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なぜ「企業文化」が大切なのか?|カルチャーデザイン

皆さん「企業文化」と聞いて、一体どのようなものを思い浮かべるだろうか?

それはそれぞれのカイシャというものに空気のように存在していて、厳密言えば2つとして同じものは無い、法人におけるDNAや血液のようなものだ。しかし多くの人は「企業文化」というものに対して真に正面から向き合い、それが根本何であるか、なぜ大切なのか、どんな構造でどんな力学が働くのか、どのように浸透/維持していくのかという深い考察にふけることはきっと無いのだろう。

かく言う私も、そんな「企業文化」という概念に初めて触れたのは就職活動時代まで遡る。それは「組織風土」という呼ばれ方をしていて、どうやら会社によって全然違うものらしい、と。実際OB訪問で何人もの先輩社員に話を聞く機会があったが、研究室に篭りっぱなしの理系大学院生の自分には、結局その「風土」というものの手触りさえも感じることはできなかった。そして「風土」と呼ばれたものは、「企業文化」におけるひとつの構成要素でしかないということも、当然想像さえつかなかった。

あれから15年近く経った今、はっきりと言えることがある。「企業文化」というものは確かにそこに存在していて、100社あれば100社異なり、さらにそれ自体が長期的な企業の命運を大きく左右し、極端に言えば競争戦略上最も大切にしなければならない普遍的な投資対象であると。そんなつかみどころの無い概念的なものが、なぜにそんなにも重要だと言い切れるのか。様々な事例を踏まえながら、なるべくロジカルに、時にエモーショナルに紐解いていきたいと思う。

本ドキュメントの対象となる人、企業

「企業文化」というハイレイヤーなトピックを書く以上、必然的にこの投稿の対象者は経営者か、経営幹部か、もしくは人事責任者か、相当なモノ好きに限られるのだろう。また経営スタイルひとつとっても、極端に短期志向で一つのプロダクトドリブンの場合もあれば、中長期での永続的なビジョンドリブンな場合もある。ただし「企業文化」という特殊性を考慮すると、本ドキュメントのメイン対象は

× 短期的に成長してM&Aなどを目指す
長期的に価値を提供し続けられる会社を目指す

とし、企業のフェーズにおいてはコア事業が軌道乗った後とするが妥当と考える。後述するが、稼ぐ土台のできていない組織がいくら「企業文化」をこねくり回したところで、それは限られた経営リソースの戦略投資観点だと愚策になりかねないからだ。

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前提条件|競争優位とは?

「企業文化」を語る前に、競争優位を語らねばならない。事業を営む企業体であればほぼ例外なく競合他社との競争にさらされており、その競争環境を生き抜くことこそ中長期での事業の成功、ならびに企業の成功へと繋がる。では、企業が持つべき競争優位性とは何かと問われれば、

他社が簡単に真似できない強み。

という一言に集約できる。戦略論で言えば短期的には相対的なポジショニングであり、中長期で言えばオペレーションの強さが競争優位になると言われる。この短期的なポジショニングも、中長期のオペレーションも、残念ながら「企業文化」の影響下にある。どんなに優れた戦略も「企業文化」に食われ、逆に「優れた企業文化」こそが優れた中長期で真に優れた戦略となるのだ。この理由を、以下順を追って解き明かしていく。

なぜ「企業文化」にフォーカスが当たらないのか?

まず経営リソースの投資対象として「企業文化」を捉えた時、プロダクト戦略やテクニカルなグロース/マーケティング論、ファイナンスなどに比べて「企業文化」は圧倒的にフォーカスが当たることが少ない。その理由を、Airbnbのco-founder & CEOのBrian Cheskyは次の3つに集約している。

1. 語れることが少ない
2. 定量的に測れない
3. 短期的に成果がでない(これが一番根深く重要、とも)

まず、特に日本のスタートアップ/ベンチャー界隈においてはそもそも「企業文化」というものが何であるか、なぜ大事か、どのように維持/浸透させていくべきか、など語れることが少なく、さらに体系的にまとめられたものが極端に少ない事実がある。逆にシリコンバレーにおいてはAmazon、Netflix、そしてAirbnbなどが「企業文化」という観点で論じられることも少なく無く、スタンフォードにおけるスタートアップカリキュラムにも「いかに企業文化が大切か」という講義があるぐらいだ。そしてまさにそれ自体が「企業文化」が特性として併せ持つ「定量的に測れない」「短期的に成果が出ない」という2点が要因となっている。

基本的に自分の経験則の延長線上で話を進めるしか無いのだが、例えば自動車業界においてはグローバルで成功し続けるTOYOTA、トップの不祥事あえぐNISSAN、魅力的なデザインで車好きを魅了しているMAZDA、ものづくりの底力で好業績を維持するHONDA、これら各社の長期的な浮き沈みは、乱暴に言えば「企業文化」の強弱が関係していると言っても言い過ぎではないだろう。あくまでマクロの視点で見る、それが「企業文化」のやっかいな部分でもあり、真に重要な部分でもあるのだ。

「企業文化」とは何なのか?

そもそも「企業文化」とは何なのか、どう定義すべきなのか。
本ドキュメントでは「企業文化」を

その企業が信じるもの、そして
それに基づき判断/行動することの全て。

と定義する。さらに、競争優位性が

他社が簡単に真似できない強み。

であるならば、その強みの源泉となるような「企業文化」とはすなわち、

集団が特定のもの力強く信じ、
それに基づき集団的判断、行動、学習した結果が
独自性持ったアウトプットを中長期で生み続けるもの。

ということだ。

数万年前に圧倒的競争優位を持った人類

なぜ「文化」がそれほど深遠なテーマかつ優位性となりうるのか、少し人類の歴史を紐解いてみたい。

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爆発的に売れたサピエンス全史を読んだ方ならお分かりだろう。数万年前に、突然変異の認知革命によってホモ・サピエンスだけが

「虚構」

を信じる能力を得られたからだ。「虚構」とはつまり、あるかないか分からないものを空想し、それを信じる力を得ることによって「想像上の現実」を生み出す能力と言える。
これにより我々の遠い祖先であるホモ・サピエンスは、血縁や親密性のみで繋がれる群の限界(概ね〜150人 = ダンパー数としても有名ですね)をはじめて突破し、集団的現実によりどの種もなし得なかった何千、何万もの組織の力を束ねることに成功した

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個の力を束ね、その力を最大限に発揮し、独自の価値発揮し続ける源泉は
その集団が何を信じて、判断/行動しているか(=企業文化)」であると言える。数百、数千の人々を束ねて中長期で勝ち続ける法人であるためには、どの法人よりも優れた独自の文化を持つ必要があると言えるだろう。

企業文化の逆三角形

「企業文化」という掴みどころがない空気みたいなものを、ある種のフレームワーク的にまとめてみたいと思う。「企業文化」は次のような逆三角形で表すことができる。

「企業文化」=
その企業が信じるもの、そして
それに基づき判断/行動することの全て。

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最も長い時間軸でいうとその企業体が実現したい「世界」があり、それが社会に与えるインパクトという点で左右に大きく広がっている。次にその世界を実現するために心に決めた「使命」がある。使命というレイヤーになってはじめて具体的なプロダクトに落としこまれると考えていい。さらにその下、短期的なものに目をやると、その使命を果たすために、日々判断したり行動したりする上で大切な「価値観」「行動規範」が存在する。

くどいようだが、これがつまり
その企業が信じるもの、そして
それに基づき判断/行動することの全て。
という企業文化の定義そのものだ。

そしてこれは、こんな馴染みの言葉をそれぞれに代入することができる。

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Visionはなぜその企業が存在しているのか、つまりWHYに該当する究極的な部分であり、そのWHYを実現する手段としてのMissionがHOWとして存在する。つまり、WHYのVisionが軸足となり、HOWのMissionはピボットしたり複数存在しても良いのだ。組織が大きくなれば、部門別や事業別にいわゆるサブカルチャーが自然と対等してくるが、このMissionのダイバーシティの範囲内でサブカルチャーを内包させておく、というのもまた大切となる。

さて、このVIsion、Misson、Valueを明文化している企業もあれば、そうでない企業もある。しかし、VIsion、Misson、Valueを明文化するかしないかにせよ、これらは全ての組織において空気のように存在している。明文化している企業でも、実は言語化されていない文化が深層心理に横たわっている場合がある。むしろ、そういった企業の方が多いのかもしれない。

企業文化はデザインされるべき人工物

初めは創業者の信念や価値観だったものが、組織の成功と集団的学習
を通じて深層心理に刻み込まれる。
故に拡大する組織において文化が正しく機能するためには
判断/行動レベルまで注意深くデザイン
されなければならない。

個人的には成長する組織を「人体」に例える。「組織は生き物」とはよく言ったもので、まさに組織はアメーバのように増殖し、有機的に影響を及ぼしあい、コントローラブル/アンコントローラブルの両面が内包される生命体そのものだ。
例えばValueは企業という身体におけるDNAや流れる血液のようなもの。人間のそれと同じように、企業それぞれに異なる配列、血液型がある。
独自の企業文化を維持するため、成長する身体に合わせて末端まで血管をはりめぐらせ、血圧を適正に保ち、血液の純度を維持する努力をしなければならない。
創業者は強烈な心臓として熱い血液を細部まで浸透させ、組織を生きたものとするのだ。

優れた企業文化とは何か?

「企業文化」がデザインされるべき人工物だとした場合、では一体「優れた企業文化」とは何なのかを理解しなければならない。

ひとつ例を挙げよう。最近ひときわ好調で話題の多いNetflix、実は1997年設立なので創業20年以上も経つ会社だ。20年の歴史で、実に2度の不況と2度の事業ピボットを経て、ポストを利用したビデオレンタルサービス会社だったスタートアップは、今や世界ナンバーワンクラスの動画コンテンツメーカー兼プラットフォーマーとなった。

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参照リンク

もちろんそれぞれのターニングポイントでのブレークスルーをミクロに見ていけば様々な戦略論に帰結するかもしれないが、マクロに見れば「優れた企業文化」がこの荒波を乗り越えさせたと言っても過言ではない。

なぜなら、現に彼らは「企業文化」を注意深くデザインしてきた。

FacebookのCOOのシェリル・サンドバーグが「シリコンバレーから生まれた最高の文書」と讃えたことで変に悪目立ちした感は否めないが、このSlideshareで2000万回近く閲覧された(現在はコーポレートページへ以降)「Culture Deck」と呼ばれる彼らの企業文化をまとめたスライドは世界中の経営者やボードメンバーに「企業文化」とあらためて向き合うきっかけを与えた。
そして、意外と知られていないのが、このスライドは10年以上も前から社内のパワーポイントで従業員を巻き込んでアップデートされ続けてきたという事実だ。勝つべくして勝つその道のりの背景には、力強い「企業文化」の後押しがあったのだ。

そして当然のごとく、彼らの企業文化をなぞることがどの会社にとっても「優れた企業文化」になるはずは無い。「企業文化」の本質は簡単には真似できない独自の信念、集団的判断や行動であり、置かれた環境、時代背景によって「必要となる企業文化」が異なるからだ。故に、残念ながら「優れた企業文化」を一意に定義することはできない。そこに一般解は存在せず、特定の文脈に埋め込まれた特殊解を求めるしかないと言える。

企業文化をデザインする

そして、「企業文化」は「つくる」ものではない。
「企業文化」は「既にそこにあるもの」
だ。

「企業文化」は法人が生まれた瞬間から、創業者によって信念が埋め込まれ、価値観が刻み込まれ、組織の成功と失敗を繰り返す過程で集団的学習を通じ深められ、その法人という大集団の行く末を、良くも悪くも都度規定する羅針盤となる。

「企業文化」に着目した経営戦略上のアプローチというものは、既にあるものを可視化し、深く理解し、より組織に対して強め、自社のおかれている外部環境や時代に合わせて微調整したりトレードオフのバランスをとったり、必要に応じて外科手術をする。

つまり、「デザイン」なのだ。

元ZapposのCOOで現セコイア・キャピタルのパートナー Alfred Lin は優れた企業文化がもたらす恩恵を次に挙げる6つに集約している。

First Principles:最初の行動規範となる
Alignment:組織を一つの方向に
Stability:安定性を作り出す
Trust:信頼を生む
Exclusion:必要としない人を排除し
Retention:必要な人をとどめる

どの企業にもすべからく導入すべき一意の「企業文化」は無いが、より良い「企業文化」をデザインするための要件はある。
次に、優れた企業文化のデザイン要件をいくつか書き出してみたいと思う。

1. WHYからはじめよ

サイモン・シネックによって見出されたこのWHYから始めるフレームワークは、「企業文化」のコンテキストにおいては「なぜその企業が存在するのか」という根源的な問いへと突き刺さる。「WHYからはじめるプレゼン世界選手権」があったら間違いなく殿堂入りとなるであろう Steve Jobsの有名な復帰戦キャンペーン(Think Different)にあたって、社内に向かって彼はこう訴えた

“What we are about isn’t make a boxes for people get jobs done. We believe that people with passion can change the world better.”(我々のコアバリューは仕事をこなすマシンを作ることではなく、世界を変える情熱をもった人々を信じることだ)

今世界最高レベルで「企業文化」を学習し、実践し続けているAirbnbのBrianはこう言っている。

最初は「安くてお手軽な宿泊手段を提供する会社」と我々を定義していた。でも今見えている、実現したいのは「世界中どこでも自分の居場所と思えるような世界を作る」ことだ。これがAirbnbのコアバリューなんだ。

How(手段)ではなく、Why(目的)を軸にすること。手段は変わっても、目的が変わってはいけない。その企業が存在する目的があるからこそ、その企業が永続的に存在できるからだ。

2. 常識を疑い、信念に忠実に

人も組織も、企業も時代に流される。車の運転と同じ、船の舵取りと同じで、目先の激しい動きを見て右往左往するよりも、遠くを見据えたハンドル操作の方が車も船も安定する。

すでに企業独自の文化がそこにあるとしたら、そんな文化の信念に忠実に、短期のトレンドや業界の常識を一度疑ってみるべきだ。世界のケイスケホンダが心の中のリトルホンダの声に従ったように、その文化の心の声に耳を立てて忠実に実体をデザインすべきだ。

この観点で最もわかりやすい事例の一つはPatagoniaだろう。誰もが知るアウトドアブランドのPatagoniaは、2011年に彼らの「企業文化」を強烈に印象付ける驚くべき企業広告を出稿した。

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「このジャケットを買うな。」

2011年ブラックフライデーの初日、どのアパレルブランドも年に1度の一大消費祭りで売上のスパイクを更新しようと躍起になっている時に、PatagoniaはNew York Timesにこの全面広告を掲載した。

Patagoniaは環境保全のために存在している。クライマーやサーファーなど自然を楽しむアクティブな人たちに向けたハイクオリティなプロダクトを提供している。一見するとエンドユーザーに消費させることが前提の企業活動は環境保全と矛盾するように聞こえるが、世に溢れるファストファッションブランドと対比すればわかりやすい。
トレンドに左右されないデザインで高価ではあるが圧倒的に質が高く何年何十年と着られる服を提供することが、今のファスト消費文化に対する彼らのアンチテーゼだ。そして、彼らは毎年売上の1%をあらゆる環境保全団体に寄付している。利益ではなく、売上を、だ。

また、新しいものを買うよりも、「リペア(修理)」して一生使って欲しいということで永久保証に近しいスタンスを保っている。公式のリペア部隊が各国に存在していて、そのユーザー対応は「神」レベルという声も多い。一見すると企業の営利活動とは矛盾しているが、それでいい。これこそPatagoniaの企業文化なのだから。

そんなPatagoniaは、今だに最高益を更新し続けている。

3. 独自の価値にフォーカス

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先ほどのNetflixのCulture Deckから1枚拝借。アメリカのエネルギー会社のエンロンが不正会計によって破産に追い込まれ、エンロンがトリガーとなり様々な企業の不正会計が明るみになったというコーポレートガバナンスの世界では伝説的な事件。そのエンロンのロビーに掲げられていたValueというのが

Integrity(誠実)
Communication(対話)
Respect(尊敬)
Excellence(優越)

不正会計をした会社が何も体現していないではないかというオチなのだが、これらのValueは何か大事なものを宣言しているようで、実は何も言っていないに等しい。なぜならば、誠実に、対話を大事にし、尊敬の念を持って、優越さを心がける、というのが、道徳的に正しいからだ。

これでは戦略の本質とは真逆の同質性への回帰であり、集団が究極的にAかBか迷った時の羅針盤にもなり得ない。この視点の重要性について『HARD THINGS』の著者としても有名な投資家ベン・ホロウィッツは自身の講演「Culture and Revolution」でこう表現している。

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ショッキングなルールを作れ」と。

4. コア事業との関連性

「優れた企業文化のデザイン要素」の中でも、特に「企業文化の逆三角形」の下部レイヤーで大切なのが「コア事業との関連性」だ。これと定めたWHYとHOWにリアリティを持たせるのが日々の判断、行動の積み重ねとなる。その上で、その集団としての判断、行動がその組織が置かれている外部環境やコア事業にフィットしていることが肝要となる。
極端に分かりやすい例を挙げれば、変化のトレンドが早いアパレルのデザインにおいて、ミスが絶対に許されない製薬開発の正確/慎重なカルチャーはフィットするはずはない。

今時の企業で挙げるならばメルカリのコアバリューの一つ「Go Bold(大胆さ)」は彼らの外部環境とコア事業に非常にフィットしている。なぜならばC to Cのマーケットプレイスは原理的にWiner Takes All、つまり勝者が全てを得るという市場原理が働き、よりものが集まるところに人も金も集まる。つまり新しい「フリマ市場」の開拓においては、誰よりも大胆に行動して誰よりも先に圧倒的な1番を獲るというGo Boldな行動原理が、理にかなっているのである。

一方で国内の圧倒的なシェアのみならず米国でも存在感を表し始めたスマートニュースはコアバリューのひとつに「For the Common Good(公共のために)」を掲げる。ニュースアプリ戦争が勃興した時代から脈々と続くこの信念は、2016年のアメリカ大統領選に端を発するフェイクニュースが社会問題になった荒波にも揉まれず、むしろ追い風へと変える普遍的な信念だった。はからずもフェイクニュースを助長するプラットフォームになってしまったFacebookは、この大炎上を背に一度は舵を切り始めたNEWSコンテンツ強化を変更せざるをえなくなった。前述した「Move fast and break things」という文化が足かせとなったのだ。逆にスマートニュースが掲げる「For the Common Good」というコアバリューは、「情報」という生きる上で人類が空気のように摂取するセンシティブなコンテンツを扱う上で、外してはいけない羅針盤となっていたのだ。

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著書「企業文化」「組織文化とリーダーシップ」で有名なエドガー・シャイン教授はこう表現する。自社が取るべき戦略に対してポジティブに働く文化こそ「良い企業文化」というのが彼の長年の研究における基本スタンスだ。

コミュニケーションをデザインする

「優れた企業文化デザイン」の範疇は、自社の企業文化を真に表した「企業文化の逆三角形」を明文化するだけにどどまらない。企業文化デザインの真髄は、生きる組織を巻き込んだコミュニケーションデザインだ。一見優れた企業文化の青写真も、成長する組織の身体に合わせて、生きた文化を末端まで浸透させる仕組み/力学を理解し、デザインしなければ絵に描いた餅となる。

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つまり、デザインのキモとなるのは「人」である。文化を形作るのも「人」、体現するのも「人」、壊すのも結局「人」だ。人のダイナミクスを考慮しなければ生きた企業文化デザインは成立しない。

そのダイナミクスを理解するには、次の三角形を理解する必要がある。大切なのは組織の普遍的な力学を理解すること。

どんな組織でも、人の集団が組織的に機能するためには物理構造として以下のような形態をとる。

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経営者や経営陣が大局の意思決定を行い、それに基づく現場オペレーションはスタッフレイヤーが支え、ボラティリティはあるがある一定数を超えた組織体は上と下のバランス係としてミドルマネジメントが上下の噛み合わせを機能させる重心となって組織は可動していく。

ここで大事な普遍的な人のダイナミクスとは、アテンションの力学を指す。

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まず物理構造として、上から下の注目が、下から上の注目を上回ることは原則無い。スタッフレイヤーは直属の上司の言動/行動から、経営層が下す戦略、戦術、人事評価から労務設計まで、ありとあらゆるものに意識/無意識下で目を配り、それらから暗黙で莫大な文化の紫外線を浴び続ける。角質の奥深くまで刻み込まれた文化の紫外線は、膨大なスタッフレイヤーの無数のコミュニケーションライン、意思決定、行動すべてに影響を及ぼす。そしてその紫外線の発信元はミドルマネジメントやトップマネジメントが意識/無意識下で示す日々の判断や行動の垂れ流しに他ならない。

正しくデザインされたと思っていた企業文化が、そういった一部の間違った垂れ流しによって汚染され、気がついたら組織全体が後戻りできないほど誤った企業文化に染まってしまうということが起こり得るのが、この組織力学による企業文化デザインの肝要なのだ。

一言でまとめると

企業文化は、経営陣やマネージャの日々の振る舞いによって規定される

と言っていい。

「個」の深層心理まで理解してデザインすること

コニュニケーションデザインという観点では、組織力学のレイヤーでとどまっていても不十分だ。組織の最小単位である「個」のインセンティブや深層心理まで考慮に入れなければ、組織末端まで真にワークする企業文化デザインはなし得ない。

企業文化デザインにおいて、「個」のレイヤーで忘れてはいけないのは次のような視点だ。

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先ほどの組織力学という解像度の話ではトップ/ミドルマネジメントの行動など日々の振る舞いがある種暗黙的な文化の土台を作り上げるという話だったが、もちろんデザインされるべき文化や規律を明示的に組織全体に示さなければならない場面もある。その際には解像度をよりあげて「個」の感情レイヤーまでデザインの範疇まで含めなければならない。
繰り返しになるが、人は論理ではなく情理によって行動するからだ。つまるところ、文化に関わる大号令に関しては

何を言うか、より「誰が」言うかが大事。

言い換えると

説得よりも納得。

ということになる。文化の変革には安定の不安定化という側面が顔を出す。長い年月や衝撃的な成功体験から身体に染み付いた日々の判断、行動レベルの文化が強力なのは、そうすることが組織人として「安全」であるというインセンティブの力に他ならない。故に、その文化に多少なりとも変更を加えたり波紋を投げかけると、直ちに論理を超えた感情的な反発が乱立する結果となる。「企業文化」をデザインする最終レベルの攻防戦においては、この観点での駆け引き、舵取りが求められることを忘れてはならない。そしてその際のキーパーソンを適切に、したたかに巻き込んでおく必要があるのだ。現場の空気を知る、現場のキーマンがラストワンマイルの企業文化をデザインする。

では、現場のキーマン、企業文化のセンターピンとなるような人材はどこにいるのか。問うべきは、次のたった一つの質問に集約される。

「Q. あなたの会社で最も企業文化を体現する社員を、一人だけ選ぶとしたら誰ですか?」

最後のに行き着く「採用」「人事評価」というど真ん中

「採用」や「人事評価」がいかに大切かは、ここであえて語る必要も無い。巷には採用、人事評価のテクニカルな側面で良い悪いを論評するコンテンツが溢れている。ここまで読み進めて頂いた方々ならもうお分かりになるだろうが、この「企業文化」というコンテキストで行き着く「採用」「人事評価」こそが真にこのトピックの重要さを物語っている。

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どんなに優れたデザインアプローチをとっても、拡大する組織が「採用」「評価」を疎かにしていては、企業文化の土台すらつくれないのだ。ここまできて、あえて「企業文化」のデザインプロセスを最も単純化するとすると、それは

✔️ どんな経営判断をするか
✔️ どんな人を採用するか
✔️ どんな人を評価するか

でしかないということだ。これによって「企業文化」はできあがり、これによって「企業文化」は壊れていく。

最後に、あらためて「採用」「評価」それぞれを「企業文化」という側面で解剖していく。

採用という輸血作業

採用においていわゆる「カルチャーフィット」を診るというのは、ある種すでにデフォルトとなっており、「企業文化」に合った人の採用が大事というのは採用の現場のみならず、採用に関わる従業員、それを横目で見ている他の多くの従業員からしてももはや違和感の無い光景だろう。
特に創業期のスタートアップやまだ規模の小さいベンチャー企業においてはその「企業文化」の張本人とも言える創業者が採用/カルチャーフィットの最後の門番である場合が多く、明示されたものから暗黙的で実は明るみに出ていない深層心理の「企業文化」までその最終関門でしっかりとチェックされることが多い。

特に「優秀な人材」の大切さというのはIT業界でそのアテンション含めて際立っており、それはテクノロジーの根底を支える「エンジニア」という職種の特異点がそうさせているとも言える。人種の特異点という観点では、「ブルカラー人種」に比べ、「ホワイトカラー人種」の方が単純に労働集約的な足し算ではなく掛け算で組織のアウトプットに影響を与えるという事実を経て、「エンジニア人種」はさらにその枠を飛び越え、一人の優秀なエンジニアが他の何十人分のアウトプットを一夜にして実現するという事象の登場によって、テック業界においては「優秀なエンジニアの採用」が一大テーマになっている。特にGoogleがこの知見、常識のベースラインを大きく引き上げた功労者と言えるだろう。

以上の観点においては、

真に優秀な人材の採用 = 企業としての競争優位

という方程式が一般化されていく中で、未だに「優秀さ」よりも「カルチャーフィット」の比重は低く、優秀だけれどもカルチャーのミスマッチが成長著しい組織の思い足かせとなっている事例がまだまだ散見される。

今までの考察から推し量れるように、集団行動の組織体においてその行動や判断を司る「企業文化」の重要性は譲れない。一度異分子が混入すれば、他の分子や組織に大きな影響を与え、マイナスの異分子はガンのように恐るべき速度と力強さで企業という身体を蝕んでいく
特にカルチャーフィットしていない人材というのは単にローパフォーマーとなるだけではなく、放置しておくとガンになるのだ。また、ガンが発症するまでは割と緩やかに症状が進行していくため、一見すると気づくことができない。しかし一度発症するとそのネガティブパワーが連鎖し、負のサブカルチャーが構築される。ポジティブパワーより、ネガティブパワーの方が圧倒的に力強く、横の結びつきが強固だ。このように「企業文化」のコンテキストにまつわる事象は、全て中長期で起こるのでやっかいなのだ。

このように、組織の足かせとなるガンはその病原体が「優秀であるか否か」ではなく「カルチャーフィットしているかしていないか」で起こる。だから採用におけるカルチャーフィットは、優秀さの判断よりも大切だと言い切りたい。採用という輸血作業においては、血液型のミスマッチが致命傷となるメカニズムと照らし合わせてみるとわかりやすいかもしれない。

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採用においてカルチャーフィットを診る場合、明示されたコアバリューに沿って各面接官がチェックする、創業者が必ず最終関門でチェックするという作業はもやは一般的に行われている。

真に大切なのは

どんなに優秀でも、カルチャーフィットの観点で少しでも疑問符がつくなら、絶対採用しない。

というマインドセットであり、それすらも「企業文化」として組織に根付かせるべきだろう。例えばAirbnbの採用においては必ず「Valueチェックの専門面接官」も入りカルチャーフィットを診る。エンジニアの採用であればValueのチェックにおいてはエンジニアは当てず、徹底的にバイアスを取り除いている。ダイバーシティ(多様性)の大切が叫ばれているが、国籍/性別/バックグラウンドなどにおいての多様性は大切だが、Valueにおいての多様性は必要ないというスタンスだ。

ホームランバッターばかり並べても打線は繋がらず、エースストライカーばかり揃えてもパスは通らない。結果として試合に負けるのだ。我々が直面している企業競争のゲームにおいても、点を取ることよりも試合に勝つことが大切。中盤に要を置き、ディフェンスを固め、チームとして守りも攻めもバランス良く機能させるためには、「カルチャーフィット」に重点を置いたスカウトの大切さを繰り返し述べておきたい。

人事評価という健康診断

最後に人事評価について触れておく。こちらもその方法論にフォーカスが当たりすぎて「なぜ評価/フィードバックが大切なのか」といった本質的な議論を見かけることは相対的に少ない。ただし、「企業文化」というコンテキストに当てはめれば、この組織における「健康診断」がいかに未病という観点で大切かがお分かり頂けるだろう。

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また、この「人事評価」というコンテキストにおいては評価者よりも被評価者にフォーカスが当たる。それ自体は必然なのだが、「企業文化」という観点で組織の力学に照らし合わせた場合、根本的に大切なのはミドルレイヤー以上の文化観点でのメディカルチェックだ。

企業文化は、経営陣やマネージャの日々の振る舞いによって規定される

と書いたが、この観点においては上位レイヤーの「企業文化の純度維持」こそ重要なテーマとなる。特にミドルマネジメントの登用や育成においては、カルチャーフィットという観点に特に重点をおかなければならない。優秀というだけで人をプロモーションさせる危険性は、とりわけ強調しておきたい肝要だ。

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つまり短期的な実績には単発での報酬で報い、「企業文化」に合う人材こそより高い地位に据えることが大切である。

エピローグ

ひょんなことから人事の責任者になった時、初めて真正面から「企業文化」というものに向き合った。今まで散々「企業文化」と口にする機会があり、暗黙的に文化の力を体感したことも多々あったが、あらためてその得体のしれない空気のような存在に対峙してみると、その「人」を軸にしたダイナミズムにただただ翻弄されるばかりだった。
しかし一度懐に入ってみると、その圧倒的な深遠さと企業における競争優位の源泉とも言える力強さに、例えが難しいが恋い焦がれてしまった。
それぐらい「企業文化」というものは組織全体を俯瞰して見るものの立場からすると時に美しく、時に恐ろしい。

一方で、「企業文化」というものが断片的でテクニカルに語られることはあっても、根本の存在理由や定義/意義、そしてその広大なテーマに内包される「人」を軸とした様々な構成要素の有機的な繋がりをまとめた文献は少なく、正面から向き合っている立場として息苦しい思いをずっと感じていた。その息苦しさはまた、「企業文化の重要さ」に対する温度差の違いからくるフラストレーションと言ってもよかった。そんなフラストレーションが、これを書く自分のモチベーションとなっている。「人」が軸となった事象は基本的に一般解が存在しない。故に画一的に解き明かすことは難しく、机上の空論は通用しない。結果的に、それは泥臭い地上戦と血も涙もない空中戦のオンパレードとなり、現場を経験した人間でないとリアリティを持って語ることが難しい所以だ。

お陰様で様々な人、組織の前で一人前に「企業文化」を語る機会が多くなった。未熟な構成、乱文ではあるが、本ドキュメントが「企業文化」というものの本質に対する理解に、に少しでも一役買ってくれればと願う。

(了

著者:冨田 憲二|Kenji Tomita

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