【おばあちゃんの知恵】と【帰納法】証明できないは最強かも説


「証明してくれたら、説明してくれたら、見せてくれたら、あなたの事を信じます」



「何でかは自分でもよくわからないけど、あなたが言うんだから、あなたの事を信じます」



このようにこの世の中には二種類の人間がいると思う時はないですか?答えがあって信じる人と、信じてから答えを探そうとする人。



答えがあって証明できて信じる人は「この薬を飲めば、あなたの病気は治ります。」と言われたらどうするでしょうか。「何でですか?証拠はあるんですか?治った人はいるんですか?科学的根拠はあるんですか?」



一方、信じてから答えを探そう証明しようとする人は、「あなたが言うんだからあなたを信じます」



というように、前者は答えが出るまでは薬を飲もうとせず、後者は薬をすぐ飲みます。行動が違うので当然結果も変わります。



昔の人の話の中に、よく理解できないなと感じることはありませんか。



先人の知恵とか、因習にまつわる迷信みたいなもの、おばあちゃんの知恵とか呼ばれるものの中には理屈ではうまく説明できない、理屈ではうまく割り切れないことがあると思った時はないですか。



おばあちゃんの知恵と呼ばれるもののなかにも、もしかしたら、経験という統計の事をいってるのかもしれないと思ったことがあります。おばあちゃんが長い人生を生きてきて、聞いてきたり体験したことをまとめたもの。



だから、「何で?」と聞いても、「そういうもんよ」みたいな答えしか返ってきません。



証明できないと言えば、飛行機も何で飛んでるか理論的には説明できないというのを聞いたことがあります。(間違ってたらごめんなさい)「何でかは分からないけど飛ぶからいいんじゃない」



宇宙にも、ダークマターと呼ばれる暗黒物質があって、みえないんだけどあると仮定しないとつじつまがあわないみたいなことを聞いたことがあります。



医学の世界でも、漢方は科学的には何で効果があるかは全部は分かっていないそうです。「説明はできないけど効果があるからいいんじゃない」



この世の中にはまだまだ説明できないことがたくさんあるのかもしれないと思うと、証明できないことの中にこそ真実が隠れているのかもしれません。



そう考えると、おばあちゃんの知恵のような、帰納法的考え、証明できないけどこれが正解よというのは最強かもしれないと思った話でした。




嬉しいです
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しんぼリズム@易経研究家~the book of ch...

~「易」にこの世の全てを帰納する~【仮説で「当たり」をつけ、もつれを紐解き、割り切れないに答えを出す】をミッションとする。ターゲットは「見えない・聞こえない」感覚を超越したシンボリックな領域。「あるあるストーリー」の中にある変わらない「法則」を直観的研究でデータマイニングする
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