「黒子のバスケ」脅迫事件 最終意見陳述2

"地獄だった小学校の6年間"

「埒外の民」は自己物語や周囲からの怠け者としての評価と「人と社会に対する恐怖と戦った」という主観やそれに伴う心の疲労度合の矛盾に苦しみます。そしてその原因が分かりません。さらに心のどこかで「自分だけが悪いのではない」とも思っていますが、その責任の帰属先が見当もつかない上に、そのような考えをもったことに自己嫌悪します。さらに実際に努力をしていませんから、ティーンの時代に使われるべきだった肉体的なエネルギーが不完全燃焼な状態で残っています。このような状態では自分の負け組としての運命をスムーズに受容できず、茫漠たる不満や復讐願望を心の奥底に貯め込むことになります。ですから「埒外の民」は有害化してしまう可能性があります。

自分の事件や他の無差別殺傷事件について取り上げた某週刊誌に「彼らは、自分を『ブサイク』と言う。それは日本の産業構造が変わり、受け皿がなくなってしまったことの表れでしょう。かつて主力だった製造業は衰退し、いま求められるのはコミュニケーション産業。そこでは、“見た目”が重要視される」という識者のコメントがありました。これは全く以てズレた論評です。「埒外の民」は認知が狂って自己否定的な世界観を持ってしまいます。その派生パターンの1つとして「自分は『ブサイク』だ」と認識します。鶏を原因、卵を結果にたとえるならば、この論評は鶏を無視した揚句にたくさんあった卵の1つだけを大げさに取り上げたという意味でトンチンカンです。しかも「埒外の民」は初めから意欲を喪失していて、社会に参加してません。ですから「産業構造の変化」など無関係です。現在の日本が製造業中心の社会でも、自分は事件を起こしていたと思います。このような意味でも先の論評はトンチンカンです。

自分は申し上げるまでもなく「生ける屍」かつ「埒外の民」でした。

自分は言葉を発するのが非常に遅く、3歳頃まで言葉を発せず、無言でよだれをダラダラと垂らしながら焦点の定まらぬ目で中空を眺めて座っているだけの子供でした。両親は自分が知的障害者だと確信して病院に自分を連れて行きましたが「異常なし」とのつれない診断を受けました。乳幼児期の時点で自分が何らかの脳機能的欠陥を持っていて「感情・規範・安心」のサイクルを上手く理解できなかった可能性が高いと思っています。

そのまま小学校に進学して物凄くいじめられました。これは「感情の共有」が上手く行っていなかった自分の変な子ぶりが招いた事態だったと今にして思います。当時は原因も分からず、ひたすらつらいだけでした。両親に助けを求めましたが、基本的に放置されました。担任教師も状況を知りながら、何もしてくれませんでした。ここで形成が不充分だった「安心」が致命的に毀損してしまい、強烈な対人恐怖と対社会恐怖を抱えるようになりました。また両親や教師など大人に対して決定的な不信感を抱くようになりました。それで「規範の共有」も上手く行かず「両親や先生に怒られるから守る」という典型的な外圧型の規範遵守人間になりました。小1・2の時の担任教師が異常な暴力教師でした。何に激昂するか子供だった自分には全く見当がつかず、ビンタをされるのが嫌だった自分は必死に担任教師の顔色を伺いました。これが習い性になってしまい両親を含む全ての大人の顔色を伺い、それから自分の行動を決めるようになりました。つまり自分の意志を持たないようにしてたのです。

自分は自分のことを「ヒロフミ」だと思っていました。渡邊博史ではなく「ヒロフミ」です。自分は子供の頃からあだ名がついたことがありません。いつも「ヒロフミ」と呼ばれていました。小学校時代はいつも同級生にもう1人の渡辺くんがいました。そして必ず50音順で「ヒ」より先の「ア」から「ハ」で始まる名前の人でした。出席を取る時に教師はいつももう1人の渡辺くんを「渡辺」と呼び、区別するために自分を「ヒロフミ」と呼びました。それで「ヒロフミ」という呼び方が定着しました。

自分はいじめっ子たちから「ヒロフミのくせに生意気だ」「お前はヒロフミなんだから出しゃばんな」「ヒロフミの分際で調子に乗るな」「ヒロフミだから今の勝ちはなしな」「ヒロフミなんだから黙ってろ」「ヒロフミだからお前だけ使用禁止な」などとよく罵倒されていました。自分は、

「自分がやたらと酷い目に遭うのは、同級生たちと違って『ヒロフミ』という1ランク下の身分だからだ」

と考えて自分を納得させるようになりました。社会の授業で「人権」という言葉を知れば、「自分は『ヒロフミ』であるから人権がないんだ」

と理解し、江戸時代の身分制度やインドのカースト制を知れば、

「自分は最下層身分のさらに下の『ヒロフミ』という身分なんだ」

と理解しました。自分は小4の時に自分の地位を表す言葉として「賤民」と漢字で書けたことをはっきり覚えています。「社会的存在」になれずに希薄だった自分の存在感を「ヒロフミ」といういじめられっ子と自分を規定することで埋め合わせたのだと思います。しかし社会とのつながりから作られた確固たる自己像ではありませんから「ヒロフミ」である自分に起こる出来事の全てがどこか他人事のように感じられました。

自分は小5の時から補習塾に通わされましたが、ここでもいじめや講師からの理不尽な暴言や体罰を受けました。塾での体験は自分の対人恐怖と対社会恐怖を決定的に悪化させました。小学生の自分は家庭と学校しか世界を知りませんでした。初めて第三の世界として足を踏み入れた塾でも学校と同じくらい酷い目に遭ってしまった自分は、

「もうどこに言っても必ず自分は酷い目に遭うんだ」

と強く思い込んでしまいました。

自分の心には自分を保護してくれる両親は内在化しませんでした。代わりに自分を罵倒する両親、自分を「ヒロフミ」と呼んで暴力を振るういじめっ子、自分に理不尽な体罰を加えたり暴言を吐いたりした小学校の担任教師や塾の講師が内在化し、常に罵られているような気がしました。その内に自分は、

「自分はこの世に存在することが許されないのだ」

と思うようになりました。そして対人恐怖と対社会恐怖は極限まで悪化し、何をすることも自分には許されないような気がして自分の意志を持てなくなりました。

自分にとって小学校時代の6年間は地獄でした。今にしてよくあんな状況に耐えられたなと思うのです。

このような状態で小学校を卒業しティーンの時代を迎えましたが、自分には思春期はありませんでした。自分の自己像は「ヒロフミ」のままであり、本来的な意味で自分のない自分には、自分を問い直す思春期があるはずがありません。

こうして自分の存在感の希薄さを「ヒロフミ」という自己像で何とかごまかしつつも自分がなく、規範は守りつつもその対価となる人と社会への信頼を知らず、「安心」が毀損しているので常に萎縮しつつ、何をやっても本気で楽しいとも面白いとも思えず虚しいばかりという自分の人格が形成されました。

自分は両親から虐待を受けたとは思っていませんが、変わったしつけを受けたとは思っています。それに子供時代は変わったしつけを受けたという自覚もありませんでした。それといじめの相乗効果で虐待経験者にとても近い心性にいつの間にかなっていたのだと思います。自分は「社会的存在」ではなく「生ける屍」でした。

ネット上での自分に対する批判で「愛してくれなかった」と感じてきたとしても、チャンスはあったはず」というものがありましたが、このような批判は全く無意味です。子供はよほど酷い身体的虐待でも受けなければ「愛してくれなかった」と認識できません。自分もそのようなことは考えませんでした。ですから「愛してくれなかった」ことにより無意識裡にその後の行動に大きな悪影響が与えられていることにも気がついてません。

このような「生ける屍」である自分が「埒外の民」になってしまうのは必然でした。自分は、「自分は「ヒロフミ」だから何をしてもダメなんだ」

という自己物語を持っていました。このような人間がどうして努力できるのでしょうか?「安心」という壊滅的に毀損している人間がリスクを取ってチャレンジできるでしょうか?人と社会とのつながりは不幸の始まりと認識してきている人間が物事に参加できるでしょうか?自分がなく、自分の意志を持てない人間が夢を持って努力できるでしょうか?対人恐怖と対社会恐怖との戦いと人や社会とのつながりからの逃走にエネルギーを消費して疲労し、衰弱し、虚無感に覆われてしまうのです。

自分にとって努力とは報いのない我慢であり義務でした。努力と対価としての勝利や夢の実現がつながってませんでした。

自分は運動神経がとても悪い子供でした。小1の時の運動会に徒競走は8人中ビリでした。母親はビリだった自分を詰りました。翌年の小2の運動会では8人中3位でした。体育の授業での課題を自主的に練習していて、それが影響したようでした。自分は喜び勇んで結果を報告しましたが、母親は無反応でした。その翌年の小3の運動会で、やる気を失くした自分は再びビリになりました。母親はもちろんビリだった自分を詰りました。徒競走に限らず、両親はいつもよい結果を無視し、悪い結果には怒りました。自分にとって努力とは怒られるなどの災禍を回避するための行為であり、努力の先に報いがあるとは思いもしませんでした。

自分は高校は地元一の進学校に行っています。自分にはその高校に行きたいという希望はありませんでした。それなりに勉強をした理由は、もしその高校に入らなければ両親に殺されると本気で思っていたからです。この時の勉強は努力ではありません。例えば道を歩いていて強盗に襲われて全力で走って逃げたとします。この時の全力の走りは果たして努力でしょうか?これは報いのないガマンとでも表現すべきものです。危機を回避するためにガマンが必要なときもあります。しかし人間はこのようなガマンを生涯にわたって続けることは不可能です。

自分には夢などありませんでした。「埒外の民」は夢など持ちようがないのです。自分と同い年で若くしてヒット作を出して成功したマンガ家がムック本に掲載されたインタビューで「夢は必ず叶う」などと発言しているのを見つけた時に自分は猛烈に腹が立ちました。

「長野の元ヤンキーの脳天気なてめぇと違って、こっちは『夢は必ず叶わない』人間なんだよっ!」

と周囲に人がいることも忘れて大声で毒突いていました。

結果として自分は負け組と呼ばれる社会的地位になりました。それは戦って負けたのではなく、また自ら怠惰を選んで負けたのではなく、不戦敗に近い負け方でした。

自分は典型的な「埒外の民」でした。しかし事件前にこのように俯瞰的に構造を把握はできていませんでした。原因も分からず気がつくと負け組の席に座らされていたという感じで運命を素直に受容できずにいました。

ネット上での自分に対する批判で「これだけの文章がかけるなら、ブログを開設したりラノベを書くなりしろよ!」というものがありました。この批判は「全ての人間がブログ開設したりラノベを書いたりすることを思いつくことができる」という前提に立った極めて独善的な物言いです。「埒外の民」はそのようなことを思いつくこと自体ができなくなっています。

また、「非モテの中の非モテの救われなさがある」という論評もありました。「非モテ」というのは「モテたい」とあがいてもモテない人間のことです。「埒外の民」は「モテたい」という願望すら持てません。「非モテ」ではなく「脱モテ」とでも発言するのが実態に近いです。

長々と説明を致しましたが、自分が申し上げたことの意味がちっとも分からないという人も多いかと思います。ですから分かりやすくロールプレイングゲームにたとえたいと思います。

勇者は酒場で仲間を見つけてパーティを作り、街の外に出て仲間と力を合わせてモンスターと戦ってレベルを上げます。傷つけば母親の待つ実家に泊まって体力を回復します。レベルを上げている内に体力の最大値は増え、回復魔法も覚えて、実家に泊まる必要がなくなります。そして魔王を倒します。これが普通の人の人生です。

酒場で仲間になることを誰からも拒まれたり、モンスターとの戦闘で味方であるはずの仲間から攻撃されるのがいじめです。傷ついて実家に泊まって体力を回復しようとしたら、母親に宿泊を拒否されたり、母親から攻撃されて回復ができないという状況が虐待です。このような状態で自分が勇者であると信じられなくなった勇者が「生ける屍」です。体力が「安心」です。回復魔法が内在化した両親です。実家に泊まる必要がなくなった状態が自立です。勇者は「生ける屍」の呪いのため体力の最大値が増えませんし、回復魔法は覚えられませんし、街から遠くに行けません。仲間に対して不信感を持っている状態が対人恐怖で、レベル上げのために街の外に出る気が起きない状況が対社会恐怖です。レベル上げが努力です。魔王を倒すことが勝利であり努力の報いです。

そしてゲームのあまりの設定の無理さにやる気を失くしたプレイヤーが「埒外の民」です。「埒外の民」はゲームをクリアできなかったのですから負け組になってしまいます。「埒外の民」は自分のゲームの設定が狂っていることに気がついていませんから、やる気を失くした自分を責めます。しかし同時に負け組となったことに納得ができず説明ができない不満を抱えます。周囲も自分がやったゲームの設定を常識として物事を判断しますから「埒外の民」を怠け者としか理解できません。

これが自分が説明して来たことのまとめです。

「社会的存在」や「生ける屍」、「努力教信者」や「埒外の民」は、乳幼児期から思春期までの成人期以前の人間のパーソナリティを規定するものです。

問題はやはり大人になってからの精神の安定度かと思います。それを決めるのが「キズナマン」と「浮遊霊」です。「キズナマン」は「人や社会や地域とつながっている人間」です。このつながりを糸に例えます。この糸は鋼鉄管のように太くて硬い糸から絹のように細い糸まで強度は様々です。家族の血縁的な紐帯はとても丈夫な糸になることが多いのです。この糸の強度は家族や親族との物理的な距離とは無関係です。同居している家族と糸がつながっていないことも多いし、家族が故人でも「天国のお父さんに恥ずかしくない生き方をしたい」というような思いを持っている人は、天国のお父さんと糸でつながっています。恋人や友人も糸としての役目を果たします。仕事や地域とのつながりも同様です。つまり「社会的存在」であれば自動的に「キズナマン」になれるのです。

「キズナマン」はもちろん「絆」という言葉から作った造語です。「絆」は動物をつなぎ止める綱が語源ですからイメージには合っています。自分は「絆」という言葉が嫌いです。東日本大震災後にやたらとメディア上に氾濫するようになった言葉です。自分はこの氾濫現象に美しいイメージのばらまきで問題山積みの現実と問われるべき責任を糊塗しようとする意図を露骨に感じます。いかにもマーケティングを駆使した大手広告代理店の手法のように自分には思えます。本来の「絆」とはマーケティングの対極に位置するはずのものです。そのような「絆」でさえ大資本の商売に都合よくねじまげられてしまう現状に自分は物凄く腹が立つのです。

「浮遊霊」は「キズナマン」の対義語です。つまり「人や社会や地域とつながっていない人間」です。「浮遊霊」は人や社会や地域とのつながる糸が存在しないか、切れてしまっています。まさに糸が切れた凧の状態です。「浮遊霊」は浮遊しているだけですから基本的に無害な存在です。

この世は凄まじい風が吹き荒ぶ空間です。人間は風に飛ばされては生きられません。しかし大半の人は糸でつながっているので風が吹いても飛ばされることはありません。もし瞬間的に糸が切れてしまっても「安心」を持っていれば簡単に飛ばされません。「安心」は人間の魂を重くする効果があります。重量物は風が吹いても飛ばされません。

人間は風をやり過ごす薬を服用しています。この薬は2種類あります。オタク化とネトウヨ化です。

オタク化と申しましてもマンガ・アニメ・ゲームやアイドルなどのサブカルチャーばかりではありません。タバコ、酒、買い物、性行為、ギャンブル、スポーツ観戦なども含まれます。要する「趣味や嗜好品で現実逃避する」という昔から存在するやり方です。表現を変えれば「消費による自己表現」でしょうか?この方法は15年くらい前までとてもお金がかかることが多かったのですが、現在はインターネットの普及により恐るべき廉価にて膨大な種類のコンテンツ即ち薬を服用できるようになりました。

基本的にオタク化の薬は一時凌ぎ用ですが、よく効くと人や社会とつながる糸が仮設されます。例えば「AKB48のファン」だとか「人気コスプレイヤー」だとか「サッカーチームのサポーター」とか「ニコニコ生放送の生主」などというものです。これで人は「浮遊霊」にならずに済みます。

普通の人は「キズナマン」ですから、この仮設の糸だけではなく家族や会社など強度のある糸ともつながっています。だから例えば好きだったアイドルに恋人の存在が発覚して幻滅してファンをやめても多少はショックでしょうが、それがとんでもない大事にはならないのです。

もう1つのネトウヨ化の薬も「不満や怒りを外敵に向けさせる」という昔から存在するやり方です。これには例えばtoggetter民と呼ばれるtwitterでのよろしくない言動をまとめては拡散し、ツイート主を糾弾する活動に血道を上げるようなタイプも含みます。もっと広げれば、事件のニュースを見聞きしてはとにかく極刑や厳罰化を支持するタイプの人です。これの究極的な事例がコンビニや飲食店のバイト従業員がふざけて撮影した写真をネットに載せて、それに殺人犯に対するそれと見紛うばかりの批判と糾弾が殺到したバイトテロ騒動です。自分は、

「少年や若者の重大犯罪が減り過ぎて叩く対象に困って、この社会はとうとうしょぼいイタズラまで重大犯罪扱いして叩くようになったか」

などと思っていました。toggetter民や炎上に糾弾側として参加したがる人は物事のサブスタンスにほとんど興味がないように自分には見受けられます。批判対象にとにかく執拗に「行儀のよさ」ばかりを求めているように思えます。自分には「行儀がよい」ことを即ち「民度が高い」と完全なイコールで考えるこの国の多数派世論がどうしても理解でません。一定の範囲までなら若者のいたずらにも寛容であり、必要ならば行儀悪く振る舞ってでも政府や大企業の横暴に抗議できる人間が多い社会の方がよほどまともだと思えるのです。

このネトウヨ化の薬も基本的には一時凌ぎ用ですが、人や社会とつながる糸が仮設されます。例えば「行動保守系団体の活動家」とか「デモ参加者」とか「自民党支持者」などです。またこれの究極バージョンとして「日本人」というものもあります。オタク化とネトウヨ化を混合したようなタイプの薬が、日本が絶賛される話ばかりを集めた「海外の反応」まとめブログだと思います。

この2種類の薬は「生ける屍」にはあまり効きません。「生ける屍」は常に決して癒されない虚しさを抱えています。正業に就き、結婚をし、子供がいても虐待経験者はそれでも埋まらない心の空白に苦しんでいることは多いのです。「生ける屍」は普通の人と同じようには娯楽を心から楽しめていないのです。事故や犯罪や災害で息子を亡くした母親が、「息子を亡くしてからは何をやっても以前のように面白くも楽しくもないの」

と語るときの心境に似ています。ですからオタク化の薬は効きにくいのです。

同じくネトウヨ化の薬も効きにくいのです。一時的に夢中になったとしても飽きるのも早いです。テレビで韓流ドラマが流れなくなっても、自分が抱える虚しさが癒されないことにすぐ気がつくからです。

「埒外の民」にはこの2種類の薬はわりと効きやすい傾向があります。「埒外の民」は茫漠たる不満を抱えていることが多いのです。ですから不満を一時的にでも忘れる方法をいつも探しているのです。趣味に夢中になったり、「反日国家」や「売国奴」に憎しみをぶつけて不満を抑えることは可能です。しかしこれは薬で紛らわしているだけで根本的な解決にはなっていません。薬はいつ効かなくなるか分かりません。

自分にはこの2種類の薬はあまり効きませんでした。趣味的なものに色々と手を出しましたが常に虚しいのです。これは自分が「生ける屍」だからです。さらに自分は子供の頃に好きになったものを片っ端から両親に禁止されるという体験をしています。その影響で自分の心に「自分の好きなものを必ず禁止する両親」が完全に内在化していました。何をしてても両親に禁止されるような気がしてビクビクしてしまい心の底から楽しめないのです。これは大人になっても続きました。自分が週刊少年ジャンプを初めて購入したのは父親が他界して10年後の27歳の時でした。本屋の前に着くと「聖闘士星矢」のテレビアニメを見たいと頼んで父親に殴り飛ばされた小4の時の記憶がフラッシュバックしました。本屋の前をウロウロしながら4時間くらい逡巡した揚げ句にやっと買うことができました。マンガ雑誌1冊を買うのにこの有様なのですから、自分はオタク化の薬が極めて効きにくい体質でした。

自分にはネトウヨ化の薬もあまり効きませんでした。なぜかと申しますと自分は子供の頃から日本人が嫌いだったからです。なぜなら自分を酷い目に遭わせた人間が全て日本人であることに気がついていたからです。そして何より自分が日本人だからです。こんなタイプの人間がネトウヨになれるはずがないのです。自分は全て在日韓国人が国外追放されても、それで自分の生活がよくなるとは思えませんでした。

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