プロジェクトへのコミットメントがチームを作る時代への突入

書きなぐる記事で申し訳ないけれど、ここ最近の僕のテーマは「組織」という言葉の定義をどうするのか?ということ

兼業やプロボノに対しての国をあげての推進、大手企業の兼業解禁、個々人の働く意識の大きな転換の中で、何かをやりながら何かに取り組むという動きが急激に増えてきている。

その中で、僕は組織という概念について再定義が必要かなと思っている。従来であれば、そもそも仕事を任せるのは、組織の中の人、いわゆる社員が取り組むものだったと思う。外に投げるのは外注として部分的なサポートを依頼し納品に対して対価を支払うというものだったと。

でも、今それがあいまいになっていっている。と、思う。
時代は兼業社会に突入しはじめていて、金銭的報酬だけでなく、意味的報酬に対しても敏感になってきている。なぜその取り組みの参画しているの?という問いの答えが、「待遇」ではなくて、「共感」だったり「やりがい」だったりする。想いが参画の原点になっているケースが少なくない。

でも、そういう状況だからこそ、組織の中にいるから、もしくはフルタイムで時間を投資しているからという事実がイコールでコミットメントだった時代とは違いが生まれてきたように思う。

僕はフルタイムでG-netに参画している。それはもちろんこの仕事が大事だと思うし真剣にやりたいと思っているから。でも、今ふるさと兼業を通じて参画してくれている隙間時間を中心としたメンバーとコミットメントに圧倒的な差を感じているわけではない。限られた時間の中で、でもできることを模索して、当事者として言葉を紡ぎ、働きかけをしているみんなを見ていると、必ずしも時間だけがコミットメントを表していないことがわかる。

中の人だから、外の人だから、というステレオタイプな区分けが無駄なものになってきたんじゃないだろうか。そう強く最近感じ始めている。もちろん時間という投資覚悟は、軽いものではない。けれど、時間だけがそれを語るわけでもないと思う。それ以上に、コミットメント、言葉を変えるなら当事者意識の高さと低さ、これが新しいチームを定義するように思う。そんなのは当たり前のことだと思うかもしれないが、組織の内外を超えて、コミットメントがチームを作るのだとしたら、それは大きな転換があったといってもいいのかなと思う。

組織という定義と、プロジェクトチームという定義が、必ずしも同じ枠の中では語られなくなりつつある。そして、その枠を超えたプロジェクトチームという定義が新しい価値を生み出し始めているように思う。

それは、非常にあいまいで、言語化も難しく、リスクも含有するものだと思うけど、非常にエネルギーにあふれ、言語化など必要とせず、リスクを超える価値を生み出せるものだと感じ始めている。

それを信じ続けていいのかわからない。けど、旧来の価値軸を超えて、プロジェクトは動き始めていると感じる。所属=コミットメントではない時代やってきたように思う。


以上、よっぱらいの備忘録として。





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南田修司/Syuji Minamida

NPO法人G-net 代表理事 奈良生まれ岐阜在住。地域産業の活性化と担い手となる若者の人材育成に取り組むNPO
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