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夜行バスで、夜間飛行

バスなんだから、飛んでいるわけではないが、
心地は“夜間飛行”…
有名な高級ブランドの香水の名ではあるが、実情は質素そのものなのが、私の旅スタイル。

学生の頃から、フィールドワークは、夜行バス往復が常だった。

私は、研究分野の専門柄、
かつて畿内といわれた関西方面へ、
ひとりで実地踏査のフィールドワークをすることが、
ライフワークであり、心の糧でもある。

夜行バス利用は、もともとは交通費の節約のためだったが、そのうち、時間節約が主要となった。
早朝に着き、深夜に帰路につく…古刹は早朝から行けるところも多いし、日没以降はカフェや駅の待合室で記録を書く時間にあてられる。
一日で一泊二日分くらいの時間を使えるのが、最大の利点である。

また、私は外出の際、戸締まりなど家を出るまでが一番大変で時間がかかるため、
朝早くに起きてバタバタ出かけるより、夜のうちに出かけたほうが、せわしなくならずに済むという理由もあった。

バスタ新宿の夜

よく言われるが、夜行バスは、たいてい安眠できない。
狭いし、姿勢に無理がかかるし、疲れて身体がガタガタになる、隣近所の座席の他人の気配やイビキが気になる…など、
夜行バスで出かける気が知れないと、特に社会人になって以降、呆れられることが多かった。

私だって同じで、腰は痛くなるし、脚は浮腫むし、ほぼ眠れない。
翌日の用事が、会社での会議みたいな仕事だったら、絶対に無理だと思う。

けれど、安眠目的で夜行バスを使うわけではない。
フィールドワークは遊びではないが、基本的に好奇心に満ちあふれた踏査が目的なので、たいていはワクワクの旅になる。
だから、旅先に着けば、夜行バス疲れなど吹き飛んで、一日歩きまわれてしまう。
帰路においては、一日の歩き疲れ・興奮疲れで、熟睡はできなくとも、まぁそこそこには眠れる。
ただし帰ったその日は、仕事も用事もいれず休みにしておかないと、心身ともに使い物にならなくなるが…

最近は、個室タイプのデラックスな深夜バスもあるそうだが、私は、一人掛けの3列シートが最低条件である以外、バスに贅沢を求めていない。
そのぶんのお金を、旅先で資料購入などに使ったほうがいい。

実は、ただ移動するだけのことなら、経費的に新幹線でも問題ないと思っている。
新幹線での旅も、車窓が楽しめるし、ゆったり座れて、好きではあるが、
移動が早すぎる上、新幹線を使う場合は時間に急かされることが多く、
ゆっくり思索したり、気づきや感慨を味わうゆとりのない、せわしない旅になりがちな難がある。

長くフィールドワークのひとり旅をするうち、
夜行バスで移動中の、眠れぬ長い夜を過ごす、思索の時間も、
行程として欠かせない、貴重な「旅」のひと時になっていた。

現在、運航休止中。このバスが安心で好きだった。

行きでは、これから旅という非現実に向かう、さまざまな思いが、
車窓を流れるカーテン越しの高速道路の灯りと共に、流れ続ける。

自分自身が、物語となって、内省の文章を紡ぎ出しているように。

帰りは、道行きの余韻にひたりながら、まどろみと共に、ゆっくりと日常へ意識を戻していく。

たいていは、思考が流れては消えるに任せているが、時として書き留めたくなることもあり、
近年は、ポメラDM機なら狭い座席でもなんとか開いて打てるので、酔わない程度に、とりとめなく書いたりする。

スマホの点灯は、時に周辺の席の眠りを妨げるクレームとなることもあると聞くので、極力使えない。
手書きは、あとで読み返せない字になる上、長く書くと確実に酔う。
その点、ポメラは有難い。

ちなみに、ひとりで移動時には、常から耳栓や、イヤホンで音楽などを聴くこともしない。
耳を塞いでいると、外部警戒が希薄になるため、防犯上よろしくなく、ご法度だと思っている。
隣は何をする人ぞ…もわからぬ中、
ヘッドホンかけて眠ってる隙に、こっそり他人のバッグを探るスリや、若い頃は、夜行バス痴漢にあう危険も、よく聞いていたので。

慣れてしまうと、バスという密室内での、眠りの気配やちょっとした雑音も、ある種の風情に感じられる。
昔の喫茶店やカフェで、周囲のひそやかに話す声や、読書や勉強の気配が落ち着いて感じられたのと、同じ感覚になる。

関東方面から関西方面への、夜行バスでの移動時間は、だいたい七時間くらい。
文字通り、深夜から朝に向けての時間旅行。

バスという箱の中で、刻々と「ここではないどこか」へ運ばれていき、
夜から朝へ、向かっている。

この箱から出る時は、日常を離れた、恋い焦がれていた土地に、解き放たれる!

目覚めたバスの中で、朝の景色!

その、解き放たれる前までの、
閉塞した暗闇の中の内観の時は、
心の飛行時間。

それゆえ、夜行バスでの時間を、“夜間飛行”と呼びたくなる。

私は、たとえ仮に大富豪になれたとしても、
フィールドワークは、ひとりで、
夜行バスで、安宿に泊まり、オシャレとは程遠いジーンズにスニーカーで、リュックを背負い、ひたすら深耕の史跡を訪ね歩く、
俗に言う“質素な苦学生スタイルの旅”を、
生涯やめられない。


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