。床に散らばった煙草を拾ってから、ちゃんと中に戻した。
 この時の為に買った強火ライターの具合も確かめた。寒風が吹き荒れる中でも、ちゃんと火が点く。数本を抜いてゴミ箱に捨ててから、いよいよ甲板に向かった。
 甲板は暗かった。まだ朝焼けが届かないその場所は、控えめな外灯の光だけに照らされている。こうして見る船は、まるで暗闇に進んでいるかのようで恐ろしい。それでも、自分はこの景色を見る為にここに来たのだ。マルボロを握り、暗闇の中に一歩踏み出す。
 その時だった。
「……あ、」
 向かおうとした先に、随分整った顔をした青年が立っていた。赤いダッフルコートの中は上下共に暗い色のシャツとズボンで、少しだけ寒そうだった。どことなく育ちの良さそうな雰囲気な彼は、寂しい甲板で妙に目立っていた。一人での有閑旅行か何かだろうか。ざあざあという波の音を聞きながら、じっと水平線を眺めている。
 完全に予想外だった。立てていた計画が全部崩れ去って、思わず小さく声を上げてしまう。その時、水平線を眺めていた彼がゆっくりと振り返った。

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