よそ者で馬鹿者で若者であるために(「現代短歌」2016年6月号歌壇時評+あとがき)

 学生短歌会の興隆が語られて久しい。去る[2016年]3月6日(日)には「大学短歌バトル2016」と題された歌合が、動画配信サービス「ニコニコ生放送」を通じてインターネット中継された。今年で二回目になる学生対抗歌合は、九州の三大学の学生が結成したチーム「ここのつ歌会」が優勝し、劇的な幕切れとなった。この時評の執筆段階では未発売だが、「短歌」[2016年]5月号にはイヴェントのレポートも掲載されるという。[注・掲載されていました]

 去年[2015年]の「大学短歌バトル」を振り返ると、歌集『キリンの子』を出版して話題の鳥居、昨年[2015年]の角川短歌賞受賞者である鈴木加成太、「短歌」の時評執筆者に抜擢された阿波野巧也など、過去一年間で注目を集めた若手が多く参加していたことが思い出される。「短歌」編集部が背後にいるだけあって、イヴェントそのものは今回も成功だったと言えるだろうし、ここから更に新たな新人が発掘されるのではという期待もある。

 ただ、敢えて穿った見方をすれば、こうしたイヴェントそのものが学生短歌会の面々を手際よく囲い込んで仕立て上げられた、新人の見本市であったようにも見て取れる。無論、総合誌とはすなわち商業誌であり、マスコミである。各誌ともに新人賞は年に一回しかないが、雑誌の看板として欲しい新人はやはり、一人では物足りない。大型書店における短歌フェアや、歌集の出版形態の変質が昨今の話題となり、「短歌は売れない」という価値観(現状、ではない)に変化が生じつつある現在、新たな才能の登場に期待する声がこれまで以上に大きくなっているのはまず間違いない。これは何も、商業ベースの話に限ったことではない。結社にとっても、地方ごとの歌会コミュニティにとっても、学生短歌会所属の人間というのは要するに、目に留まりやすい、あるいは集団として括りやすい若手なのである。

 だが(一応は学生短歌会出身者である筆者がこんなことを言うのも、些か奇妙な話ではあるが)、そうした新人集団として学生短歌会ばかりを取り扱うのは、いい加減やめにした方が良いように思う。「歌壇」[2016年]5月号の特集「若き才能を感じる歌人たち」に出詠した十六名は、最年長が1967年生まれ、最年少が1992年生まれであった。年齢差が四半世紀に及んでも、彼らをまとめて新人、「若い才能」であるとして押し出した「歌壇」編集部は偉い。本誌主催の現代短歌社賞も、昨年[2015年]の受賞者は1948年生まれの高橋元子だった。作歌という文芸的行為において、新人とは何も、年齢を示す単語ではない。新たな才能を待望するのは分かるが、その際に若手(仮に、35歳以下、と定義する)にばかり視野狭窄しない方が良いだろう。カルチャー講座や新聞歌壇から、あるいは一冊の本との出会いから短歌の門を叩く人間だって大勢いるし、過去にも存在した。

 無論、近年の学生短歌会の活気は、各短歌会の機関誌をここ数年分めくってみればすぐに分かることだ。だが、学生短歌会は結社以上にその姿を頻繁に変貌させる。会員は皆、卒業や就職や院進によって、いつかは会を去らなければならない運命にあるからである。この必然的な新陳代謝も、学生短歌会を新人の集団として括りやすくしている要因の一つである。

 短歌は〈場〉の文芸の側面を強く持つ文芸ジャンルであるが、それまでの〈場〉から放り出された人間の、全員がその後も短歌を続けていくわけでは決してない。消えていく者を惜しむ必要はない。〈場〉に対してみずからの意志でコミットしていく能力すらも、一種の才能である。そういう意味では、学生短歌会のOB・OGには、同人誌活動や、結社への所属、歌会や勉強会への参加を通じて、〈場〉との関わりを持ち続けることに長けた人物が多い。そうした〈場〉との関わりがあるから、彼らの歌がふと総合誌の座談会で引用されたり、歌集刊行以前から口伝で広まって愛唱されていたりするのである。第一歌集に与えられる新人賞も、現代歌人集会賞に土岐友浩『Bootleg』(書肆侃侃房)、日本歌人クラブ新人賞には千種創一『砂丘律』(青磁社)、現代歌人協会賞には吉田隼人『忘却のための試論』(書肆侃侃房)と、今年[2016年]はどうも学生短歌会OBの歌集に占められた印象がある。京大短歌出身の土岐は「町」解散後に「一角」を刊行、他にも様々な同人誌の制作に携わっている。千種と吉田はかつて共に「dagger」の同人であったし、千種が編集長を務めた「中東短歌」や、かつて吉田が所属した「率」の存在は広く知られている。歌集刊行に至るまでの彼らの活動を思うと、彼ら三人を「新人」と呼ぶことを些か躊躇ってしまう。もはや彼らは、〈場〉との関わりという意味では新人の域を脱しているという気がしてならない。

 ここまで、筆者は意図して「新人」(歌歴の短い者)と「若手」(年若いよみ手)の語を使い分けてきた。付け加えるなら、「若手」と「若者」も違うものだろう。年齢的に「若手」ではなかったとしても、精神的に「若者」であり続けることは可能だからだ。かつて田中康夫が文藝賞のスピーチで、新人の条件を「よそ者で馬鹿者で若者であること」だと語ったが、短歌界において一番難しいのは、「よそ者(=外部的視点の導入)」と「馬鹿者(=戦略としての無頓着さ)」の部分ではないだろうか。度が過ぎると〈場〉の磁力によって排除されて無き者にされてしまうし、意識せずにいると〈場〉の効力によってどんどん角が削れて、結果大したことの無い「仲間内」の「物知り」が出来上がる。そんな新人に、事務能力と散文力があれば、まあしばらくは重宝されるだろう。

 しかし、である。この〈場〉はこれからもそれで良いのか、という問いを、敢えて突きつけてみたいのである。〈場〉を存続させる力は、確固たる伝統や歴史への意識以上に、風通しの良さや、変化を知覚する感度の良さにかかっている。〈場〉を生み出すのは書き手であり、〈人間〉である。作品や文章を発表するたびに「新人」として生まれ直すような書き手に出会いたいし、自らもそうありたいと、心から思う。

(初出:「現代短歌」2016年6月号、漢数字を一部算用数字に、傍点を付した箇所は太字に改め、年号表記に関する注を[]で示した)

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 6回書いた時評の中で、もっとも意地悪い気分で書いたのがこの回である。

 今年に入って、花山周子が「塔」の時評でこんなことを書いていた(全文はこちら→http://toutankakai.com/magazine/post/7164/)。

 短歌の新人賞が受験のような様相を呈しはじめたのはいつからだろう。少なくとも私が応募した頃(二〇〇五年頃に三回応募した)は、全体にもう少し大らかだった気がする。その数年後、大学短歌会の合宿などで応募用の連作歌会が開催されるようになった。学生短歌の人たちが全ての賞にこぞって応募するようになった。そこから続々受賞者が出て、その年の受賞作の勉強会が催された。受賞することが短歌の世界に入る唯一の切符のようになり、落ちた連作の受け皿として同人誌が次々発行されるようになり、短歌新人賞浪人生のような人たちが生まれた。合理化したせちがらい世の中では生きづらい人がここで集まって短歌をやっているようなものなのに、ここでも切符を取るための熾烈な戦いが起こり、受かるために自分の連作を修錬する。本末転倒ではないか、といつか私は殺伐とした風景の広がりとして眺めていた。(花山周子「連作の新たな領域について思う(II)」「塔」2017年4月号)

 読みながら「そう、そうなんだよ!」と何度も膝を打った。

 自分のことを言うと、私は学部生の頃に大学短歌会に所属していなかったことがとてもコンプレックスであった。たまたま母校に短歌会が復活して、OB(?)として紛れ込んだところ、私自身がその後二年間大学に科目等履修生として復帰したため、三年ちょっとの間籍を置くことができた。けれど、学部一年生からずっと短歌会にいる人や、「短歌甲子園」出身の人たちには一生敵わないと思っている。なんというか、「学生短歌会」や「短歌甲子園」という文字列が、それらのOB・OG達が華々しく活躍すればするほど、歌壇における資格か何かのように見えてくるのだ。しかも、年齢制限のあるタイプの。僻みだと笑いたければ笑え。だって、俺の卒業した高校、気がついたら短歌甲子園常連校なんだぞ。愚痴のひとつやふたつ、言いたくもなる(ちなみに私が高校生の頃はまだ短歌甲子園も無かった)。

 資格、と喩えたことからも分かるように、私自身は「受験化」よりも「就職試験化」したな、という思いで見ている。まあ、仮に通ったところで原稿料の相場は一般的なライターの比ではない。以前、書評家の豊崎由美が「解説の原稿料は最低でも400字詰め1枚8000円にしてください。書き手が有名無名にかかわらず一律1枚8000円以上。解説は通常の書評よりも手間と労力がかかるのは、皆さんもご存じですよね? 『出版不況がどうとかこうとか』ライターに甘えないでください」とTwitterに書いていて(リンク→https://twitter.com/toyozakishatyou/status/869801117902807040)、愕然とした。このままだと、短歌に限らず、短詩型は相当ブラックな業界ということにされてしまう。

 ところで、花山の時評を読みながら感じたのは、今現在、同人誌以上にアンデパンダン化しているのが学生短歌会の現役世代なのではないか、ということである。「落ちた連作の受け皿として」同人誌を出している先輩たちの影響が、強ければ強いほど、彼らの作品は新人賞で評価されやすいものとは真逆の方へ突っ走ることになるだろう。

 私は、それでいい、と思っている。

 選考委員が批評するための言葉を持ち合わせていないような、既存の価値観とは全く違った方面で究極的に完成された作品。そんな作品が登場した時、この〈場〉は少し新しいものに変わる、かもしれない。いや、作品だけでは駄目なのだ。それが如何に優れているのかを歴史的文脈や他ジャンルへの目配せを含めつつ的確に論じることが出来る人間が、理論的黒幕として存在している必要があるだろう。そうすれば、何人か寝返ってくれるかもしれない……って、なんか、段々マフィアの抗争みたいな書き方になってきたな。

 そうなのだ、どこまで行ってもこれは、所詮は内輪の利権争いになってしまうのだ。そしてこの利権争いは、価値観の差異から生じるものだ。そういう争いは、なにより醜い。

 結局のところ、価値観の違いによって生じる争いというのは、今ここに現前するテクストと、記憶された膨大なアーカイブとのせめぎ合いなのではないか。要は、「そんな過去とか知らないし」VS「こんなの短歌じゃない」の争い。無知と不寛容の双方が言い訳として通るのって、相当アブナイ世の中だと思うのだが、どうだろう。知らない人は覚えてね、って話だし、穂村弘にとっての石田比呂志のように、不寛容なアンチが存在した方が余計に目立って歴史が変わっていくことだってある(賛同者だけ、というのも気持ち悪いのだ)。

 私だって、何から何まで許してしまうような菩薩の心を持っているわけでは決してない。それでも新しい作品を読む時には極力心をオープンにして、今目の前のテクストのことを考えようとする。その上で、自分の中にぼんやりと蓄積されているアーカイブを参照しつつ、比較検討などをする。そう心がけておかないと、私自身が一人の作者として死んでしまう。

 そう言えば、2016年の大学短歌バトルに出場した大阪大学短歌会の三名は、就活用スーツで身を固めた上で歌合に臨んでいた。あれはもしかすると、受験化または就職試験化した短歌新人賞およびブラック化した歌壇へのアイロニーだったのかもしれないと、一年半近く経ってから思っている。

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濱松哲朗

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