UtaMatsu_表紙1_

【対談再録】依頼原稿で「おそ松さん」短歌をやらかした歌人2人で喋ってみた(田口綾子&濱松哲朗)

※この対談は、2016年5月発行のおそ松さん短歌アンソロジー「UtaMatsu」に掲載されたものの再録です。アンソロ第1弾は既に頒布終了していること、5月に第2弾発行を控えていることを鑑みて、この度、note上で公開することになりました。再録を了承して下さった田口綾子さん、本当にありがとうございました! 歌人同士のゆる~い松トーク(時々短歌の話)、みたいなノリのこの対談がわりと好評で、対談参加者約2名、心底驚いております。なお、一部表記等に変更を加えた箇所があります。ご了承下さい。

田口綾子(たぐち あやこ)1986年、茨城県生まれ。高校3年生の時、全国高校文芸コンクール短歌部門で優秀賞。大学在学中の2008年、「冬の火」30首で第51回短歌研究新人賞を受賞。早稲田短歌会OG。現在は「まひる野」所属。2016年、「短歌」3月号に「沼といふ比喩」7首を発表し、十四松短歌として話題に。

濱松哲朗(はままつ てつろう)1988年、東京都生まれ。茨城県出身。2015年「春の遠足」300首で第3回現代短歌社賞次席。立命館大学短歌会OB。現在は「塔」所属、「穀物」「京都ジャンクション」「Tri」等の同人誌に参加。2016年、「現代短歌新聞」2月号に「おそ松さん」短歌連作「誰かの僕」5首を発表。

濱松 実は今日は、第二十二回文学フリマ東京の開催日で、会場のすぐ下にあるタリーズでこの対談をしています。僕は今日、店番用にトッティエプロンを着ているのですが、この格好を見て「トッティだ」と分かる人がこの会場にも一定数いるはずです。

田口 いるいる、絶対いる。

濱松 実際にさっきブースで、「もしかして『おそ松さん』で何かやるんですか?」って声かけられましたからね。

田口 ははは(笑)。


「おそ松さん」との出会い

濱松 「おそ松さん」は1話から観てました?

田口 1話から観てました。夫が「なんかやばいアニメがあるらしいよ」って情報を仕入れてきたのがきっかけ。観始めたら二人で「これは……マズいね」って(笑)。声優を湯水のように無駄遣いしているぞー、と。

濱松 僕も、十四松の彼女役で桑島法子さんが出た時にはヤバいって思いました。

田口 これ死んじゃうーって思いましたね(笑)。そもそも、六人とも他のアニメで主役級をやる声優さんだし。

濱松 まあ、半分くらいガンダム乗っていますからね。

田口 そうか(笑)。六つ子って意外と戦闘力高いのでは?

濱松 いや、でも全員クズですけどね(笑)。僕はテレビを持っていないこともあって、最近のアニメはほとんどノータッチだったのですが、「赤塚不二夫生誕80周年」というのに惹かれて観始めました。あと、キャラクターデザインの浅野直之さんが、映画「ドラえもん」の作画を担当されている方で、「ドラえもん」好きだから知っていた。「おそ松さん」をニコニコ生放送の上映会で観た最初は確か、11話のクリスマス回……。

田口 いきなりアレか(笑)。

濱松 その手前で、要所を観てはいましたけどね。ある程度知識を入れた上でのリアルタイムでした。

田口 ああ、正確には私も、最初の数話はリアルタイムではなかったかな。夫と晩酌しながら録画を2、3話くらいずつまとめて観る、みたいなのが続いて。何とか追いついた頃には完全にハマって(笑)毎週観るようになったのかも。でもまあまあ早い段階では追いついてたような気がする。そうなると、家のテレビに録画が溜まっていくのが楽しみで(笑)。「今日何曜日だっけー? ああ、じゃあ今日の深夜だね、明日の朝には観られるね」みたいな。

濱松 えっ、朝観てたんですか!

田口 いや、朝は全然そんな余裕ないし、アレを朝観て出勤したら、テンションがおかしくなる。職場で「おはようございマーッスル!」とかやった暁には、人権が失われる(笑)。

濱松 「おはヨン、ロク、サンの、ゲッツー!」って(笑)。まあでも、今は簡単に録画できるようになりましたからね。

田口 ウチのテレビは、「おそ松さん」のために買い替えたようなもので……、というのはオーバーだけど(笑)、「録画して『おそ松さん』を観たい」という欲望が買い替えの最後のひと押しくらいにはなった。

濱松 観返したくなりますよね。

田口 観返しても最初の頃は六つ子の区別が全然つかなくて、「この話でコイツがこの行動をとっているってことは、前の話であの行動をとっていたのは実は私が認識しているのと別の奴では?」みたいな、キャラクターの認識に食い違いがあって、結構さかのぼって何回も観た。

濱松 このアニメ、意外とくだらない伏線を張りますからね(笑)。


原稿㊙裏話

濱松 ところで、角川「短歌」(2016年)3月号の原稿依頼って、いつ頃来ましたか?

田口 年末にはもう来ていたかな。というか、あの時、私、「短歌」「短歌研究」「歌壇」と3誌から依頼を頂いていて……。あと「俳句四季」も入れると全部で4誌か。

濱松 この春は田口綾子フィーバーが起きていましたね。

田口 どうして、っていうね(笑)。まあ有り難いことではあるけど……。依頼が来る時って本当に皆さん、せーの、って感じでくださるから、何故かあの時期に全部集中しちゃって。おかげで私、向こうしばらくは暇だと思うんだけど(笑)。

濱松 作品単位で言うと、「Kinmugi blue」(「短歌研究」2015年10月号)以来ですね。

田口 そうそう。まあ、「短歌研究」3月号の女流歌人特集は毎年お声掛け頂いているから、今年もだろうなとは思ってたんだけど。でも「歌壇」が12首で、少し大きな枠で頂いちゃって、それに加えて角川が7首枠。それで本当に、ネタが無くて……。やむにやまれずあんなことに……。

濱松 やむにやまれず、ですか!

田口 本当に、夢も希望も無いことを言うようですけど、ネタが無くてああなったんです(笑)。

濱松 やむにやまれず十四松(笑)。

田口 最近は、数を作る必要がある時ほど、何かひとつテーマが欲しいと思う傾向があって、漠然と何首かあったものを並べる、みたいなことがだんだんできなくなってきちゃってるんですよ。しかも今回、〆切ギリギリまで全然動けなかった。それで、七首作ろうって時に、「最近私の心を占めているものは何だろう?」と胸に手を当てて考えた結果、……黄色い彼ではないかと思い至った(笑)。いけるかなって。まあ、角川では一回「ぐでたま」(「短歌」2014年9月号)やったし。

濱松 そうですよ、田口さんには「ぐでたま」の過去(?)があるじゃないですか。だから僕の中では今回の十四松連作は、二回目だなって。

田口 そう、二回目。黄色い二次創作二回目(笑)。

濱松 黄色い二次創作! これはヤバい(笑)。完全に黄色好きみたいになってますね。

田口 いや、色としての黄色にそこまでの愛は……(笑)。たまたま心惹かれる対象が黄色かっただけです。よく「そんなに好きなの?」って訊かれるけど、恋しくてたまらないっていうわけではなくて……。

濱松 その時たまたま気になっていて、要はネタとして目の前に燦然と輝いていた(笑)。

田口 色んな切り取り方ができそうだから、「コイツ一人で七首くらい作れるんじゃない?」って。

濱松 僕も12月の前半に「現代短歌新聞」の依頼が来て、5首だったからもう遊ぼうって決めて、頭文字を並べたら「おそ松さん」になるっていうのをやりました。でも、依頼の時点ではまだリアルタイムで追いかけていないんです。むしろ、この原稿を出したことによって、沼にハマることへ開き直りができたとも言えます。「もう良いや!」って(笑)。人生初アニメイトは、年明けてから、松の内限定のぼりを見に行った時です。

田口 へえ、それはちょっと意外かも。むしろ私、行ってないんだよねアニメイト。今のところ、グッズとかが欲しいわけではないから。今後もし映画化とかしたら、棚の端から端までとかやりかねないけど(笑)。

濱松 僕も基本は、アニメ雑誌に載る制作陣のインタビューが目当てでした。作り手というか、裏方の視点に興味があって。年末の頃はまだ、Twitterで流れてくる絵師さん達のイラストを見て、凄いなあと思いながらどんどんリストに入れてROM専していました。

田口 そのくらいでやっちゃったんだ! アニメを観始めて日が浅いのに、何があなたをそうさせたのでしょうか?(笑)

濱松 多分、あのわちゃわちゃした空気が好きなんです。でも、現実で170センチ超えの男6人がつなぎ着て向こうから歩いて来たら、恐怖ですよ。茨城だったら(註:この2名は共に、茨城県(別名:イバラキスタン共和国)出身)完全にヤンキーじゃないですか(笑)。美術の田村せいきさんが「みんなの共通認識としては『吉祥寺』」とおっしゃっていましたが(「MdN」2016年4月号)、東京という都会の設定だから僕はあのアニメを受け入れられたと思うんです。

田口 そうか、市ヶ谷の釣り堀も出てくるし、中央線沿線が多かったのか。オープニングの街並みとかも言われてみれば吉祥寺かも。

濱松 中央線沿線って、都会と住宅街と商店街がうまく混ざり合った土地柄ですよね。「おそ松くん」の頃は、住宅街と小学校と空き地という昭和の日本のアイテムがあれば、全国どこでも通用した。でも「おそ松さん」は現代化と同時に都会化した。田舎だと六つ子がただのヤンキーになっちゃう。おそ松とか一番のDQNじゃないですか(笑)。

田口 パチンコはするし、競馬も行くし(笑)。確かに、彼らが所属している文化圏の描き方が凄く絶妙だよね。

濱松 あの丸っこいキャラデザによって、かなりのものをオブラートに包んでいる。パチンコとか僕、大嫌いなんですが、あそこまでナチュラルに「CRただいま~!」とかやられると……(笑)。

田口 アレな(笑)。素晴らしかったね。

濱松 最後には十四松がフィーバーしちゃって、もはや人間じゃない(笑)。


気になるヤツ、十四松。

濱松 十四松の話になったところで、田口さん、なんでまた十四松だったんですかね? 声が小野大輔さんだったから?

田口 それはちょっとある。でも、小野Dと言われて思い出すキャラクターって、それこそ「黒子のバスケ」の緑間くんとか、「黒執事」のセバスチャン・ミカエリスとか、あっちのタイプの声でしょう。だから最初、「あっ、これは私の期待していた小野Dじゃない」と思って、ある意味ガッカリはした。でも、あのキャラにいつもの小野Dの声を当てても気持ち悪かったと思うから(笑)、そういう納得の先に、十四松への興味が生まれたんです。でも、彼への興味が一体何なのか自分でもよく分からなくて……。周りには色松推しが多いけど、全然その二人には心惹かれなくて。かと言って、十四松ガールというわけでは全然ないし。

濱松 どう説明したら良いんでしょうね?

田口 正直、「こんなの初めて♡」で(笑)。

濱松 (爆笑) それは、「ぐでたま」の時とはまた違う感覚ですか……? 僕は、田口さんがネタとして何かを持ってくる時のセルフルールみたいなものがあるんじゃないかと思っていて。

田口 自分の中では全然意識していないけど、共通するものは何かある気がする……。過去にも「黒バス」でやろうと思わなかったし、せっかく角川だし今度は「文豪ストレイドッグス」かとも思ったけど、全然食指が動かない。アニメのキャラクターを好きになる経験は今までもあったけど、十四松の場合は何だか、向こうからグイグイ来て。

濱松 向こうから来た、って名言かもしれない。

田口 気がついたらそこにいた感じ。でもそれは、カッコいいとか、声優のファンとか、いわゆる二次元キャラのファンになる感情とは違う。むしろ保護者みたいな感じ。いや、実際には保護したくもないけど(笑)。

濱松 あ、それ分かります。僕も、おそ松は飲み友達としてなら欲しいっていう気持ちです。競馬勝ったら呼んで、奢らないから、って(笑)。

田口 それ良いね、飲み友達(笑)。「灯油」の回(23話)でも熱燗飲んでいたし。でも私、十四松をどうしたいんだろう……。短歌会の後輩とかにいられても困るし。

濱松 大丈夫ですよ、短歌界隈の男子は一松ばっかりですから。

田口 それか、より拗らせてライジングしちゃったチョロ松(笑)。

濱松 みんなしてライジングシコースキーばっかり。

田口 暴言だ(笑)。


 「二次創作」について

田口 ……うーん、やっぱり、十四松が気になる理由を自分でうまく説明できないんだよね。自分の周囲が「おそ松さん」にこれだけハマっているのも不思議だし。だから今回あの十四松連作を出して、「本読みな6つ子bot」さん(註:Twitter @reader_sextuple)のような、従来の短歌読者層じゃないところから反応があったことは、嬉しいけれど不思議でしょうがない。だって私、あの作品と十四松に一銭も払ってないじゃないですか。タダで褒められちゃった感じになっているから、これは私の財産ではないな、と思っている。

濱松 その辺は、やはり気にされていますか。

田口 二次創作に対して、悪い意味で「所詮二次創作でしょ?」としか思っていない層って、やはり少なくないと思うから、その方面からの圧力を強く感じます。

濱松 でも、現実を一次だとしたら、あらゆる創作って二次的なものになりますよね。

田口 そうそう。「そのもの」ではない以上、全ての創作物は二次なんだよ。

濱松 現実をリアルに表現する、みたいな言い方をよくしますけれど、リアルに表現されたもう一つの現実を新たにそこに出している時点で、それは「二次」だよねって。

田口 リアルに置き換えようと努力している時点で、それがリアルそのものじゃないっていうことを自覚しているよね。

濱松 そうなんです。あらゆる創作には二次的な要素がある。それが今回たまたま、題材がアニメであっただけの話で、むしろこの場合、可視化された設定の中で如何に表現するかという点に表現のベクトルが絞れてしまえるんですよね。主体の五感に対するアプローチとかを哲学的に考えるまでもなく、合わせる基準が既に作られている。でも、そこに合わせるだけだと作品としてどうなのかな、とも思うんです。田口さんの連作で言うと、最後の鳥が止まる歌、「じふしまつ、同じ名をもつ小鳥らが君に止まらばよろこびなむや」、僕これ大好きなんですが、これはもはや二次ではないですよね。

田口 これねえ、気に入っているんだけど、原稿を出した後で「十四松」でチラッと検索してみたら、Pixivに似た構図のイラストが上がっていて……。

濱松 いや、でもまず第一に発想しますよ、この構図は(註:その後、2期12話「栄太郎親子」で十四松が本当に鳥と化したのはご承知の通り)。

田口 特に、我々のような人間は、使いたくなる(笑)。

濱松 あと、袖に隠れている拳に着目するのとか。

田口 だって手が見えないんだもん、あの子。麻雀ですら袖でやっていたでしょう。どうやっているのお前(笑)。

濱松 あの袖の考察も、それこそPixivで見ましたね。チョロ松が「どういうメカニズム!?」って叫ぶお決まりのパターン(笑)。あっ、因みにワタシ、「おそ松さん」のおかげでPixivのアカウント取りました。十数年ぶりにお絵描きしましたもの。あとは、カラ一BL小説に号泣したり(笑)。

田口 ……(笑)。本当に、「おそ松さん」って何でこんなに裾野が広いんだろうね。この作品の何が、絵描きや文字書きを惹きつけるんだろう。

濱松 やっぱり描きやすいんじゃないんですか? 例えばこうやって、丸描いて、アタリ付けて、鼻描いて、目と口を……。

田口 えっ、凄い、そんなにサラッと描けるものなんだ……。

濱松 はい、十四松のできあがり……、って、対談になってないなこれ(笑)。


文語旧仮名による化学反応?

濱松 田口さんは、作品で文語を使いますよね。そこが今回、とても面白かったんです。まず、表記からしてズルいじゃないですか、「じふしまつ」って(笑)。

田口 今回、あの連作を面白がってくれた方は皆さんそこに反応してくれていますね。Twitterでも、表記に笑ってしまいました、という感想を見かけた。

濱松 だって、旧仮名にして名前が面白くなるの、十四松だけじゃないですか。

田口 確かに、コイツの名前を旧仮名にすると心ときめくものはあるって、無意識に思っていたのかもしれない。まあでも、十四松に限らず、「おそ松さん」という線が太くて脱力系のアニメと、一般には敬遠されがちな文語や旧仮名が合わさることで、ある種の化学反応が起きたのかなあ。あと、文語を用いることで作品を自分から切り離すみたいなところが私にはあって。

濱松 そうですよね、あの連作はどこか神視点ですよね。だからむしろ、作り手が見える作品だと感じて惹かれました。

田口 あっ、その感想は嬉しいな。

濱松 最初の数首はおそ松視点かとも思ったのですが、全体を通してみるとそこにはっきりと作り手の視点があって。

田口 だからこそ、やりたいことができたというのはある。普段の自分が発する十四松への感想って当然、口語新仮名なわけだけど、文語・定型で十四松をやるってなったら、どこか思い切れる部分があって。「ぐでたま」の時もそうだったけど、現実の自分自身から切り離すことでむしろやりたい放題できるような直感があった。まあ両方とも、〆切には必死だったけど(笑)、作っていて割と楽しかった。あと、視点という意味で言うと、私個人は、ある特定のキャラクターそのものになり切って作ろうって気には全くならなかったですね。

濱松 そう言えば、藤田陽一監督もインタビューの中で「ワンカメで、少し引いた画面で舞台全体を観ていたほうがしっくりくるし、おもしろいと思うんですよね」「おかしなことが起こっている空間の、空気そのものを撮っていきたいので、カメラはかなり引いて撮っているつもりです」と語っていました(「アニメージュ」2016年2月号)。田口さんの連作の視点の置き方も、そういう意味では「おそ松さん」が持つカメラワークの特徴ともピッタリ合っていたのかなと思います。

田口 へえ~。私、その情報は知らなかったんだけど、この合致はラッキーな偶然かも。

濱松 まあ、人物としては一番文語から遠そうですけどね、十四松は。

田口 カラ松だったらまだ、中二病をこじらせて、みたいなのはありそうだけど、――現代日本語すら危うい十四松くんじゃないですか(笑)。まあ、でも十四松以外の兄弟でまた連作を作ろうとは思わないです。

濱松 僕も、例えばトド松で連作を作るのとか自分には無理ですね。

田口 確かにトッティは難しそう……。こっちからトッティ見ていてもイタいところあるからね。

濱松 アイツ、末弟だから兄弟のことはよく見ているとは思うんですけど、正直カラ松の次にイタい(笑)。

田口 そう考えると、十四松になったのは消去法かもしれない。

濱松 僕はそれこそ、カラ松ならやりやすいかな、と思っていたんですが。

田口 なり切りだったらね。でも私、なり切りはしたくないので、神視点でカラ松をやろうとなると――、君のお腹にはまた君がいる、みたいなことを書くのかな?(笑)

濱松 クソタンクトップ(笑)。


やっぱりラスボスは公式

濱松 実は今回、このアンソロジーを企画するにあたって、カッコ書きのCP説明や詞書は一切無し、という条件で募集をかけたんです。誰から誰への視点か、という矢印説明も含めて。作品だけで世界を作っていきたかったので(註:アンソロ第2弾も同様の条件で募集しています)。

田口 それ、本当に大事だと思う。勿論、そういう説明書きのある状態が普通、という書き手の方もいらっしゃるわけだけれど。

濱松 単に条件を指定するだけだと、ある人からすれば表現手段を奪われたようにも感じられるわけで、その点ちょっと不安だったのですが、皆さんむしろ、一丁やってやろうかという感じで……。僕自身、何とかして定型の中でやり切りたいという欲望がありますから。

田口 その思いに応えてくれたというのは、皆さん気概にあふれた方々なんですね。BL二次創作であればそういう注釈って一般的なのかもしれないけど、ことに「おそ松さん」って間口が広いから、そういう一部の「常識」が別の層にとっての引っかかりになっちゃうのはちょっと、ね。

濱松 だから今回は、BL連作は全然オッケーですが、カッコ書きで(カラ一前提数字松)みたいなのはご遠慮願いますって。

田口 何よりそれ、「おそ松さん」ライトユーザーには意味が分からないからね。

濱松 うーん、全部分かっちゃう自分がつらい……(笑)。でも、その注釈NGのおかげで、今回とてもヴァリエーションに富んだ作品が集まりました。推し松への愛が全開の連作もあれば、6つ子一人につき一首の連作もあれば、勿論BL設定の連作もあって。でも、何が凄いって、読んで分からない歌がほとんど無いことですね。「おそ松さん」が好きな人だったら、既に共有された文脈の中でちゃんと読めてしまう。それぞれの持ち色とか、小道具とかを、作中に忍ばせておけば、詞書も何もなくても、これはアイツだなって理解できる。例えば長男だったら、「なごみ」とか「五人の敵」とか、そういう言葉を入れてしまう。

田口 「五人の敵」……(笑)。私あの、カーレース回(18話「逆襲のイヤミ」)大好き……(笑)。

濱松 「これでクソ政権にピリオド」って(笑)。あの回は、延々と「一番速いのは僕!」と言い続けた十四松が最高です。早々にレース離脱するし。

田口 アレ、どうしてああなったんだろう(笑)。「今日の主役はあなたです」とか言って普通に仕事しているし。

濱松 主役争奪レース回でそのセリフかよってね。

田口 そう考えると凄いセリフだよね、アレ。彼は主役になりたいんじゃなくて、一番速いことが大事なんだよね。

濱松 結果的に、聖澤庄之助より先にゴールしている可能性ありますからね(笑)。

田口 あるある(笑)。何であそこにいるのって。

濱松 滅ぼされなかった世界で「家宝にすっぺー!」2度目、ですよ(笑)。その手前の「十四松まつり」(17話)も凄かったですよね。個人的には、あの回の後で田口さんの連作を読んだので、更なる祭り感がありました(笑)。

田口 私ね、あの回を観る前に十四松連作の原稿を出しちゃったから、その後に私が吸い取り切れなかったどんな祭りが起きてしまうのか、「十四松まつり」の要素を盛り込まなければ片手落ちになってしまうのではないかって、凄く心配していて……。

濱松 まあ、結果的に大丈夫でしたけどね(笑)。

田口 原稿を出してすぐの回が「十四松まつり」だったから、角川の編集さんから頂いたお返事のメールに「今週も凄かったですね」って(笑)。あの回はホント、オープニングの御神輿だけでお腹いっぱい。キュンとした(笑)。

濱松 「十四松まつりってこういうことなの!?」って(笑)。笛吹いている十四松可愛かったですよね。しかも、コミケ行っちゃったし(笑)。その前の「一松事変」(16話)といい、いよいよ公式がネタにし始めたよって。

田口 DVD、第六松(16話~18話収録)は買おうかなあ……。

濱松 僕は今のところ、第四松まで全部ゲットしています(註:その後第八松まで揃え、現在は2期の円盤を予約中)。今回の初回限定盤の特典ヤバいですよ。「クソ松菌予防マスク」しかも3枚入り(笑)。

田口 アレ何なの(笑)。特典って言うか、公式が自分たちのやりたいネタをやっているだけじゃん(笑)。

濱松 このアニメほど「公式が最大手」って言葉が当てはまるものはない。

田口 ラスボスは公式っていうね(笑)。そもそも、作り込みのベクトルがおかしい。

濱松 1話からそうでしたが、パロディー力が高いですからね。音楽もそれに合わせて色々と工夫が施されていて。「6つ子に生まれたよ」のギターは下手に聴かせるために(笑)作曲の橋本由香利さんご本人が弾いているそうです。

田口 あれは名曲(笑)。十四松が入れる合いの手が好き。

濱松 「ウィー!」とか「アイ、アイ」とか(笑)。

田口 それそれ、大好き(笑)。


短歌はまだまだやれるんだ

田口 そう言えば私、Twitterで「おそ松短歌」のハッシュタグがあることを、あの連作を出してから知って……。

濱松 あっ、それは僕も同じです。

田口 みんなやってるんだ! と思って。いわゆるコミケとかコミティアとかをベースに活動している人と、元々短歌をやっていた人が「おそ松さん」にハマって、というのが、微妙にせめぎ合っている感じで。

濱松 今回のアンソロジーも、僕が企画してTwitterで広報したというのもあって、「塔」や学生短歌界隈のメンツがちらほらいるわけですが、でも半数以上は初めましての方たちなんです。同人誌参加や短歌自体が初めてという方もいらして。

田口 不思議だねえ。何なんだろうねこの「おそ松さん」の吸引力は。懐が深いと言うか……。

濱松 いっそ歌壇の謹呈文化を利用して、公式の関係各位に謹呈してしまおうかとか、真面目に考えましたよ(笑)。

田口 あっ、でも送ってしまうのはアリかもしれないね、監督さんとかに(笑)。TwitterやPixivで個人個人が発表しているものはあるにせよ、これだけの人数が集まって冊子になったものは前例が無いんじゃないかな。

濱松 誰かやってくれないかな、と思っていたんですけど、そんな気配が無かったので、じゃあいっそのことやっちまおうか、って(笑)。蓋を開けてみたらまあ、えらいことになりましたが。

田口 結局何人集まったの?

濱松 33人です、僕を含めて(註:アンソロ第1弾の数字です)。

田口 ……33人参加の同人誌って! 「かんざし」(註:1994年生まれの歌人による同人誌)だってそこまでいなかったよね?(笑)

濱松 でも今回、この冊子を企画してみて、僕個人が今まで出会わずに来た世界に出会ったような気がしています。

田口 確かに、これはむしろ外からのニーズの方がありそうだもの。

濱松 そういうニーズって、僕みたいに普段は学生短歌や結社の周辺にいるだけの人間だと、なかなか目に入って来ないじゃないですか。「ダ・ヴィンチ」とかの投稿層ともちょっと違う。例えるなら、ヴィレヴァンで歌集に出会うみたいな感じ。ある意味、歌壇のプロパー達が考えている以上に現実では短歌の裾野は拡がり始めていて、それと今回の「おそ松さん」という、異様なほど裾野がバカ広いアニメとが、まあ交差はしないにせよ、ねじれの位置くらいのところで重なってくれたおかげで、立体的にそれらを認識できたような気がしているんです。

田口 なるほど。

濱松 おかげで、短歌に対するイメージが少し変わりました。自分の中で凝り固まっていたものが、ぽーんとどこかに飛んでいってくれて。意外とフリーダムにやって良いんだなって。

田口 まあ、我々は一回やっちゃいましたからねえ(笑)。でも私はまだそこまで吹っ切れてはいないかもしれない。

濱松 僕も、完全に吹っ切れてはいません。これで原稿依頼来なくなったらどうしようとは思っています(笑)。

田口 特に上の世代は、「元ネタが知らなくちゃ分からないものなんて、しかもそれがアニメだなんて」って言う人が多いような気がする。そういう人たちでも、原作の「おそ松くん」は知っていたりするかもだけど(笑)。だから私はまだちょっと怖いかなあ。総合誌じゃなくてネットプリントとかでやればよかったのかって、出してから気づいた。

濱松 いや、でもあの誌面にあの連作って、破壊力が凄まじかったですよ(笑)。

田口 7首枠の口絵も何もないところに、しれーっとね(笑)。隣ページの野口あや子さんが、吟行詠みたいな割とかっちりした作品だったから、こちらが余計にぶっ飛んで見えた気がする(笑)。違いが際立つと言うか、頭のおかしさが際立つと言うか。同時期に出したゴミ連作(「連れていつてもらふ」「短歌研究」2016年3月号)も、石川美南さんに「最近どうしちゃったの、凄く面白いんだけど……」って言われた(笑)。

濱松 (爆笑)

田口 あの連作も、「どうしよう、歌も作れなければ、ご飯も作ってない、私なんかゴミ」っていうところから始まって、「……じゃあゴミで」って(笑)。ちょっとあの二つの原稿のふり切れ方は自分でもおかしかったとは思っている。どうも私、精神的に追いつめられるとギャグセンスが冴えるらしくて。私自身には全然自覚が無いんだけど、今回はどうもそのスイッチが短歌方面で入ってしまったらしくて……。

濱松 どうも、そうみたいですね。面白スイッチ。

田口 そう、面白スイッチ。要は一種の現実逃避スイッチだと思うんだけどね、こんなにつらいわけがない、現実はもっと楽しいはずだ、みたいな。

濱松 まさにそれ、3.5話ですね。「『童貞自警団 新品ブラザーズ』は現実から離れて観てね!」って。

田口 待って、それまだ観てないの(笑)。でもね、これ何度も言うようだけど、私は何も十四松推しっていうわけではない。私の中の好きとか推しとかいう感情はもっと別のところにあって、むしろ好きだったら歌にできないもの。

濱松 うーん……、背後霊の一人みたいな感じですか? 気づいたら後ろにいるみたいな。

田口 後ろじゃないな、前か横にいるな。ふと気づくと目の前にいるとか、視野の中に入って来る感じ。あの子は後ろからついて来る感じじゃない……。

濱松 なんか、碇シンジの内面世界みたいなことになっていますけど大丈夫ですか(笑)。

田口 何なら上とかにいてもおかしくない。ぶら下がってそう(笑)。まあでも、これは一対一の問題、私と十四松の問題だから。

濱松 「私と十四松の問題」!! メモっとこう(笑)。結局のところ、田口さんと十四松の関係って何なんでしょうね?

田口 分かんない……。私の短歌スイッチを押した謎の人物?(笑)

濱松 急にひと言でまとまりましたね……、って、それはやる気スイッチだったんですか(笑)。

田口 うん、ほぼ同義(笑)。自分でも分からないものを彼は押してくれた。今回、フットワークが軽かった自覚はあるからね。何のフットワークだかよく分からないけど。

濱松 でも、後輩としては田口さんが色々ふり切れた作品を発表して下さったおかげで、励まされたというか、短歌ってまだまだやれるんだなって思いました。ホント偉大な先輩です(笑)。僕もだから、やらかしておいて良かったなあ、と思っています。


(2016年5月1日、於・タリーズコーヒー平和島東京流通センター店)

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