死体埋め部の狂騒と焦燥

 酔っ払いの扱いがこんなに大変だということを、祝部は初めて知った。大学に入るまで酔っ払いの相手をする機会が無い所為もあるし、目の前の先輩は今まで意外と理性的に過ごしていた所為もある。人を食ったような態度は如何なものかと思うけれど、それもまあ魅力の一つと言い切れなくもなかった。それがここにきて、何杯かも分からないハスカップサワーの所為で、全てぶち壊されてしまったのだからたまらない。祝部にだって心の準備があるのだ。
 別に悪いとは言わない。誰だって羽目を外したい時はあるだろう。ただ、今のこの場所では、その煽りが全て自分に来てしまうのが困る。ここは北の大地北海道だ。この大地で祝部と織賀は二人きりだった。つまり、織賀の相手をするのは祝部しかいない。件の先輩は大通公園のベンチに座り込みながら空を眺めている。暢気なことだ。なるべく刺々しく聞こえるように、祝部は言う。
「織賀先輩、気が済みましたか」
「んー? んあー?」
「お望みのさっぽろテレビ塔の感想は? 完全にだから昼間に来ましょうって言ったじゃないですか」
「やあー、まあそうだよなぁ」
 大通公園は数組のカップルや酔っ払いが点在しているだけで、概ね人の姿は無い。それもそのはず、公園のシンボルとも言うべきさっぽろテレビ塔はとっくに閉まっている。本来なら昼間に来るか、ゴールデンタイムに訪れるべき場所だ。日付変更線が目前に迫っている時に来る場所じゃない。
 目をあからさまにとろんとさせた織賀が「さっぽろテレビ塔に行きたい」と言い出した時点で、きっぱり断るべきだったのだ。けれど、このまま居酒屋で朝まで過ごすか、テレビ塔に寄ってからホテルに行くかの二択を提示された時点で、祝部の選ぶ道は一つしかなかった。
「いいだろ! お前だって行きたいだろ! 札幌来てさっぽろテレビ塔に行きたがらない人間なんていねえもんな!」
「さっぽろテレビ塔……いや、確かに気になるといえば気になりますが、もう十一時過ぎですよ? まだ展望台とか登れるんですか? そうじゃなきゃ行っても仕方ないような……」
「知らねえのか? さっぽろテレビ塔は日本で唯一、二十四時間開いている観光施設なんだよ。これはかの函館戦争での経験を生かした措置であり、まずいことになったら誰でもここに逃げ込めるようになってるんだな。最近では急な災害対策の備蓄? なんかも行われていて、モデルケースっぽくて、つまりは先進的なんだよ」
 織賀はそう言って、軽やかに笑った。その笑顔はあまりに屈託が無かった。それに加えて、例えば付箋塗れのことりっぷ、あるいは完璧にリザーブされた飛行機なんかが信頼を底上げしたわけで……。『夜景の一つでも楽しんでやろうか』なんて気持ちで、織賀に着いてきてしまったのだ。正直に言おう。騙されたのが悪かった! けれど、この一連の尤もらしい言説を、いつになく真剣な声で囁かれて信じない人間がいるだろうか? 何しろ祝部は北海道にすら初めてやって来たのだ。二十四時間営業のコンビニエンス・タワーの存在もあるのかもしれない……と思ってしまうのも無理はない。
 そんなはずがない! テレビ塔は十時で閉まる!

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