見出し画像

第47回 源典侍(げんのないしのすけ)との出会い

香子が疲れながらも向かうと、小柄な老女が意地悪そうにじろりと見て座っていました。この方が、源典侍(げんのないしのすけ)かと気づきました。
「いつまで待っていても挨拶に来られぬので、こちらからお呼びしたのですよ。そなたは私の夫、説孝(のりたか)の弟宣孝の妻。私にとっては義理ながら妹。いくら人気の『源氏の物語』の作者とて、そちらから出向いてくるのが筋ではありませぬか」
典侍はつんとして言いました。『しまった』と香子は思いましたが、もう遅いこと。「申し訳ございませぬ」と頭を下げるしかありませんでした。
典侍は続けました。「それからもう十年も前の話ですが、そなたの父上の嘆願の詩を主上に持って行ったのは私なのですからね。そのお蔭で為時殿は淡路守から越前守へなりましたけれど、交替させられたのは私の弟の国盛なのです。国盛はがっくりときてそれが元で亡くなったのですよ。それをくれぐれもお忘れなく」
「重ね重ね申し訳ありませぬ」香子は頭を下げ続けました。
「まあ宜しいではございませぬか。『日本紀の御局殿』は本を読むので忙しかったのでしょう」
横から別の老いた女房が追従するかの様に言いました。
「おう、そうじゃ、そうじゃ」一同は笑いに包まれました。
「こちらは左衛門の内侍殿。こちらはそなたにとっては、義理ではあるが伯母にあたる方じゃ」
「私も挨拶がないのでこちらに来させて貰ったのですよ、藤式部殿」
左衛門の内侍はじろりと香子を睨んで低い声で意地悪く言いました。
『母方とはほとんど付き合いがないので忘れていたわ。亡き母上のたくさんいる兄の奥方にそのような方がいらっしゃるとは聞いていたけれど」

香子は老女たちに頭を下げ続けやっと解放され自分の局に戻りました。
翌正月二日、また女房達の冷たい視線に堪えながら一日終えると、別の女房から、
「そちらは狭いゆえ、今宵はこちらでお休み下さいとの事です」
と言われ、香子は疑いもなく別室に休んでいました。(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?