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Paul Simon: Simon &Garfunkel 1968 "Bookends"

S&Gのアルバムは、サウンドトラックの "The Graduate", ベスト盤の "Greatest Hits" を除くと 5枚しかない。

"Wednesday Morning, 3AM" (1964年)
"Sounds of Silence" (1966年)
"Parsley, Sage, Rosemary and Thyme," (1966年)
"Bookends" (1968年)
"Bridge Over Troubled Water" (1970年)

前回、このうちの 1964年と1966年の3枚について書いた。かなり散漫で冗長な記事になったが、これらはオリジナルアルバムとしては1枚と勘定してもよいかもしれない、ということが何となくわかっていただけたのではないかと思う。とすると、S&Gのオリジナルアルバムは実質3枚なのかもしれない。...とまで言ってしまうと、少し乱暴にすぎるかもしれない。

さて、1968年の "Bookends"について書こう。

"Bookends" は、A面が7曲とB面が5曲の計12曲からなる。A面は、Bookend とBookend に挟まれた私達の一生を描いたような組曲のような構成で、B面はシングルで既リリースの2曲と、映画「卒業」関連で作られた3曲を収録している。

30秒ほどの、静かでシンプルなギター独奏 "Bookends Theme" から始まる。

間をおかず、シンセサイザーの音が轟いてベースとギターのストロークがテンポよく導入され2曲目が始まる。人々の叫ぶ声を模したような人工的なコーラス、パーカッション、サウド・オブ・サイレンスの1節がオーバーダブされるなど、凝った音作りで、行き場のない不安と焦燥の中での少年少女の追い詰められた気持ちが表現されている。"Save the Life of My Child!" 母親の訴えもむなしく、子供は身を投げてしまう。曲の最後のリフレイン "Oh, my grace, I got no hiding place." が印象的だ。

3曲目は "America"。「僕たち恋人になろうよ、一緒に未来を共にしよう」という歌いだしのロマティックで美しい曲だが、希望の中に喪失がすでに暗示されているようにも思えるちょっと切ない歌だ。


4曲目は、その後の人生の失望感を歌う "Overs" 。マッチをすってタバコに火をつける音から始まる。

Why don't we stop fooling ourselves?
The game is over, over, over
No good times, no bad times
There's no times at all

Paul Simon "Overs"

シンプルなギターの伴奏と、アート・ガーファンクルのコーラスが印象的だ。そして曲はなかば唐突に終わる。

Stop!
Stop and think it over.

Paul Simon "Overs"

老人たちの会話を録音した "Voices of Old People"。ニューヨークとロスアンジェルスの複数の場所で、数か月間かけて、アート・ガーファンクルが録音したとのことだ。それらがつなぎ合わされて2分強続く。

そして "Old Friends" 公園のベンチでじっと座る老人を ブックエンドに例え、「70歳になるなんて不思議なことだ」と静かに歌い、最後の節はこう歌われる。

Old friends, memory brushes the same years
Silently sharing the same fears

Paul Simon "Old Friends"

その余韻を残す中から、冒頭の "Bookends Theme" のギターのメロディが始まる。シンプルな歌詞がいい。控えめで効果的なアンサンブルが厳粛な気持ちにさせる。

ブックエンドとブックエンドの間に挟まれたような人生のストーリーではあるが、全体的に孤独感が強く漂い、まだ大人になりきっていない青年の内に籠ったような気持ちを感じるのは私だけだろうか。

LPの裏面は、表のモノトーンを際立たせる山吹色一色だ。
余計な解説などはなく、全曲の歌詞がシンプルなフォントで載っている。
右下に Produced by PAUL SIMON, ART GARFUNKEL & ROY HALEE, Songs by PAUL SIMON, Engineering: ROY HALEE とクレジットされている。

LPの場合はここでA面が終わるので、余韻に浸りながらターンテーブルが止まるのを待ってレコードをひっくり返してB面をかけることになる。ターンテーブルが止まっても、しばらく感傷的な気分でぼんやりしててもいい。

これが Digital Platform で聴くとなると、"Bookends Theme - Reprise" が終わると間を置くこともなく手拍子と電子音の高らかな導入から "Fakin' It" が始まる。ちょっともったいない気がするが、仕方ない。

"Fakin' it" はシングルで先にリリースされて、それなりにヒットしこのアルバムに収められたといいうことである。終盤に、冒頭のアレンジが再度繰り返されフェードアウトして終わる。Wikipediaには「冒頭と終盤の演奏のアレンジは、サイケデリック・ロックの急先鋒として現れたビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の影響が色濃い。」と書かれているが、なるほど、言われてみればそうだ。(フェイキン・イット - Wikipedia

B面2曲目の"Punky's Dilemma"は、2分ほどの小品だが、がらっと雰囲気が変わる。ストロークで刻むリズムといたずらっ子のような歌いっぷりと口笛が心地よい。

B面に収録された5曲はどれもS&Gらしい佳曲が揃っているが、中でも飛びぬけていい曲なのは、大ヒット曲 "Mrs. Robinson," 「ミセス・ロビンソン」だろう。映画「卒業」のための曲ではあったが、この曲自体の持つ魅力が映画を切り離してヒットし長く歌われ記憶に残る歌になったと思う。

二人のハーモニーもいいし、柔らかくて歯切れよいストロークのうえに乗るアコースティックギターのリフが楽しく、ヤンキースのジョー・ディマジオが出てくる洒落た歌詞も軽くていい。

1999年4月25日のジョー・ディマジオ・デイで、ヤンキーススタジアムでギター一本で演奏しているのもなかなかいい。


そして、"A Hazy Shade of Winter" 「冬の散歩道」、12弦ギターを効果的に使ったバッキング、リズムセクションも力強い。評価が高く好きな人も多いと思うが、Bookends の他の曲に比べるとアレンジは少しとってつけたような感がある。それもそのはず、この曲は 1966年の "Parsley, Sage, Rosemary and Thyme" のすぐ後にレコーディングされ、その年にシングルでリリースされていた曲だ。

最後の "At the Zoo" 「動物園にて」は楽しくていい曲だ。

Someone told me
It's all happening at the zoo
I do believe it
I do believe it true

Paul Simon "At the Zoo"

ポールサイモンの曲の中では珍しく、孤独感や人生の悲哀や社会風刺や皮肉などはなく、ストレートで無邪気な楽しさが表現されている。私はこの曲はこのアルバムの中での名曲として強く推したい。


A面でははっきりとしたコンセプトで全体で一つの作品となるように工夫され、曲間も含めて、しっかりと作りこまれている。A面全体で組曲1曲とB面5曲の合わせて6曲というくらいの意識だったのかもしれない。3分間のポップ・ミュージックを創るだけでなく、15分の組曲を創ってみようという試みだろう。そういう意味では、ポール・サイモンにとっては新しい何かを創ろうという部分があったのかもしれない。

アルバムは全体的に丁寧で洗練された音作りとなっていると思う。複数のギターを使った柔らかいリズムと軽めの音そして印象的なフィルインを主体したバックだが、電子楽器を含めた全体のアレンジのバランスがよく練られ、よく作りこまれた音となった。逆にかえってポール・サイモンのギターが際立つように思う。

また、スリーフィンガー or ツーフィンガーでの流れるようなバッキングがなくなったのも印象的だ。流れるようなギターの伴奏は素敵だが単調になりがちだ。高度なテクニックをひけらかすスタイルではないが、さらに演奏技法の幅が広がっているように思う。ギターによる弾き語りというスタイルにこだわらなくなったこともあるだろうし、これらの曲をライブで弾き語りのスタイルに変えても、より複雑な演奏技法を用いて十分に曲の魅力を表現できる、そんなところもあるのだと思う。

しかし、このアルバムではアート・ガーファンクルの歌声をメインにした曲はない。Bookends のサビのところくらいである。二人のハーモニーは素晴らしいのだが、大部分がポール・サイモンのボーカルがメインとなっていて、アート・ガーファンクルはバックコーラスのような感じのアレンジだ。

シンプルなギターのバッキングと印象的なメロディを歌う美しいアート・ガーファンクルの歌声がひたすら好きだ、というS&Gのファンには、ちょっともやもやするかもしれない。

そういう意味では、"Old Friends" "Bookends Theme" "America" "Mrs. Robinson" "A Hazy Shade of Winter" という後々まで歌い継がれるような名曲がつまっていながらも、S&Gのアルバムとしては異色といえるだろう。

1964-1966年の3枚の作品たちは、”The Paul Simon Song Book" を出発点として、そこから一歩を踏み出して、ポール・サイモンのその後の長いキャリアの方向性を見ることができた。続く1968年のこの "Bookends"では、楽曲やアレンジを洗練させつつ新たな方向も模索している、そんなアルバムだと感じる。

そして、こうして聴いてみるとやはり、ポール・サイモンの作りたい音楽の方向性はすでにアート・ガーファンクルが歌いたい歌から離れていっているように思う。


■追補

"America" ポール・サイモン自身、その後ソロのライブでも定番で演奏するし、他のミュージシャンによるカバーも多い。私も大好きでよく練習した。メロディや詩もいいし、ギターの印象的なフレーズもいい。

America を探しに来た、というフレーズの America は、国や地域としてのAmericaを直接指すのではなく、希望、夢、幸せ、成功、そういったことを象徴的に指している。

"Let us be lovers,
We'll marry our fortunes together.
I've got some real estate
Here in my bag."
So we bought a pack of cigarettes,
And Mrs. Wagner's pies,
And walked off
To look for America.

"Kathy," I said,
As we boarded a Greyhound in Pittsburgh.
"Michigan seems like a dream to me now.
It took me four days
To hitchhike from Saginaw
I've come to look for America."

Laughing on the bus,
Playing games with the faces.
She said the man in the gabardine suit
Was a spy
I said, "Be careful,
His bow tie is really a camera."

"Toss me a cigarette,
I think there's one in my raincoat,"
"We smoked the last one
An hour ago."
So I looked at the scenery.
She read her magazine.
And the moon rose over an open field.

"Kathy, I'm lost," I said.
Though I knew she was sleeping.
"I'm empty and aching and
I don't know why."
Conting the cars
On the New Jersey Turnpike
They've all come
To look for America.

All come to look for America
All come to look for America

Paul Simon "America"

「私」とキャシー, たぶん、ピッツバーグで出会ったのだろうか、タバコひと箱とミセス・ワグナーのパイを買い、グレイハウンド・バスに乗る。「私」はミシガン州のサギノーからヒッチハイクで4日かけてピッツバーグに来たらしい。

"Kathy," I said,
As we boarded a Greyhound in Pittsburgh.

たわいもない会話で楽しく笑いあいながらの道中、タバコも全部吸ってしまった。日が暮れていくにしたがって自然と会話がなくなり、「私」はぼんやりと車窓の景色を眺めキャシーは雑誌のページを繰る。

The moon rose over an open field.

夜中、寝ている彼女に「私」は語りかける。
「僕はわからなくなってしまったよ。空しくて心が痛むんだけど、なぜだかわからないんだ。」

目がさめれば、明るい朝日のなか、バスはニュージャージー・ターンパイクを走っている。たぶんニューヨークへ向かっているのだろう。

広いハイウエイを走るたくさんの車、これからへの希望と夢。わくわくしながら目を輝かせて外を見ている2人の車中の様子が目の前に浮かんでくるようだ。

Counting the cars on the New Jersey Turnpike 

この短いセンテンスでいかに多くのことが表現されていることだろうか。

New Jersey Turnpike がわかりにくいかもしれない
Wikipedia ニュージャージー・ターンパイクを参照するとよいだろう
ピッツバーグとニューヨークの距離は、ほぼ600kmということだ

歌詞はとくに韻律を気にせず自由な構成で、バスでの旅を辿りながら、希望・夢と不安・とひとつの文ごとに情景や心情が見事に織り込まれている素晴らしい詩だと思う。

この曲がフェードアウトした後、マッチをすってタバコに火をつける音から静かに "Overs" が始まる。

Why don't we stop fooling ourselves?



■ 関連 note 記事
Paul Simon の記事は、アルバムごとに思いのたけを綴っていく予定だ。おそらく多くの記事が軽く5000文字超、しかもそれでも語り足りない、そんな個人的な記事になるはずである。

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