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第70回 待賢門(たいけんもん)の戦い

平治元(1159)年12月26日、平氏と源氏の壮絶な闘いが始まりました。源氏方には、公卿では清盛と仲が良かった家成の子、成親が味方していました。信頼と仲が良かったからです。成親もまた後白河上皇の男色の相手でした。武士では斎藤実盛、熊谷直実がいました。(どちらも戦後平家方に転ず)

清盛の長男重盛は、大内裏の東門・待賢門内に陣取る源氏軍を挑発する作戦に出ました。中に入った重盛はわざと源氏方の長男義平に追い回される形を取りました。そして紫宸殿の左近の桜と右近の橘の周りを十周もして内裏から退散しました。
「それ、追いかけろ!」平氏が逃げるのを源氏が追いかけましたが、これは大失敗でした。源氏を内裏の外におびき出しておいて、別の平氏軍が内裏を占拠したのです。

「しまった!」追い出された形となった義朝は思いました。
「父上、こうなれば六波羅を攻めましょう!」
義平は果敢に言いました。義朝は、「よく言った!」と言い、平家の本拠地六波羅を目指したのでした。13歳の嫡男・頼朝はこれが初陣でした。(続く)

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