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変わり者のわたしを肯定するということ

「いつからか自分を卑下しなくなったよね? どうして?」

目の前のレアチーズケーキをつまみながら、ひなちゃんはわたしに聞いてきた。友達が少ないわたしには珍しく、ひなちゃんは10代のころからの友人。インターネットを介して共通の趣味がきっかけで出会った。わたしのことを何年も見てきている友人は本当に少ないから、こんなふうに経年変化を教えてもらうのはとても貴重で興味深い。

卑下。必要以上に自分を劣っていると感じる。……そうか、自己肯定感の強いであろうひなちゃんにはそう見えていたのか。たしかに何度か指摘された記憶もある。でも最近そうではなくなったらしい。

「いつからだろう」

わたしは考えながら、シフォンケーキに添えられたいちごを眺めていた。そこに答えなんてあるはずもなく、手探りで記憶を辿っていく。卑下することをやめたのは、いつからだろう。

ひとつのきっかけは自分は変わっているんだと自覚したとき。

多数派にいないと村八分にされる環境で育ったから、どうにか人に合わせなきゃと生きてきた子供時代。「みんな」とか「普通」の枠に入れるようにいつも努力することが日常だったから気づかなかったけど、「普通」という枠は努力して入るものじゃなかった。というか、「普通になる」と努力しないといけないくらい、わたしの気質は「変わっている」。(そもそも普通ってなんだよ、という問題は今日は置いておこう。)

自分が変わっているんだと自覚して、受け入れることができたのは社会人になってから。新卒で入社した同期のみんなは、どこか変わっていた。変なやつらばかりだった。半分に切ったトマトは食べられるけど一口で食べるプチトマトは食べたくないあいつとか、身長が152cmなのに167cmのわたしと同じサイズの制服を注文しようとする彼女とか。変な人ばっかり。それでもみんながみんなで「おかしいね」と笑っていた。

もうひとつは、転職した会社で"変な人でもいい"とわかったとき。

転職した会社にいた人たちはみんな頭が良かったけど、それぞれの方面に変わっていた。そこでは何かしら癖の強い人たちが、お互いを尊重して共存していた。衝撃だった。
それでも悩んだときに「変わっているって言われないように生きたいのに」と同じ部署の一番変わっていると思っていた先輩に話したら「元から変わってるなんて最高じゃん。こっちは変わってるって思われたくてセルフブランディングしてるのに」と言われて心底驚いた。変わってるってわざわざ思われたい人っているんですか、と。同時に、変わっていることは悪いことじゃないと知った。

「自分が変わってるって、わかったときからかなあ」

アイスコーヒーを飲みながら、そう答えてみた。ひなちゃんは「なにそれ」と言って、チーズケーキにフォークを入れる。底のタルト生地が固いようで、少し苦戦しているようだ。

そういえば手繰り寄せた記憶の中には、ほかにもいくつかキーポイントがあった。マウンティングする人とは関わらないようにしたこと、10年以上隠していた趣味を人に言えるようになったこと、ゆるやかに付き合える友人ができたこと。

総じてこのころ、世の中にはいろんな人がいると悟った。真実はいつだってひとつだけど、正義は人の数だけある。それに気付いてから、わたしは戦うことを割とやめた。別に戦わなくてもいい土俵からは降りるようにしたら、だいぶ生きるのが楽になったと思う。その結果が、ひなちゃんが言うところの「自分を卑下しなくなった」なのだろう。

ザクッと音がした。フォークの角度を何度か変えながら、ようやく割れたチーズケーキの土台のひとかけらをひなちゃんはぱくりと食べた。

「ひなちゃんは自己肯定感が備わってるタイプだよね」

わたしがつぶやくと、言われた本人は「じここうていかん……?」と初めて聞いただろう単語をケーキといっしょにもごもご噛み砕いていた。

「自分は間違ってない! って思うこと? それって自己中じゃない?」

「違う違う。ひなちゃんは自分が好きなものを否定されても、そっかでもわたしは好きだもんな、って思うでしょ?」

「うん」

「でもわたしの場合、そうかこれを好きなわたしってよくないんだ……って思っちゃうんだよね。そういうこと」

「ていうか、そもそも人の趣味否定するほうが良くないと思う」

「まあそうなんだけど、否定する人も世の中にはいるからね。そういうときの心持ちの話よ」

そのあとも例を出して話していたら、ひなちゃんはやっぱり自己肯定感が備わっているタイプの人間だった。自分の気持ちを自分で守れることは、強みだと思う。とっても素敵な性質だ。

でも話は昔見たライブのMCから不倫にはまってしまった友人の話など、あらゆる方向にひゅんひゅんと飛んで、結局いつから卑下しなくなったのかの結論はどこかに消えてしまった。きっといつからなんてなくて、少しずつ今の状態になったんだろう。

* * *

帰り道、ひとりで歩いていると風が強く吹きつけた。吹き飛ばされそうな春の風。こんなふうに強い風が好きなわたしは、とても気持ちがいい。

そういえば「風の強い日が好きなんだよね」と話した友人に「なんで?髪もぐしゃぐしゃになるのに。ありえない」とぴしゃりと言われたことが昔あった。そうかありえないのか、とそのときは思ったけど今もわたしは風の強い日が好きだし、その友人とは大学を卒業してから会っていない。

わたしは風の強い日が好きだ。雨も雪も飛ばない、なんの被害も起こらない程度に強い風が吹く日が。それでいいじゃないか。

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