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いろんなことが起きてたSNS。と7月21日(日)の日記

今日は缶コーヒーの微糖を氷入れて飲むと美味しいということに気づきました大久保です。(甘いからこそ薄くなると美味しい…)


今日の思考

この土日は、いろんなことが起こり、いろんな感情が表に出て、人を傷つけ、傷つけられるということが顕著な2日間だった気がします。

SNSというのは、
誰かにとっては、現実とは違う自分を見せる場所であり、
誰かにとっては、現実の延長線上であり、
誰かにとっては、現実からの避難場所である。
(他にもたくさんの側面があるかもしれません)

と思っていて、そうした中でSNSから入ってくる情報というのはどういう感情を巻き起こすのか。どう言った事態が起きるのかを把握しきれないし、把握していても全てを回避するのはできないのではないか。と思っています。

それこそ、全てを回避したいならSNSを使わない。何も発信せずROM専(受信するだけ)に努めれば良いのかもしれません。

ただ、SNSによる情報の多様化、人との繋がりと言ったものは、こう言った負の側面を補いきれるくらいの正の側面があると思っていて、事実だからこそ炎上が起きたり、悲しいことが起きても人々はSNSから逃れることはできないのだと思っています。

僕は、それこそ思想というものを持っているようで持っていない人間で、それは何というかSNSを見ている中で形成された気がします。
炎上して、叩かれる人たち、現実世界まで壊されてしまう人たちを見ると、どれだけ自分の意思が清いものであったり、強いものであっても悪意の元や、悪意だと知らない純粋な狂信者にボコボコにされるのだと、そう思うのです。

そう言った中で、政治について考える時や、何か大きなテーマで議論をしなければいけない時、思想がないというのはあまりにも無力で、これからは思想を持ち、反対勢力に攻撃する人に知らぬ間になっていくのだろうか…と不安になった2日間でした。


今日のインプット

映画:天気の子

OGPが完璧な映画のサイト、久しぶりに見た気がします…


記事:以下

アダムスミスは国富論において、国家がなすべき役割は、
国防・司法行政・公共施設の整備
の3つを担うべきだと言ってる(出典:https://vicryptopix.com/adamsmith/)んですね。ここでは別の視点で描かれてて面白いなと思いました。(少し被ってはいますが)

結構、国の役目って何だろうって考えるのは大事だし、まさに、殺人はなぜいけないのか?(なのになぜ国は許されるのか?)みたいなことを考えるのって結構重要な視点だと思っています。


自分の意志を貫けないような国家の状況に生まれたとしたら? 今の時代ではなく、たとえば戦時中に私が生を授かっていたとしたら? 同じ人間であったとしても、絶対に今と同じ「私」にはなり得なかった。であれば、今私を形作っているものは何なのだろう──。そんなことを、考えるようになった。



今日の雑記

今日は友達に誘われ、高校野球を観に球場へ。久しぶりのリアル高校野球を観ましたが、やっぱり良いっすね。経験してないけど、経験したかったなーと思う数少ないうちの1つが高校野球に出ることだったりします。

そのあとは「天気の子」を観ました。
いや、衝撃がえぐかったです。なんか、「君の名は」が強すぎてあんまりなんじゃないかみたいな個人的な予想があって、あんまり気にしてなかったんですが、口コミの評価高くて、観に行ったわけなんですが、これはヤバイっすね。色々と風刺にとんだりしていて、個人的には大好きな作品でした。


サポートしていただいたお金は旅の資金にさせていただければと思います。新しい刺激をもらいにいろんなところを旅したいです。