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空気読み1000本ノック


空気を読むのが、にがてだ。


わたしは「アスペ」である。まだそんな言葉が一般的になるよりもはるかに前、たまたまその筋の先駆者であるお医者さまに、そう告げられたそうだ。

そうだ、と他人事のような言いかたをしてしまうのは、親がその事実をひた隠しにしていたからである。わたし自身がそれを知ったのは、専門学生になり、10代がもう終わろうとしていたある夏のことだった。

思えばほんとうに空気の読めぬ子であった。他人の気持ちがわからない。こういうことをされたらひとはどうおもうか、そういった感覚が抜け落ちているのだ。とうぜん、周囲との軋轢を生む。わたしはさまざまな軋轢を生みまくって、もはや専門店のようになっていた。ほらほら、よってらっしゃい、みてらっしゃい。


さらに、輪をかけてたちがわるかったことに、わたしは我が、つよいのだ。おだやかそうな顔立ちである、と言ってもらえることが多いものの、実際はクセがつよい。食卓のレギュラーのような顔をしてアクのつよい、ほうれん草のようなやつである。見かけで生食されては、吐き出されてきたのだ。ほんとうは茹でてから食べてほしかったのに。

社会人生活に慣れてきたころにようやく気付いたのは、ひとはみんなものすごく場の空気を重視する、ということだ。過度な自己主張をしない。積極的に意見を言わず、ふんわりとした空気感でそれとなく伝えていく。発言や行動に至るまで、空気を読み、味方につけ、時には支配し、他者とのコミュニケーションを図っていく。気に入られた人間ほど、組織のなかで円滑に仕事が回っていく。もちろん個人の能力もあるが、少なくともわたしのいた会社はどれも、こちらの能力のほうが重要視されていたようにおもう。いままでわたしが見落としていたものは、あまりに多い。


さすがにこれはまずいのではないか、と気付いて対人関係を改善しようとおもったのが1年半くらい前のこと。気付けば30代になっていた。「30歳から始める」で始まるタイトルは、たいてい仕事か資格の本である。うるせぇ、こちとらいまさら人間関係だ。

ただ、この歳になってくると、多少なりとも蓄積されてきたものはあるのだ。場の空気は相変わらずいっさい読めないのだが、顔色や表情、言いかたや過去の発言などから、どのような考えを持っているひとなのか、ということをひたすら読み解いていくという作戦をかんがえた。空気を読む、というよりもはや、かんぜんに推理ゲームである。ただでさえ、ない頭をフル回転させるのだ。脳の消費が半端ない。特に、実際に会って話すならまだしも、SNSでのやり取りは表情が読めぬぶん、よけいに不安になってしまう。

ただ、それにも段々と慣れてきたところはある。力の入れどころ、抜きどころがようやく少しずつわかってきたのだ。周囲の声も少しずつ変わってきた、ような気がする。ただし、わたし個人としては「ようやく少しは、一般人に擬態できてきたかな」というようにしか思えない。なにせ、空気を読めないことに関しては天才的な才能を持ち合わせている。ひとつ読み解きを誤ると、簡単に地雷に突っ込む自信がある。油断してはならない。


つい先日、友達と話す機会があった。ものすごく場の空気感を大切にするひとで、ひとの行動をちゃんと冷静に見極めつつ、その上でやさしさを持ち合わせている、包容力のあるひとだ。年下ながら、すごく尊敬のできる友達のひとりだ。

その友達も、同じ悩みを抱えていたという。そして、解決方法もおなじだった。正直おどろいた。誰よりも空気を読むことに長けているとおもっていた、あのひとが、だ。まさか!

「わたしたちは、空気読み1000本ノックを受けているんですよ。」とその友は言った。ひとつ踏み外したときのこわさ、うまくいっているなんて、到底思えない不安。すべてに共感ができた。ふつうに生きていてはきらわれる。なんせ失敗体験が山積みなのだ。富士山よりもおおきな山が、わたしの後ろにはそびえ立っている。

ひとの心にすっと入り込むのがうまいひとがいる。おいおい、と思われつつも愛嬌のあるキャラクターで許されるひとがいる。口数は多くないが、絶大な信頼を寄せられているひともいる。そういうひとたちが正直うらやましいし、ああなりたいなとおもうこともある。

ただ、わたしたちはぜったいに彼らにはなれない。

わたしたちには、わたしたちにしかできない方法があるのだ。泥だらけになりながら、ボールを後ろにそらしながら。少しずつ、慣れていくしかないのだ。不格好で情けない姿でも、決して卑屈になることはない。わたしが憧れる彼らもまた、わたしにはなれないのだから。


終わらないノックの果てに、いつか名手になれる日々を夢見て。

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#エッセイ #日記 #人間関係 #発達障害 #アスペルガー #ADHD #コミュニケーション #コンプレックス #初投稿  

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