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失敗デートと息子と贈るばーすでーそんぐ

夫は私たちが世界で一番好きだ。
私たち、というのは息子と私のことである。
常々「君ら2人がこの世からいなくなったら、俺はもう生きていけない」と言い、息子の一挙手一投足に目尻を下げる。

そんな彼は、10月11日が誕生日だ。

妻である私は、日頃の感謝を込めて、息子を保育園に預けてランチに行こうと誘ってみた。
要は、おデートのお誘いだ。

気恥ずかしい思いを隠しながら、「10月11日、仕事休める?」と聞いてみる。気分は恋する乙女。あの時のトキメキcomeback!!

それなのに夫は、
「幼稚園の見学でしょ。息子ちゃん預かってるね」 などと言ってきやがるものだから。
(確かに、最近幼稚園の見学で午前中見てもらうことは多かったけど、自分の誕生日だってくらい…ゴニョゴニョ…)

「………あなた、誕生日でしょ。だからどっか行こうと思って」

と、色気の無いおデートの誘いをする羽目になったのは、つい一ヶ月前の話。

それで今回は夫とデートした話なのね、と言えばそうでは無い。
何せ、私は詰めが甘い。
自覚しつつも対策しないのが私というものだ。

そんな訳だから。
夫が無事有給取れることを確認し、保育園の一時預かりの枠を確保し、行きたい店を確認したものの、平日だし2人だから、予約もせず放置してた。

余裕だと思ってたのだ。

だが、蓋を開けてみれば、その日を含む前後三日間に渡り貸切が入っていて、行けないと分かったのは、なんと前日。

謝ったよ。謝ったさ……。

然し有給取ってもらえたし、息子は保育園行くしで、食事には一緒に行くことしたら、『じゃあついでに台風来るし土曜日分の買出ししよう』となった。

**それもう、ただの消化試合じゃん。 **

11日の朝を迎え、息子を保育園に送る準備でバタバタしてると、夫が騒ぎを聞きつけて、のそのそとリビングに顔を覗かせる。

こんな時ぐらいゆっくり寝てればいいのに、と思いつつ、起きてきた戦力に有難く息子の着替えの服を放り投げると、息子は神妙な顔つきで夫を見上げた。

「ぱぱ、今日お誕生日?」
「そうだよ」
「しょっかー……」

しばらくの沈黙の後、息子は口を開く。
前々から、息子に今日はパパのお誕生日だよ、と言っていたのを覚えていたのかもしれない。
それでも、こんなタイミングよくこの歌を選ぶなんて。

「 ♪はぴばすでー ちゅーゆー 」

それは、たどたどしく、可愛らしい歌。
音程は不安定ながらも、しっかりと「はぴばすでー、でぃあぱーぱー」と、歌詞を完璧に歌い上げた。それはもう、本当に完璧。

真剣な顔で歌い終わる頃には、もう完全に夫は蕩けていた。
息子を抱きしめ、恍惚と呟く。

「…もう俺、今日はこれだけでいい…」

まだ今日始まったばっかですケド……。


***

まあそんな訳だから、グダグダな一日になった。
とりあえずホテルに行き、3000円超えるカレーを食べたけれど、『ここなら今度息子ちゃんと来れるね』なんて、常に話題の中心は息子。

私たち夫婦はいつもそうだ。
あの子がどれほど可愛いか。どれほど大切か。
お互い言いあって、息子自慢をし合う。

それは、彼の存在が私たちを家族にしたからだ。

新婚のころ、私は結婚したのを悔やまない日は無かった。
離婚して、実家に帰る準備はいつでも整っていた。

私も夫もお互いを傷つけて、すり減るだけで。
それでも何とかギリギリ夫婦の体裁だけ保っていた。

そんな中授かったのが息子だ。

彼が泣けば、笑えば、もうそれだけで家の中が幸せで。
幸せで、幸せで、幸せが溢れ返る。

私がどんなに高価なランチをご馳走しても、息子が保育園で拾ってきた松ぼっくり一個が最大のプレゼントになる。
そして、息子の母の私をひっくるめて、家族を大事にするのだ。


そんな夫は、未だに物は増やすし、捨てないし、片付けないし、
夕飯のいるいらないを当日の夕方言ってくるし、
自分の両親と私が何故未だにギクシャクしてるか理解できない人だけど。

デートの誘いも上手にできないし、そのデートは完全に失敗した私を、家族として大事にしてくれるから。
そんなあなたと家族になった私は、これから先も、父たるあなたを大切にして行きたいと思うのです。

なので、デートは失敗したし、ケーキも何も用意していないけど。
保育園から帰ってきた息子と一緒に歌います。心を込めて。

はっぴばーすでー、とぅーゆー
はっぴばーすでー、でぃあ・・・・

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