はじめまして、サックス
サックスをはじめました。
はじめましたと言っても、音楽教室に通い始めただけだが。
もともと僕は、音楽に疎い。苦手である。
中学時代、音楽の授業のときに、歌い出しの「あ」の段階で、禿げた音楽教師のおっさんに
「全然ちがう」
そう言われた。うまくはないが音痴ではないと思っていた僕の人生は、なるべく音楽に触れないように生きる人生に変わっていった。
だって全然ちがうんだから。
ところが落語家になると、そこから逃げだせない状況になった。落語家は前座という修行期間中、師匠方が高座に上がる時の出囃子の太鼓を叩かなければならないのだ。三味線に合わせ、太鼓を入れる。僕なりに一生懸命やった。三味線に合わせて、太鼓を「テン」と入れると、先輩が言った。
「全然ちがう」
ほらみろ。だから全然違うんだって。分かってる。だが、それでもなんとか「ちょっと違う瞬間もある」くらいには上達した。それでも、僕はなるべく太鼓に触れないように生きてきた。
そんな僕も音楽に触れたいと思う瞬間がやってきた。私の師匠、春風亭昇太は8月になると小遊三師匠を中心とした芸人たちとプロのミュージシャンがメンバーに入った『にゅうおいらんず』というバンドをやっている。その特別公演で、山形の酒田市で公演があったのだ。
ドラマーの高橋さんを中心としたプロのジャズメンバーに小遊三師匠と、うちの師匠が加わるという形であった。その公演が素晴らしかった。前半は落語で、僕も一席やらせていただいたが良いお客様だ。そして、後半はジャズライブ。生まれて初めて観るジャズライブは舞台袖からであった。そしてそこに、トランペットを持った小遊三師匠、トロンボーンを持った師匠が舞台に上がっていく。先程の着物を着た落語から、私服で金管楽器というギャップがある。そこには笑いに演奏、、、そして何よりプロのジャズメンバーの迫力、、、かっこよかった。
公演が終わり師匠に、
「音楽は良いですね」
と伝えると、
「音楽はいいですよ」
「ちょっと僕もなんかやりたくなりました」
と、つい言ってしまったのだ。
すると師匠は、
「噺家はなんでもやりゃあ良いんだよ。ダメならやめりゃあ良いんだから。失敗してもネタになるしな」
確かにその通りだ。
うまくいけば、それはそれで良いし、失敗しても、我々の場合ネタになる。どっちに転ぼうがおいしいのだ。
てなわけで、
はじめまして、サックス
となるわけだ。
今は個人レッスンに通っている。昨日で体験レッスンを含めて三回目だったのだが、ようは個人レッスンのため、一対一である。
それは、落語の稽古を思い出す。
我々、落語の稽古は師匠と一対一で稽古を行う。師匠が目の前で僕のために落語を一席やってくれ、それを録音しながら師匠の落語を聴く。そして覚えたら、また一対一で今度は僕が師匠の前で落語をやり、ダメ出しをもらうのだ。なのでその時は、
「はい!申し訳ございません!」
めちゃくちゃかしこまる。
この一対一でやる稽古が、まさに個人レッスンと同じなのだ。しかも僕は人見知りに、根暗である。仕事であれば、なんとか頑張れるが、プライベートのため、そこまで頑張れない。そして、「全然違う」と言われた音楽のレッスン。恐縮しかしない。
なにかあれば、口ぐせのように、
「すみません」
と言ってしまう。
なんか言われると
「はい!」
稽古のくせで、根暗だが、やたらと返事はする。
昨日のレッスンは、普段はヒゲをはやした優しいおじさんの先生なのだが、スケジュールの都合で女性の先生だった。
「須貝です(本名)。よろしくお願いします。」
「はい!よろしくお願いします!」
元気な先生である。
なるべく根暗にならないようにする。
だが、油断すると「すみません」と言ってしまう。
「謝らなくていいですよ〜」
「あ、はい」
だが、稽古のように硬くなっていく。
「須貝さ〜ん、硬くなってますよ〜。リラックス!!」
「はい、すみません」
レッスンが終わるとこう言われた。
「先生からはですね、須貝さんには優しく教えてあげてくださいって言われてますんで、優しく教えましたー。」
すごく気を遣われてる、、、
根暗で、やたらと恐縮しているから、そりゃそうか。
確かに、
優しかった‥
すごく優しかった‥
「全然ちがう」なんて言われなかった。
たが、その優しさの裏側に、根暗恐縮野郎を傷つけてはいけないという大人の対応をされているかもしれないとそう思うと、なんだが音楽教室に向かう足どりが重くなっていく。
まあ、それでもサックスを吹くのは楽しかった。そのうち、上達したらグループレッスンにうつるのだが、今のところ不安しかない。
サックスの復習と笑顔の練習をしようかと思う。
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