べーろべーろべ。

「だーれだっ」とおどけて聞く母に、間髪入れずに「べーろべーろべっ」と返す父。

父にお迎えが来るほんの6時間くらい前の出来事である。時刻は深夜の3時を迎えようとしてた頃。

父は深夜1時を少し過ぎたあたりに軽い発作というか、錯乱状態に陥った。目は虚空を見つめ、呼びかけにも応答しない。
慌てて看護師さんを呼び、対応をして頂いた。脈拍、血圧、酸素濃度が低下していたらしい。

酸素の吸入をして貰うと、ゆるやかに元の状態に戻って来る。
起きると貧血みたいになるから寝てなきゃダメだよ、と何度も言うのだけど、朦朧としながらも何度も起き上がろうとする父。ここ数日はその繰り返しだった。

あとで思ったのだけれど、きっと、寝てしまう事がこわかったのでは、と思う。1度寝たらそのまま起きれなくなるかも知れないとどこかで分かっていて、何度も何度も起きて、生きようとしていたのでは、と思う。
その、父が必死で掴んでいる「生」を「大丈夫だよ」と言って母と2人でなだめた。大丈夫だよ、と。

やがて状態が落ち着いて、起き上がろうとはしなくなり、ぼんやりと母が寝ている簡易ベッドの方を見ながら横たわった。

そして冒頭のやりとりに至る。

それは、「いよいよ、死ぬかもしれない」と不安と恐怖で胸がいっぱいだった母を、そして傍らにいる僕を落ち着かせるために放った全世界で1番優しい強がりだったのかもしれない。
そしてその強がりは見事に僕と母を騙し、大笑いさせてくれた。そのおかげで、母も僕も少し落ち着いて、つかの間の深い眠りにつくことが出来た。

僕はあんなに面白くて、あんなに切なくて、あんなに愛おしい言葉を聞いたのは初めてだ。

「べーろべーろべ」

それは、愛の言葉。

この世でいちばんかっこよくて、優しい男の、最後のエンターテインメントだった。

2018.3.10 深夜3時の出来事。

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