2度のゲーム事業失敗からピボットしてFlickrとSlackを創った男。

「Burbn」というロケーションチェックインアプリの失敗から、そのサービスのイチ機能としてユーザーに好評だった「写真共有」を切り出してInstagramを創った、というのは有名な話。

同時に有名になったワード「ピボット(Pivot)」ですが、同じくオンラインゲーム事業を2度失敗し、2度の失敗からピボットして事業を2度も当てた男がSteweart Butterfield。

そんなズルいキャリアのピボットストーリーは大変面白かった。今回も、How I Built Thisより。

最初のオンラインゲームの失敗。
時は2002年、かなりのゲームギーク向けにニッチなオンラインゲームを作った。

投資家はだれも興味を持たなかったね。
資金に関しては、ゲームがそもそもサブスクリプションモデルで、自分の資金も突っ込んだ。
ただ2003年にはいかにこれが難しいかがわかってしまってね。

それがなぜ、ピボットしてFlickrになった?

ユーザーはついて来なかったが、技術は最新だった。
Webブラウザーでゲームを実現する技術は素晴らしく、新しかった。
ある日ロイヤルユーザーがNYでオフ会を開くっていくから行ったんだ。
そしたら飛行機で食中毒に会ってね。
熱が出てホテルでくたばっている時に、Flickrのアイディアが一気に湧き出た。一晩でね。
ゲームでユーザーがやっているオブジェクトをコピーしたり移動させたり、特定のオブジェクトに対してチャットしたり。
それを「写真」に変えて、写真の共有に特化したサービスにすれば良いんじゃないかって。
当時は技術的に難しいことで、それを実現するのはすごいことだったんだ。

実際Flickrをリリースして、すぐにグロースしたの?

2004年、ちょうどgoogleがbloggerを買収したんだ。
しかし当時のbloggerには写真アップロードの機能が無かった。
だからFlickerがその機能として重宝され一気に広まった。

当時それだけの写真をストレージするコストって大変だったでしょ?

PROアカウント(無料ユーザーは200枚まで)でそれなりに課金されていたけど、確かにハードコストがかかったね。
毎週DELLのPCを大量に追加しても追いつかないスピードだったよ。
毎週金曜日にみんなでラックに追加していた。
ただ、サービス認知も広まって資金調達も可能になったし、M&Aの話も舞い込む様になった。
有名なところだとGoogleやYahoo!からね。

調達して続けるか、M&Aするか、どういう決断だったの?

結論、Y!にM&Aすることに決めたんだ。
大規模なユーザー数に技術力、サーバーなどのインフラ、そして条件も魅力的だった。


実際何年Y!にいた?ぶっちゃけどうだった?

3年縛りで3年半いた。
軍隊のブートキャンプみたいで、ひどい経験ではあったね。
9人の会社が12,000の会社にジョインすることがどういうことか。
例えば意思決定のプロセス、Flickrの機能アップデートをブログでアナウンスするだけで、公開までのプロセス長くてひどかったよ。

そしてまた、ゲームを作ろうと?

前回と違いタイミングは完璧だった。
2012年にはみんなネットを使い、オンラインゲームもポピュラーになった。
そこで作ったのが「Glitch(グリッチ)」、Flickrの実績があったから調達は凄く簡単だったね。

今度は順調だったと?

初期のインディケーションは良かった。
課金もたくさんされた、平均$70/yearでね。
ただごく少数だったけどね。
ユーザー体験は相当特徴的だったんだ。

でも2012の11月、シャットダウンしてしまうね。何があったの?

起業家の特徴である「アンナチュラルオプティミズム(非現実的な楽観思考)」が尽きたんだよね(笑)
ファネルで失敗していた。
ユーザーが次のファネルに行かない、スティックしないのがわかってしまったんだ。
トライアンドエラーしたが、マジックフォーミュラが見つからなかった。

もはや自分は、これ以上この事業を信じられらない。
深夜に眠れなくなって経営陣にメールを送った。
It's Overだ、って。
何百万のコンテンツ、数百のオリジナルBGM、すべてが無駄を捨てる決断だった。

どうやってチームに伝えたの?

オールハンズで伝えた。
これはもう、ひどい経験だった。
みんな信じてくれたのに。
ちょうど3ヶ月前にジョインした6ヶ月のBabyとファミリーでこの街に引っ越してくれたエンジニアと目があってね、本当に辛かった。

そこから、みんなの再就職を手伝ったって?

大半の社員を解雇して、その社員の再就職の手伝いをすることにしたんだ。
幸い銀行の口座にはまだ数ヶ月彼らを養うキャッシュもあった。
そこでWebサイト「Hire Genuius」 を作って呼びかけたんだ。
全員分のレジュメも載せてね。
37人全員が、全員良い職につけたよ。

メンバーによってはより良い職にもつけたと思う。

次はどのような動きを?

Glitchは失敗したが、すごくチームはプロダクティブだった。
インターナルコミュニケーションツールを自分たちで作っていたんだ。
そのツールはチャネル別で別れていてね。
例えばEメールの欠点は、新しいメンバーがジョインしたら「空」ではじまるが、そのツールは既に過去の歴史ややりとりが残っている。
横の共有が圧倒的に最初から違うんだ。

すぐこれを事業にしようと?

もちろんゲームを作っていたチームだったから、そんなこと考えてなかった。
ただ一度何か新しいことをやろうと思った時、Glitchのシャットダウンは悲しいが、もうこのツール無しでは、同じようにすごく生産的なチームにはなれないだろうと感じたんだ。
そして、きっと他の人も気にいるだろうと。

そして、ピボットの決断からプロダクトのコア部分を決めて動き出すまで、1週間もかからなかったね。


ただ、ゲームを作っていた会社のメンバーが、すぐこのアイデアに乗ってきたの?

一見ゲームとは関係ないんだけど、結局突き詰めると、我々の残ったチームのコアバリューは二つで
1. ソフトウェア作るのがとにかく好き
2. 大規模で大勢が使うコミュニケーションツールに情熱を持っている
ということだったんだよね。

実際にリリースして、すぐにみんな飛びついた?

もちろんそんなことは無かったよ。
この手のサービスの難しいところは、1人のユーザーじゃなくて周りも使わないと提供したいユーザー体験が完成しないこと。
トライアンドエラーでとにかく色々な企業や友人にピッチを繰り返した。
遂に、audio, Inc.という会社が導入してくれることになったんだ。
100名以上の会社でね。我々はまだ8名の会社だったけど。

投資家は応援してくれたの?

誰も信じてくれなかったよ(笑)
馬鹿げたちっぽけなアイディアだね、GoodLuckって感じで。

それでも事業を信じられたのは?

ファネル分析の結果は完璧だったんだ。
これは絶対何かになると思った。
使い出すまでがハードなプロダクトだけど、一度使い出したら止めるユーザーはいなかったと言っていい。
それぐらい粘着性の高いプロダクトだったんだよね。

それで一気に事業が立ち上がった?

そうだね。
iOSのストアなどに公式にローンチして、今までフリーで使ってもらったテストクライアントにも正式に課金のバーを設けた。
みんなドロップせずに、コンバージョンは完璧だったよ。

最後に。
2014年2月にローンチして今の評価額は$5.1B(2017年9月)。
最速で成長したビジネスAppだけど、Slackにたどり着かなかった可能性はあると思う?

もちろん。
一般的には「夢を諦めるな、耐え忍ぶんだ!」って言われるよね。
それは一般的は真実だと思うけど、それより大事なのは「まず失敗しろ」ってことかな。そのマインドがなければslackは生まれなかったよ。

(了)

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