葦毛の時(20首)
口笛に木犀の香のしたがへばわれに渋皮色の讃美歌
企みをもつ悦びに沈みつつ渦のつめたく身に兆せるや
あたたかい地図を拡げて包まつて、たぶん海岸線が変はつた
目を閉ぢよ ふかき鼓動のうらがはにこんなに海が囚はれてゐる
まどろみは僅かに致死を匂はして夜ごと逞しくなる幹たち
やめてしまふことの容易き生活の、ごらん青海苔まみれの箸を
読みさしの詩集のやうに街があり橋をわたると改行される
回想に出しつぱなしの三脚をいつも頼つてくる秋の群れ
おしなべて昨日の雨のせゐなるか君は火種のやうに寂しい
クリアファイルに失はれゆく 忘れてはならぬものほど光を纏ふ
靴の泥はらへば更に汚れゆく単純として此処にありたり
こんなにも夕日が街をまもるなら先に終はつてしまつて良いか
さう云つて花を摘んでは(どれもこれも君には花で)泣かされてゐた
声はもう焼け跡だから 仕舞つてもいいよやさしい晩年なんか
にんげんも葦毛の時に到るらし草のさやげるままに老いつつ
うつくしい思ひちがひのかたちしてゆふぐれ君の影の流るる
ひとつづつ終着駅を建てながら後はすすきに蔽はるるのみ
やがて来る未明に垂るる鈍色のこゑは楔を首筋に打つ
やはらかく茎のくたびれゆく夜をみんな一輪挿しのコスモス
灯のごとく紅き林檎を抱きゐる君よ枯野の秋に生まれよ
(初出:「穀物」創刊号、2014年11月)
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