絶対に終電を逃さない女が終電を逃して相席屋に行った話

今からちょうど半年前、後輩(女)とゴールデン街のバーで飲んだ日のことだ。
終電に間に合うように店を出たつもりが、少し走らないと間に合わない時間になっており、「私急ぐの嫌いなんだよね」と言うと「私も嫌いです」とのことだったので、2人で終電を逃すことになった。

私はもともと早寝早起きにこだわっていたためいわゆるオールで遊ぶということはしない主義だったのだが、この頃は不眠症を患い生活リズムが崩壊していた。
この日も家に帰ったところでどうせ眠れないことはわかりきっていたし、終電なんかどうでもよかった。

ちなみに終電を逃すとフォロワーから名前と矛盾していると指摘されたりリムられたりするので改めて言っておくが、「絶対に終電を逃さない女」というのは、飲み会で「やべーもうすぐ終電だわー」と言っておいて「あー!終電逃した!」と内心終電を逃してもいいと思っているとしか思えないような茶番や、一夜を共にするための「終電逃しちゃった♡」という口実などに見られる、終電で帰る意思を見せつつ終電を逃す欺瞞に対するカウンターである。
ゆえに、自ら終電を逃す意思表示をして終電を逃すことは、絶対に終電を逃さない女のコンセプトに矛盾しない。

ゴールデン街でもう一軒行こうかという話になったが、お金の無かった私は相席屋に行こうと提案した。
朝まで営業している上にタダで飲み食いできるし、以前から行ってみたいと思いつつタイミングを逃し続けていたので、今しかない、と閃いたのだ。
出会いを求めてというよりは、平たく言って陰キャ人生を歩み合コンもしたことのない私には縁遠いはずの相席屋に行けば面白い経験ができるだろうという、ネタや刺激欲しさだった。
後輩も相席屋には行ったことがなく、1回くらい行ってみようと新宿駅近くの相席屋に行くことになった。

歌舞伎町のラブホ街に差し掛かり巷でラブホ女子会なるものが流行っているという情報を思い出した私が「あ、ラブホ行ってみたい」とうっかりラブホに行ったことがないことを自らバラしてしまったり、「ハイ!僕ケヴィン!パパ探してない?ケヴィン紹介できるよ!」と一人称がケヴィンのパパ活斡旋男に絡まれたりしながら、私たちは相席屋を目指してダラダラと歩いた。

深夜1時半、人気もネオンも無く昼間とは打って変わってまるで生気のない新宿駅周辺を彷徨い、本当に歌舞伎町だけが眠らない街なのだということを知った。

いよいよ相席屋に入店すると、店員からシステムの説明を受けた。
女性は完全無料で飲み放題食べ放題で、しかも深夜1時以降に入店するとロクシタンのハンドクリームを貰えるという女性限定キャンペーンもやっており、タダで飲み食いできてロクシタンまで貰えるなんて最高じゃん、と、この時点では思っていた。
ちなみに本当に一切お金を払わないで済むかどうかだけが気がかりだったので、男性側の細かいルールは覚えていない。

私たちは30代前半くらいの男性2人のテーブルに通された。比較的地味な雰囲気のごく普通の人たちだった。挨拶を済ませ、まずビュッフェ形式のフードとドリンクを取りに行った。
サワー2杯で嘔吐したトラウマを持つ私は、既にゴールデン街で1杯飲んでいたためソフトドリンクを注いだ。

2人は映画やドラマの制作会社の同僚で、よく暇つぶしで合席屋に来ると言っていた。
映画「HiGH&LOW」シリーズの裏話やドラマの撮影で見た佐野ひなこがめっちゃ可愛かったなどという話を披露され、佐野ひなこが好きな男は私みたいな女は好きじゃないだろうなと思った。

「映画とか見る?」

相席屋に来る人と共通の話題なんて無いのではないかと心配だったが、後輩は確か「フランス映画とホラー映画が好きです」とサークルに入ってきたし私も人並み以上には映画を見ている。
よく覚えていないが、『100円の恋』や『世界から猫が消えたなら』、『ブルーバレンタイン』、グザヴィエ・ドラン、レア・セドゥなどのワードが出た気がする。
「若い女の子でそういうの知ってるのすごいね」と、サブカル女子がおっさんに言われがちな台詞を久しぶりに言われた。
2人の知らない映画のタイトルを言うと「不勉強ですみませんw」と何度も言われた。

「そういえば怖い話があるんだけど」

その後男性の1人が相席屋で出会った女の子たちとある湖に遊びに行ったときの心霊体験を話し始めた。湖や駐車場、走行車の位置関係や時間軸をやたら細かく話すので、今後の展開上重要な情報なのかと思い注意して耳を傾けていたのだが、結果的に一切要らない余計な情報だった。
実際本当に怖い話だったのだが、本当に長くて疲れる話でもあった。

「関係ないけどさ、サークルの後輩なのにさん付けで呼ぶんだね」

私は大学でいくつかのサークルに入ったり辞めたりしてきたが、名前+ちゃんもしくはあだ名で呼び合うサークルと、名字+さん・君で呼び合うサークルがあり、前者の「みんなで仲良くしよう」的なノリは合わず、後者の他人行儀なくらいの距離感が私にはちょうどいいのだという話をした。

「俺らそろそろ帰るわ。LINE交換しない?」

出会い居酒屋なのだから「彼氏いるの?」などと恋愛の話を振られるのかと思っていたが一切無く、約1時間半が普通の世間話で潰れていた。最初の映画の話のあたりは意外と普通に楽しめそうな気がしていたが、正直疲れてきていた。

「次の男性が来るまでお待ちください」

深夜だからか客は少なかった。
待ち時間に食べておこうと次々に口に運ぶも、これが大変安っぽいのだ。食べられないほど不味いわけではないが、繰り返しているうちに嫌になってくる。小さなストレスは反復によって積み重なり、いつも気付けば大きなストレスになっている。

後輩「なんか疲れますね…」
私「うん…もう誰も来ないでいいわ…」
後輩「あの怖い話の時マジで眠かったです」

しかし、すぐに男性3人組が私たちのテーブルに案内された。
居酒屋で働いているというおそらく30歳前後の彼らはいかにも繁華街のイケイケ居酒屋店員といった感じで、私の苦手なタイプだったが、意外と後輩が会話を回してくれたので助かった。
3人のうち2人は相席屋2回目で、1人は初めてとのことだった。彼らと何を話したかはあまり覚えていない。

「なんでこんな時間に飲んでるの?」「終電逃して不眠症だしどうせ眠れないから飲もうみたいな」「俺も不眠症だよ」「あ〜辛いですよね」「どこの大学なの?」「早稲田です」「俺も早稲田の社会人枠だよ」「へ〜そうなんですか」「突然だけど、タコ最初に食った人ってすごくない?」「え?」「どういうことだよw」「だってタコってやばくない?」

私は工場のライン作業バイトをしていた時のことを思い出していた。
作業自体は楽だったが、続けていると「自分はこんなことをしていていいのだろうか」という不安が涌き上がってくるのだ。誰とも会話せず機械のように働いて生産されるのはプロダクトだけ、時間と労働力の引き換えに得るものは日給8000円だけ。あの時の、ただ時間を空費する虚無感が甦った。

タダで飲み食いできたのにも関わらず、それ以上に何かを失った気がした。タダより高いものはないとはよく言ったものだ。

相席屋という空虚な空間に、薄すぎるオレンジジュースが拍車をかけていた。

「あ、じゃあ俺たちそろそろ帰りま〜す」

私たちが同時にドリンクを取りに行って戻ると、彼らは1杯だけでそそくさと帰って行った。彼らも同じ気持ちだったのかもしれない。

私「絶対私たちがいない間にさっさと帰ろうぜみたいになってたよね」
後輩「“ハズレだった”みたいな」
私「もう二度と来ないわ」
後輩「そうですね」

誰も悪くない。ただ知らない人と他愛ない世間話をするのは苦手だということを再確認しただけで、結局私のような人間の行くところではなかったというだけだ。
味のしない会話に疲れ切って始発を待たずに相席屋を後にした私たちの手に残されたのは、ロクシタンのハンドクリームだけだった。

その後、最近の生きづらさや将来の不安、もはや絶望などについて語らいながら外で始発を待った。

朝4時のディスクユニオンに群がっている猫だけが癒しだった。


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原稿料が安いので、生活費の足しにします。

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コメント2件

貫徹癖が付くと遊びでも壊れるぞと老婆心ながら余計な事をコメントする脳梗塞闘病患者です!脳梗塞闘病記日々https://note.mu/michizane/n/n2152e535a4f2
を書いて愚痴る暇人依り
楽しく読みました。ありがとうございます。
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