煉獄の変奏、あるいは一切の希望を捨てよ(上)


 母親が料理上手で怖かった、と鞠端は言った。
「ウチは母親が忙しくてさ。なかなか一緒にご飯食べれなかったんだよ」
 目の前にあるステーキを小さく切り刻みながら、鞠端は目を細める。よく叩いた分、柔らかく仕上がっているようで何よりだった。俊月もせっせとステーキを口に運んではいるのだが、今回ばかりは冷静に客観的に味を評価することが出来ない。鞠端の僅かな反応から窺うしかないのだ。
 あくまで自然に、ともすれば素っ気なく俊月は尋ねる。
「料理上手で怖かったというのは?」
「あーうん、だから、母親と一緒にご飯食べる時は、メチャクチャ張り切られたわけ。料理好きだし、あんまり無い機会だしってことで。だから、超頑張られちゃうんだよ」
「なるほど、いいことじゃないか?」
「端的に言うと、食卓にハンバーグとビーフシチューと唐揚げが並んで、炭水化物枠はオムライスだった」
 一見すると夢のようなメニューだった。歳華なら無邪気に喜びそうなラインナップだ。それだけのものを一度に作るのは結構な手間だろう。それらのメニューには相関関係がまるで無い。合挽肉、牛肉、鶏肉。
「料理ってさ、期待だろ。応えられないと怖いじゃん。全部食べなくちゃいけないみたいで」
 俊月にとってはそういうわけでもなかった。勿論、全て食べて貰えたら嬉しいが、作った時点で目的は殆ど果たしたようなものだった。料理なんてきっとエゴイズムの塊なのだ。
「俺は期待に応えたかったよ」
「全部食べたのか」
「ゲロ吐いた俺の背中を優しく撫でる母親の顔が好きだったから」
 そう言って、鞠端がステーキを一切れ口に運ぶ。
 その肉への抵抗がすっかり薄れたからか、あるいは『手料理』というものに母親の影を見ているからか、ともあれ鞠端はただただ真面目に人肉を口に入れていく。その様子は、丁寧に形作られた壺を扱うかのようで、そこだけは何だか嬉しい。
 鞠端は例え吐きそうになってもこの料理を平らげるだろう。そう思うと、俊月は奇妙な感覚を覚えた。一歩間違えれば殺されるような、狂気の食卓だというのに。まるでアットホームじゃないか。
 俊月は一つ頷くと、かつて普通の女性であっただろう肉を口に運ぶ。濃い味付けをしたそれは、牛肉や豚肉と大差ない。

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斜線堂有紀

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