北海道旅行記

 北海道の札幌に住むのが夢である。腕時計を持たずに時計台とさっぽろテレビ塔で時間を確認して暮らしたいからだ。冬になったら雪まつり、夏はクマ牧場に行って、その他の時間はずっと小説を書いていたい。
 というわけで、4月某日、何も予定を決めずに北海道に旅行してきた。いずれ住むところなのだから、息せき切って観光しなくてもいいというのが私の意見だ。どれだけ北海道移住に人生をかけているのか。

 平日とはいえ旅行の計画自体はスムーズに決まった。
 普段、軟禁状態の私がしていることといえば小説を書くか本を読むかソシャゲをするかの三択である。映画も観ている。けれど、基本的には灰色の壁に囲まれた部屋で、窓から海を眺めて過ごしている。そんな人間に平日の旅行は夢のような話なのだ。
 今回北海道で落ち合った友人は北海道狂信者であり、とにかく北海道に辿り着けば人生がどうにかなると考えている人間であった。そして、私はと言えば『まあ何処に行ったって小説のネタになるだろう』と思っているような小説狂信者であった。こういう人間は例え内臓が破裂しても『まあ生きてれば小説のネタになるだろう』と言い出すので、とにかく見境が無い。破滅願望をもった人間は、大体がこういう衝動で生きているのだ。
 最早旅行は必然であった。そういったわけで、四月のド平日に北海道旅行に行ったのである。

 そういうわけで何も決めずに行った北海道旅行だったが、当然のことながらとても楽しかった。誰にも話したことはないのだが、実は私はとてもヒグマが好きだ。人間の力の及ばないものが好きなのだ。自然の驚異の擬獣化といっても過言ではないそれに魅了され、佐藤友哉先生の「デンデラ」を何回読んだかわからない。吉村昭先生の「熊嵐」も、本当に怖くて文庫本を枕元に置いて寝ていたことがある。(強くなれる気がするので)
 というわけで『札幌市アイヌ文化交流センター・サッポロピリカコタン』なるところに行った。とにかくヒグマが好きなのだ。ここではヒグマを入れておく『ヒグマの檻』の実物が見られる。ヒグマをここに入れて育て、然るべき時に食べるのだ。



 実際に使われていたものらしく、見られるのが嬉しい。結構大きいのだが、ヒグマが入ったら狭いだろうなと思う。私が入ると丁度いいはずだ。組み木が頑丈そうなのでそうそう脱出は出来ないだろう。この檻の中で死体が見つかったら面白いだろうな、と思いながらアイヌの方々の家屋などを見学する。(からくり式の自動ドアなどが見られて興奮した。ミステリーだ)
 ヒグマは二十頭くらい一度に飼っていたらしく、寒い日なんかは子供が寄り添って眠っていたというから驚きだ。親熊を目の前で殺されたヒグマは人間に従順になるのでそういうことも可能なのだという。そんなことをされたら私がクマでも従順になる。
 とはいえ、ヒグマの標本を見ると、まず親熊を殺して子供を従順にするというのが難しいことがわかる。私の父は常々「熊は鼻を攻撃した後、目を突けば倒せる。だからまずやることは打撃だ」と言っているのだが、私の身長ではヒグマの鼻に手が届かない。やっぱり勝てないじゃないか。
 私はまだヒグマ探偵デストロイドミステリーを諦めていないぞ。

 札幌市アイヌ文化交流センターの近くには定山渓温泉という温泉があり、とりあえずそこで一泊した。露天風呂からは雪の降る山や、静かに流れる川などが一望出来て本当に良かった。露天風呂に入っている最中に森の中の殺人を見てしまい、口封じに殺されそうになる……という展開にはならなかった。
 温泉を満喫した後は札幌に戻って居酒屋「にほんいち」の方に向かった。ストップ! と言うまでだし巻き卵の上に蟹を掛けてもらえるという「かにぶっかけダシ巻き卵」が食べられる居酒屋だ。

 たまらないですね。私は無限に蟹を掛け続けてもらって、この世界を蟹で埋め尽くそうとしていたのだが、隣に座っていた同行者がストップをかけたのでその目論見は叶わなかった。隣にいる人間がそんなモラリストだとは思っていなかったので、とてもびっくりしてしまった。人間が好きなんだな。
 蟹を食べながらホッケを楽しんでいる内はよかったのだが、ハスカップサワーをかぱかぱ飲んでいる辺りでわけがわからなくなった。ストロングゼロを飲んだらその日一日使い物にならなくなる人間が酒を飲むものじゃないのだ。
 その後は正直よく覚えていない。すすきのの辺りをうろついていて「もう一生帰らないからな」と呟いてけらけら笑うような人間にも優しい街だった。故郷の星が爆散した宇宙人のような気持ちになりながら交差点を歩いていると、ぬるい寂しさが粘膜に這い寄ってくる。 
 その後はまあ色々あってニューハーフクラブでお姉さんたちのショーを観たりして楽しんだ。ヒグマと蟹とアイドルが好きなのだ。ショー終わりのお姉さんに「アンタ、そのままのキャラで行くならアウト・デラックスに出るしかないわよ」とアドバイスをされる。
 その後札幌に泊る。友人とは宿が別なので、泥酔したままホテルに戻ったのだが、正直バスルームが寝室から丸見えであったことしか覚えていない。部屋の鍵を所定の場所に差し込むと電気が点く仕組みだったので、私に気づかれずに鍵を取ることは不可能に近い仕組みだった。安心だ。朝起きたら部屋に死体が出現しているということもなく、無事に起きた。

 その後は北海道神宮に向かった。北海道はコンビニのおにぎり人知を超えた美味しさだと聞いていたので試しに食べてみたら本当に美味しかった。
 北海道神宮はいい感じの枝が沢山落ちていたので、拾いながら友人を待った。公園を歩いていたおじいさんに「何で枝拾ってるん?」と聞かれたので、ここで事件が起こったら筆頭容疑者になるだろうな、と思った。小説では無意味に枝を拾う人間なんか出てこないだろうが、無修正の現実では私のような人間も出てきてしまうのだ。
 友人と合流し、絵馬を書いた。

 実のところこれ以外に思いつかなかった。
 北海道神宮はご利益のある神社らしいので、きっとこれからの私も安泰だろう。よかったよかった。友人は友人で、異常に圧の強い絵馬を書いていた。オーケイ、それでこそ。
 絶対帰らないぞ! と言いつつも飛行機の時間があったのであっさり帰った。北海道に住みたいと思いながら死んでいくのかもしれない。
 次に行くのは恐らく雪まつりの頃だ。今から楽しみだ。北海道の書店に出たばかりの私の新刊が置いてあったので、余計に北海道が好きになってしまった。ありがとうございます、そのまま次行く時まで置いていてください。

(了)

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