寅 薬 師    第一日目 -1-

 4月7日木曜日。午前9時半。清々しく晴れた朝である。一番札所、坂戸市戸口龍福寺。薬師堂の正面には生垣の門が設えてあり回向柱に結ばれた五色の紐が朝日と青空に映えて美しい。すでに数人の姿が見え、御開帳の始まりに心弾む雰囲気だ。それぞれ朱印帳を手にしており、同好の士に間違いはない。
 札所めぐり、というのは初めてである。薬師堂の向かって右側の木戸が開け放たれていてその前に3人ほど並んでいた。堂内には三人の人がおり、ご僧侶が忙しそうに木机に向かい筆を動かしている。お寺の半纏を着た二人が朱印帳やお金のやりとりをしている様子。「御朱印 三百円」と表示もされている。前の人と同じようにすればいいのだろう、ようく観察をしておいて自分の番、ドキドキしながら書いていただいたものを見れば、「薬師如来」と中央に大書、左に「令和四年四月七日 龍福寺薬師堂」と筆の文字。朱印は梵字で薬師如来の種子ベイ、と「第一番」、寺号印。「奉拝」は墨印。葉書ほど大きさの白い紙面が急に賑やかになった。いや、ありがたい、面白い。これを訪ねた先々で繰り返していくのだな。
 さて、二番沢木薬師堂。ここは下見でいささか苦労した所。道から少し奥まった集会場でなんの変哲もない民家様の建物だが、今日ばかりは遠くからでもよくわかる。赤い幟が立っている。行ってみれば待ち構えていたかのように快く受け付けてくれる。二頁目に三つの朱印がおされペン文字で日付が書かれている。そしてA4の紙を縦長に使った短冊状の書置き御朱印も下さった。三番は長岡泉福寺、赤い幟が目印だ。二番と同様大きな書置き御朱印だ。四番毛呂山町大類大薬寺、なんらか仏事があるのだろうか、薬師堂の前にパイプ椅子がホールの座席のように並べられ大勢の人々が集いざわざわ雑談をしている。お堂をのぞくとご僧侶がなにやら支度をされていた様子で、御朱印を頼むとそれでも快く応じてくれた。朱印、墨印で手早く三頁目を仕上げる。
 五番大久保智福寺。赤い幟はあるものの人の気配が感じられない代わりに貼り紙がある。御朱印は六番大栄寺でお渡しします、という。そこで坂戸市厚川大栄寺薬師堂へ向かう。お堂の右手の長机で若奥さんが出迎えてくれる。住職をすぐに呼びますから少しお待ちください、紙コップのお茶をもてなして下さる。ご住職もかけつけ堂内で筆を執る。お茶だけでなくアマビエの金太郎飴も下さる。さらに薬師信仰をやさしく説いた漫画付きの3枚つづりの七十二ヵ所の一覧も。そうこうするうちにご住職の御朱印ができあがる。五番智福寺と六番大栄寺、加えて七番の分も「無住ですので」と用意してくださっていた。ということは当然、三ヵ寺分のお礼をお渡しすることになる。七番鶴ヶ島市上新田長福寺、七十二薬師をめぐるが寅薬師なのだから現地へ行かねば。無住ではあるが回向柱と五色の紐はきちんと設えてある。
 八番鶴ヶ島市高倉高福寺、入口には「高福寺跡」との表示がある。ここに来るのは初めてではないが、かつて人の気配を感じたことはない。何もないかもな、不安な気持ちで行ってみると貼り紙だ。コロナ感染拡大防止のため御朱印、接待の対応をしない、とある。いや感心した、ちゃんと管理している方があるのだ、しかも参拝者へのメッセージを明示してくれている。
 しかし坂戸市三光町の九番花影薬師堂、ここは集落の集会所、人の出入りはありそうなのだが、残念ながら回向柱も幟もなく、取り付く島もない状態であった。朝から順調に巡ってきたが少々拍子抜けの心持ちとなる。
 その真逆だったのが十番坂戸市元町薬師堂。とても大勢の人々が集い、せっせと御開帳の準備をしている。賑やかに幟もたくさんはためき、いくつもテントを組み立てていて、皆忙しそうに動き回っていて、とても御朱印対応どころでもなさそうだ。一番龍福寺を凌ぐ大勢の人で活気に満ちた十番である、作業の邪魔をしてはいけない、ここは改めて後で来よう。
 十一番鶴ヶ島市脚折善能寺。大きな伽藍、手入れの行き届いた境内、薬師堂と回向柱。しかし人の姿がない。本堂の横の玄関、庫裡の玄関、インタホンを押してみるのだが返事がない。困っていると、後から来られた同好の方が、本堂の戸を開け声を掛けてらっしゃる。なんでも本堂の中にご住職もおられたらしい。おかげで御朱印もいただくことができた。御朱印を待つ間、声を掛けてくださった同好の士「このお寺には大好きな詩があるんですよ」と、本堂の裏手の石碑を教えてくれた。サムエル ウルマン「青春の詩」。知らなかったなあ、見ず知らずの方のご好意、これもお薬師様のお導き?いただいた御朱印も見事なものだった。30歳そこそことお見受けするご住職の今後のご精進がとても楽しみだ。
 朝から次々と札所を訪ね次はもう十二番だ。七日間で七十二カ寺を巡ると思えば、単純計算では今日のノルマはこのあたりで果たせたことになるけれど、いや実に刺激的で面白い。そろそろ正午でもあり、藤金法昌寺で一区切りとしようか。関越高速に隣接するこのご寺院には寅薬師御開帳の雰囲気は皆無であった。幟も回向柱も人の気配もみられなかった。まあ良い。初日午前は大いに楽しむことができたぞ。


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