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動けよ京急線!!

人身事故‥

日曜の朝から人身事故なんて、たまらない。

これから羽田に行かなければならない。
11時発の山形庄内空港行きに乗るわけだが、その日は師匠と一緒。師匠はマネージャーさんの車で10時には到着予定なのだ。
時刻は9時15分。JR川崎駅から京急川崎駅に徒歩で5分ほど移動して、そこで初めて分かった。動き始めるのは、9時50分予定だそうだ。

動けよ京急線!!

あと京急線で15分乗れば羽田なのだ。
予定でいけば30分前には余裕を持って到着する予定であったが、こうなったら大変だ。師匠と一緒の仕事で遅刻するなんて最悪すぎる。その日一日中、申し訳なさそうな表情でいなければいけない。そんなのは嫌だ。師匠は怒ることはないだろうが、イラッとするかもしれない。一瞬にして、いろんなことを想像してしまう。

落ち着け。

他のルートを検索しよう。だが、電車で京急線をさけての羽田行きは、どのルートも遅刻のようだ。タクシーだ。京急線の周りにタクシーは見つからない。JR川崎駅に走って戻り、タクシー乗り場を発見。予想はしていたが、大行列である。
時刻は9時25分。
検索すると、タクシーで行くと、25分かかる。今乗ったとしても、9時50分着で、師匠が早めに着いてしまったら、もう終わりだ。
仕方がない。師匠に京急線が遅れていることを連絡しよう。師匠には基本メールなのだが、こういう場合はどっちだろう。電話した方がいいか?いや、メールにしよう(たぶん電話のほうが良かった)。メールの文章をうつ。読み返すと、「申し訳ございません」を3回使っている。さすがに謝罪量が多いな。一回でいいか。だが、
「大変、申し訳ございません。京急線が人身事故により、遅れてしまうかもしれません。」
だと、なんだか、もの足りない気がする。  「大変、申し訳ございません。京急線が人身事故により、遅れてしまうかもしれません。申し訳ございません。」

最後にもう一度、「申し訳ございません」を入れたくなる。消す、打つ、消す、打つを何度か繰り返し、やはり「申し訳ございません」は2回のサンドイッチ作戦で行くことにした。
たが、送った瞬間に「遅れるかもしれません。」この「かも」が気になり始めた。「かも」ってなんだよ。そこは潔く「遅れます!」で良かったかもしれない。そんなことしている間にも時間は過ぎていく。しかし、タクシーの列は多かったが、バスの方が早いらしいという新しい思想の持ち主が現れ、何人か抜けていった。徐々に前に行く。
時刻は9時35分。
僕の前に1人のおばあちゃんを残す形となった。もう少しだ。だが、どうして人生は、いつもこうなのだろう。あと少し、あと少しのところでなかなかこない。この一瞬にしてタクシー会社は全て潰れてしまったのだろうかと思うほどタクシーは見当たらない。
時刻は9時40分。
たったの5分。だが、この5分が永遠に感じた。アインシュタインの相対性理論て、こんな感じなんだうなあと、こんな時でも、どうでも良いことは浮かんでくる。やっと一台のタクシーが来た。前のおばあちゃんが乗ろうとすると、おばあちゃんがぼくに話しかけてきた。
「お兄さん、どこに行くの?」
「羽田です!」
「あら、ターミナルは?」
「第2ターミナルです!」
「一緒だわ。乗ります?」
「はい!」
有難いおばあちゃんである。ピンクのジャンバーにメガネをかけた白髪のマダムに救われた。時刻は9時45分。
「すみません!急いで下さい!」
タクシーの運転手さんに後は託すしかない。おばあちゃんに、ありがとうございますとお伝えすると、
「これもご縁だからねえ。お兄ちゃん急いでるの?」
「すみません、目上の方と待ち合わせで」
「じゃあ、お代はいいから先にいってちょうだい。」
「そんな申し訳ないです。半分出します。」
「いいの、いいの。こういうのは年長者が出すものよ。」
「1000円だけも!」
「ラーメンでも食べて。」
「すみません!甘えます。ありがとうございます!」

なんて心優しい方なのだろう。おばあちゃんがが許せばハグしたかったが、ここは我慢しよう。

そうしているうちに、優秀な運転手さんであったのだろう、20分で到着して、時刻は10時05分。
「本当にすみません!ありがとうございます!」
「本当にいいから、行って行って。」
その瞬間、僕はあまりの申し訳なさから人生で初めての言葉を言った。

「せめて、お名前だけでも!!」

言った直後に、心の中で、初めての言葉だ!と驚いていた。

それに対して、おばあちゃんは

「いいのよ!名前なんて!いいから!いいから!」

さすがに、「名乗るほどでも」は言ってくれなかった。

降りた瞬間に嘘のように師匠の車が到着した。ちゃんと時間に間に合った僕をみて、
「おお、大変だったな。」
「優しいおばあちゃんとタクシー相乗りして、間に合いました。」
僕は、まだそこにいた、おばあちゃんに深々と会釈をして、師匠と一緒に保安検査場へ向かったのだった。

あの時の優しいおばあちゃんは、どなただったのだろう。もう一度会いたい。もう一度会って、感謝をお伝えしたい。もし、おばあちゃんがこの文章をよんでたら、僕に、いや、読んでねーか。
うん、読んでないね。

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