レ・クレドールってなんじゃらほい(その歴史)
さて、そのコンシェルジュの集団であるレ・クレドールだが、どのようにして発足したのだろう?
レ・クレドール結成
言葉で察することができるでしょうが、レ・クレドールの発祥はフランスのパリ。どうしてこういうカッコいいものはフランスから出てくるんだろう…という疑問はさておいて、第一次大戦後にいわゆるツーリズム、というのがだんだん盛んになり、パリやロンドンといった都市には数々の豪華なホテルが建てられてきた。今のシティホテルの原型ですね。そうすると、そのようなホテルに泊まるゲストのリクエストに応える専門職が必要とされ、コンシェルジュという役職が目立つようになって来る。
そして1929年に、パリはHotel Ambassadorのコンシェルジュ、Mr. Pierre Quentinが主となり、パリの主だったホテルコンシェルジュが一堂に会して、レ・クレドールが結成された。その年の終わりには最初の総会が開かれ、Mr. Quentinが初代プレジデントに選ばれた。
1929年というのは、ちょうど二つの大戦中の時期で、まあめちゃくちゃ豪華な時代だったようですね。フィッツジェラルドやヘミングウェイといった、現代文学を代表する作家が滞在していたり、クラシック音楽界ではモーリス・ラヴェル、ストラヴィンスキーなどが活躍していた。美術でいえば、ピカソもこの時代はパリにいたようだし…すごい時代だなあ、これは。
…ということは、その当時のコンシェルジュはこういった人たちの世話をしていたのか…。フィッツジェラルドに代表されるように、パーティーアニマルばかりだったから大変だったろうなあ…あ、今も有名人は同じようなものか。
その当時の写真を見ると、ちゃんとLes Clefs d'Orという呼称を使っているし、金の鍵のロゴも入っているのが分かる。
その後は、第二次大戦が始まり、パリはナチスドイツに占領もされたりと、ホテルは受難の時期を迎える。
レ・クレドール、ヨーロッパに拡大
戦後しばらくし、、Mr. Ferdinand Gilletというコンシェルジュがプレジデントになることにより、レ・クレドールの世界はさらに広がる、文字通り。
これまで、レ・クレドールという団体は、あくまでもフランス一国に限られた団体だったのだが、このMr. Gilletの尽力により、1952年にカンヌで初めての国際会議が開かれ、ここでレ・クレドールは国際組織となった。ちなみにその当時の参加国は、フランス、ベルギー、デンマーク、イギリス、ドイツ、イタリア、スイスの7か国である。
Hôtel Carlton – Cannes, 1952
なお、正式名称は…めちゃくちゃ長いけど、Union Européenne des Portiers des Grands Hôtels “Les Clefs d'Or,”
実は昨年のレ・クレドール国際大会は、この1952年から数えて65周年ということもあり、まさにこのカンヌで開かれた。この集合写真が撮影されたHotel Carltonは、現在はインターコンチネンタルホテルになっているが、外観などはこのまま。
館内には、このホテルでレ・クレドールが結成されたという記念碑があり、わたしもその前で写真を撮りました!
その後、毎年のようにヨーロッパの国が加盟してゆき、レ・クレドールは徐々に広がっていく。
さて、この続きはまた次回!
(注)この記事に掲載した歴史的な写真は、わたしが所属するレ・クレドールのウェブサイトよりお借りしました。