ハイムリック北崎、居酒屋で飛ぶ

 世界は謎で満ちている。いつ何処で物語が始まるか分からず、名探偵はいつ何時『要請』されるのか知ることはない。現に、絵里坂の友人であるハイムリック北崎なんかは、日頃から事件のある度に西へ東へ駆けずり回っている。いくら彼が探偵として無能であろうと、その行動力だけは一目置かれるべきだと思う。恐ろしいことに、探偵というのは年中無休なのだ。死体の前で有休を使うのは、なかなかどうして赦されない。
 事件は場所を選ばず、ミステリーはいつ何時でも現れる。例えば、二人で飲みに来た居酒屋であろうとも、謎解きの種は転がっているのだ。
「なあ、絵里坂。推理対決をしよう」
 だからこそ、北崎はハイボールを片手にそんなことを言ったのだろう。世界はミステリーに満ちている。焼き鳥にハイボール、そして冷やしトマトを囲んだこの場所ですら、謎解きを引きずり出す心づもりなのだ。
「そうきたか……」
 そんな北崎を見て、思わずそう呟いてしまった。北崎のグラスはもう半分ほど空になっている。彼の体の中にグラス半分のハイボールが移動したことだろう。単純な『推理』だ。見慣れた目が充血し始めていて、いよいよまずいな、と思った。一番北崎のテンションが乱高下する頃合いだ。


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